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レンズ越しの手紙  作者: 五平
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第4話:忘れていた記憶の欠片

私の部屋の片隅。

棚に並んだSDカードを整理する。

予備のカード。

「もしもの時」に備える、大切な備品だ。

カメラマンにとって、記録媒体は命綱。

どんな小さなカードにも、

計り知れない価値が秘められている。

私はそう信じている。


蓮さんのスタジオにも、

時々、うっかりミスで困る客が来る。

「SDカードを忘れた」「充電が切れた」

そんな声を聞くたびに、

「記録媒体は大事なんだから」と

心の中で呟いてしまう。


からん、と扉のベルが鳴った。

蓮さんのスタジオに、

一組の家族が訪れた。

母親の陽子ようこさんと、

幼い娘、そして夫。

家族写真を撮りに来たのだろう。


だが、陽子さんの顔は焦っていた。

「あの、すいません……!」

彼女の手には、カメラだけ。

「SDカードを忘れてきてしまって……」

泣きそうになっている。

夫は単身赴任中。

久しぶりに家族三人揃っての撮影。

楽しみにしていたのが、

ミスのせいで台無しになる。

その落胆が、表情にありありと見えた。


私は、すぐに気づいた。

陽子さんにとって、この撮影は、

単なる記録じゃない。

家族の「今」を残す、

かけがえのない時間なのだ。


「大丈夫です!」

私は、手持ちの予備SDカードを差し出した。

「これを使ってください」

陽子さんは、申し訳なさそうにしながらも、

私の親切に心から感謝してくれた。


撮影は、蓮さんの指示のもと進む。

私自身もアシスタントとして、

光の調整や小道具の準備に奔走した。

陽子さんは、娘を抱きしめ、夫に寄り添う。

その笑顔は、不安を振り払い、

純粋な喜びで輝いていた。


撮影中、陽子さんがふと呟いた。

「このSDカード、

家に帰ったらすぐ中身を確認しなきゃ」

その言葉が、私の心に引っかかった。

なぜ、確認を急ぐのだろう?


数日後。

陽子さんが現像に訪れた。

彼女が持ってきたのは、

私が貸したSDカードだった。

私は現像済みのプリントを渡す。

その間に、陽子さんがSDカードを

自分のカメラに挿入した。


画面を見た瞬間、

陽子さんは言葉を失った。

目を見開き、息を飲む。

その瞳は、何か信じられないものを

見たかのように揺れていた。


そこに写っていたのは、

幼い陽子さんと、

既に亡くなっている祖母との写真。

陽子さんの笑顔は、幼い頃の私と似ていた。

祖母の優しい眼差しが、陽子さんを包む。

唯一の、思い出のデータだった。


陽子さんは、長年探していたのだ。

祖母との唯一の写真を。

それが、まさか私が貸し出した

SDカードの中にあったとは。

そのカードは、数年前に、

陽子さんの祖母が使っていたカメラに

入っていたものだという。

家族写真が撮られた、その少し前に。


「これ……これ、私と、おばあちゃんとの写真です……!」

陽子さんは、涙を流しながら、震える声で語る。

「ずっと、もうどこにも残ってないって思ってたのに……」


私は、偶然の一致が、

陽子さんにとって、どれほど大きな意味を持つかを知った。

ただのSDカードが、

「失われた記憶の宝物」になり得ることに感動する。


蓮さんは、私がその光景を見つめるのを見ていた。

静かに、だが確かな声で言った。

「お前が撮ったのではない。

だが、お前がその光を届けたのだ」


陽子さんは、新しく撮った家族写真と共に、

祖母との思い出の写真を大切に持ち帰った。

後日、陽子さんからメールが届く。

「おばあちゃんの写真を見て、

家族でたくさん思い出話ができました。

本当にありがとうございました」

その言葉に、私の心は温かい光に包まれた。


写真のデータは、単なる記録ではない。

「時を超えて記憶を呼び覚ます鍵」になる。

そう、改めて実感した。


レンズは、光の像だけではない。

そこには、被写体の、そして撮る側の、

心に秘めた「理由」が写し出される。

──私が見つけるのは、彼の想いだけじゃない。

私自身の、もう一枚だったのかもしれない。


次回予告


SDカードを忘れた客。

カメラの充電切れ。

どんなトラブルにも、写真の力はあるのか?

小さな記憶媒体に隠された、

忘れかけていた宝物とは。


第4話 忘れていた記憶の欠片

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