第1話 共に訪れる研究所
昼下がりの陽射しが、街路樹の葉を透かして揺れていた。
風が涼しくて、歩くのが少しだけ楽しくなる。
「今日は、どこまで行きましょうか?」
隣を歩くセレスが、軽い足取りで僕の顔を覗き込む。
銀色の髪が揺れるたび、陽の光を反射して、まるで水面みたいにきらめいていた。
「うーん……せっかくだし、ちょっと遠くまで行ってみない?」
口に出してみると、自分でも意外なくらい自然な提案だった。
普段なら、近所の公園か川沿いを一回りして帰るのが僕たちの散歩コースだ。
でも今日は――なんとなく、それじゃ足りない気がした。
「ふふ、いいですね。では、大通りの向こうまで行ってみましょうか」
セレスが笑顔で頷く。
それだけで、気持ちが一段軽くなる。
商店街の喧騒を抜け、大通りを越えると、街並みは急に静かになった。
古びた家屋や、小さな工場、ひっそりした文具店――僕は歩きながら、不思議な感覚を覚えた。
やがて、細い路地が目の前に現れた。
道幅は車一台がやっと通れるくらいで、両側は高い塀に囲まれている。
影が濃く落ち、昼間なのに空気がひんやりしている。
「……この道、入りますか?」
セレスが足を止めた。
声は穏やかだけど、その視線は僕を試すように真っ直ぐだった。
「なんだろう……行ってみたい」
気づけば、僕は足を踏み入れていた。
理由は分からない。引き返す理由も、ない。
ただ――そこに何かがある気がした。
「拓海さん……」
セレスの声が背中に届く。
少し迷うような、止めたいような響きだったけど、僕は振り返らなかった。
路地の奥は思ったより長く、曲がり角をいくつも抜ける。
足音がコツ、コツと反響して、やけに大きく耳に届く。
まるで僕の背後には、彼女以外の何かがついてきているみたいだった。
そして――突然、開けた空間に出た。
そこには煉瓦造りの大きな建物があった。
外壁は黒ずみ、ところどころ崩れ落ちている。
窓は割れ、蔦が這い上がっていた。
「……研究所?」
呟くと、ポケットの中の鍵が勝手に手に吸い寄せられたように感じた。
取り出してみると、なぜか確信できた。この錆びた扉は、この鍵で開く。
金属音が重く響き、扉がゆっくりと開く。
中は薄暗く、埃っぽい匂いが鼻を突いた。
足元には、腕や脚だけになった人型機械の残骸が散乱している。
首のない胴体、ケーブルが垂れた顔――まるで誰かが破壊したまま放置したみたいだ。
「……ここ、僕……」
喉の奥から、勝手に言葉が漏れた。
断片的な映像が頭の中に浮かぶ。
白衣を着て作業台に向かう自分。工具を握る手。設計図。
そこに――セレスの姿があった。
「拓海さん……?」
振り向くと、セレスは不安そうに僕を見つめていた。
その表情が、何故か遠く感じた。
――そうだ。僕は、ここで彼女を作った。
世界で一番精緻で、世界で一番僕の理想に近い存在を。
でも――愛せなかった。
その事実だけが、胸の奥に重く沈んでいく。