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レンズ越しの手紙  作者: 五平
7/12

第7話:ボケの先の景色

蓮さんのスタジオ。

私はレンズコーナーに立っていた。

並んだレンズたち。

様々な焦点距離、明るさ。

最近、客がよく尋ねる言葉。

「このレンズ、ボケますか?」


「ボケ」ばかりが注目される。

その先に、何があるのだろう?

真に感動的な写真とは。

私はそれを模索していた。

蓮さんの言葉が脳裏をよぎる。

「表面的な技術に囚われるな。

そのボケの先に、何を見せるかだ」


からん、と扉のベルが鳴った。

一人の若者が訪れた。

プロのカメラマンを目指しているという。

ユウキさん。

流行の服装。自信に満ちた表情。


「SNSでバズりたいんです!」

「背景を大きくぼかせる、

高価なレンズを買いに来ました」

彼の言葉に、私は少し違和感を覚えた。


私は、彼の撮った写真を見せてもらった。

どれも、確かに美しい。

背景は大きくぼけている。

被写体は際立っている。

だが、どこか感情が伝わらない。

ただ、美しい「絵」だ。


「うーん、なんか、ボケが足りないんですよね」

ユウキさんは、自分の写真を見て、

不満げに呟いた。

被写体との向き合い方には無頓着。

ただ、ボケの量を追求している。


私は、蓮さん(師匠)の言葉を思い出した。

「美しいボケ? 先に構図を覚えろ」

「構図ができなきゃ、ただのピンボケだ」


「ボケで強調すべきは、被写体の『想い』や

『物語』だと、私は教えられています」

私は、ユウキさんに語りかけた。

だが、彼はなかなか理解できないようだった。

「ボケはボケでしょう?

背景がボケてりゃ、それだけで映えるでしょ」

(彼は表面的な技術ばかりに目を向けている……)

(被写体との感情的な繋がりを避けている?)

(ピントを外せば、感情も外せると思っていた?)


「お前の言葉は、その男に届いているのか?」


蓮さん(師匠)の声が響いた。

スタジオの奥から。

彼の視線が、私に問いかけてくる。

(私の言葉に、魂が込められていないのか……)


私は、蓮さん(師匠)の助言を思い出す。

「彼の最も大切にしている被写体を

撮ってきてもらえませんか?」

私は、ユウキさんに依頼した。


数日後。

ユウキさんが撮ってきた写真を見る。

それは、病気で寝たきりの祖母の写真だった。

しかし、その写真は、

祖母の顔は大きくぼかされている。

どこか冷たい印象を与える。

(やはり……祖母と真正面から向き合っていない)


私は、ユウキさんに尋ねた。

すると、彼は話し始めた。

幼い頃から病弱な祖母を見てきたこと。

いつしか、感情を表現するのが苦手になったこと。

祖母と向き合うことに、恐怖すら感じている。


「ボケは、被写体の何を際立たせるか。

そこが大切なんです」

私はユウキさんに語った。

「祖母の『手のしわ』を撮ってみませんか?」

「ベッドサイドに置かれた思い出の品。

その背景に、祖母の人生を想像しながら」

「そこに、感情を込めてみてください」


ユウキさんは、私の言葉に頷いた。

彼は初めて、祖母と深く向き合った。

言葉を交わしながらシャッターを切る。

蓮さん(師匠)は、私の指導を静かに見守っていた。

その瞳に、微かな頷きが見えた。


数日後。

ユウキさんが持ってきた写真。

祖母の優しく皺の寄った手。

その手のひらを包む孫の手。

遠くを見つめる祖母の優しい眼差し。

情感豊かに写し出されていた。


背景は大きくぼかされている。

だが、写真全体から、祖母の温かさ。

そして、ユウキさんの、祖母への深い愛情が

痛いほど伝わってきた。


「初めて、祖母の人生を写し取れた気がします……」

ユウキさんの瞳から、涙が溢れた。


私は、カメラが「心の距離を縮める道具」

にもなることを実感した。

ユウキさんは、私の指導を受け、

蓮さんのスタジオに

フォトグラファー見習いとして

頻繁に顔を出すようになる。

私の新たな「弟子」だ。

彼は、被写体の「物語」を写し取る

カメラマンを目指すことを誓った。


真のボケは、被写体を際立たせるだけではない。

その奥には、言葉にできない想いが、静かに息づいている。


次回予告


何十年も前の古いフィルムカメラ。

動かない機械に宿る、

夫の最後の記憶とは。

止まった時間を取り戻す、

感動の物語。


第8話 止まった時間の再始動

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