エピローグ
──十年後。
海沿いの丘の上、潮風が頬をかすめる。
彼女が好きだと言っていた、オレンジ色のラナンキュラスを墓前に置く。その度にあの夜の冷たい空気が胸の奥に戻ってくる。
「Celes」──彼女の名前が刻まれた墓石は、十年間変わらずそこに立っている。
傍らで、金髪の若い女の子が白衣の裾を揺らしながら覗き込む。
「つくづく、たくみ〜先輩って物好きっすよねぇ。アンドロイドに、こんな立派なお墓立てちゃって…」
「…うるさいな」
口調はきつくなったけれど、本気で怒ってはいない。ただ今は、セレスのことを想っていたかった。
「あ、違いますよ!?いや、むしろ素敵だなーって思って」
彼女は慌てて両手を振る。
「ねぇ、十年前のアンドロイドって、どんな子だったんすか?やっぱ、もっとロボロボしてた?」
「十年前の技術力を舐めないでくれ」
墓石を見つめながら、僕は小さく笑った。
「でもそうだな…今思えば、ひどい出来だったかもな。人として未熟な僕が作ったからかな」
言葉が喉の奥で止まる。
「それでも、世界で一番…素敵な女の子だったよ」
潮の匂いが、ふいに強くなった気がした。
十年経っても、この匂いと一緒に蘇る笑顔がある。
もう触れられない。声も届かない。
それでも、記憶の中で彼女は今も微笑んでいる。
「そろそろ、ラボに戻るよ」
白衣の裾を払って立ち上がる。
「あ、待ってくださいよ!具体的に!どこら辺が素敵だったんですか!」
僕を追いかけてくる足音が背中に近づく。
僕は振り返らず、歩き続けた。
海風が白衣を揺らすたび、過去と今が一瞬だけ重なる。
──また来るよ、セレス。
心の中で呼びかけると、潮騒の合間に、幻のような声が返ってきた。
『……はい、拓海さん』
僕は少しだけ笑って、丘を下りていった。




