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レンズ越しの手紙  作者: 五平
6/12

第6話:一枚へのこだわり

蓮さんのスタジオ。

証明写真の撮影ブースで、

私は集中していた。

カメラのファインダー越し。

被写体の微妙な表情の変化を捉える。

証明写真も、その人の人生の節目。

そう、蓮さんが教えてくれた。

だから、一枚一枚に魂を込める。


からん、と扉のベルが鳴った。

就職活動中の女子学生が訪れた。

彩香(あやか)さん。

彼女は、完璧主義で知られている。

証明写真の撮影だ。

納得のいく一枚が撮れずに、

何度も撮り直しを要求した。


「ここ、もう少し右のほうに……」

「顔の角度が、ちょっとだけ……」

彼女は、自分の写真に妥協しない。

そのこだわりは、むしろプロのようだった。

だが、その完璧主義が、

かえって彼女を縛っているようにも見えた。

表情は、どこか硬いまま。


蓮さんは、ブースの隅で腕組みをしていた。

鋭い視線が、私に突き刺さる。

「お前は、その娘の何を写し取りたい?」

彼の言葉が、私の心を揺さぶった。

(単なる綺麗さじゃない……)

(彼女のこだわりには、もっと深い理由がある)


私は、彩香さんの話を聞き出す。

すると、彼女は意外なことを話し始めた。

親の反対を押し切って、

地方の伝統工芸品を扱う会社への就職。

それが、彼女の夢なのだという。


「この証明写真が、私自身の『覚悟』なんです」

彩香さんの声に、決意が滲む。

「両親にも、これを見せたいんです。

私、本気だってことを」

その一枚の写真に、人生を賭けている。

私は、彼女の情熱に心を打たれた。

だが、焦りからか、

どうしても理想の表情が作れない。

彼女の「覚悟」を、写真に写し取る。

それが、こんなにも難しいとは。


蓮さんの言葉が脳裏をよぎる。

「写真はな、撮る側の“覚悟”が映るんだよ。」

私自身も、覚悟を問われている。


私は、彩香さんに語りかけた。

「最高の覚悟の表情は、完璧な笑顔じゃなくていい」

「あなたの『決意』が伝わる一枚を撮りましょう」


私は、彼女に夢に向かって努力してきた

道のりを語ってもらった。

どんな困難があったか。

どれほどの覚悟で、ここまで来たのか。

彩香さんの声が、感情で震える。

その感情がピークに達した瞬間。

私はシャッターを切った。


さらに、一つの提案をした。

「少し、横顔を撮ってもいいですか?」

彩香さんは戸惑う。

「遠くを見つめるような表情で。

そうすると、あなたの夢が、

写真の奥に見える気がします」

私は、彼女の未来を描くように語った。


蓮さんは、私の指導を見つめていた。

その瞳の奥に、微かな期待が見えた。


完成した証明写真。

完璧な笑顔ではない。

だが、内なる強い決意が宿る。

未来への希望が感じられる、

彩香さんの表情がそこにあった。


彩香さんは、写真を見た瞬間、涙を流した。

「これです……これが、今の私です」

「この写真なら、親もきっと……」

感謝の言葉が、震える声で紡がれる。


私は、証明写真が「人生の転機を刻む一枚」

になり得ることを実感した。

数週間後。彩香さんから嬉しい報告が届く。

「内定が決まりました!」

彼女の夢が叶ったことに、喜びを感じた。


レンズの奥に映るは、光の像だけではない。

そこには、未来への決意を宿した、その人の魂が写し出される。


次回予告


「このレンズ、ボケますか?」

映えを求める若者と、

写真に「感情」を込められない梓。

レンズの奥に隠された、

真の「物語」とは。


第7話 ボケの先の景色

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