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レンズ越しの手紙  作者: 五平
3/12

第3話:売れ筋の向こう側

蓮さんのスタジオ。

私は売れ筋カメラ雑誌を眺めていた。

表紙には、最新機種がずらり。

「これを買えば、あなたもプロに!」

そんな謳い文句が躍る。


「売れるものが、人を感動させるとは限らない」


蓮さんが呟いた。

私の背後に立っていた。

視線は、雑誌の派手な広告へ。

私も同感だった。

性能だけじゃ、伝わらない何かがある。


その時、蓮さんのスマホが鳴った。

低い声で話し始める。

ビジネスの会話。

どうやら、企業からの動画撮影依頼らしい。

蓮さんは首を横に振る。

「いや、今は……」

多忙で断ろうとしているのが分かった。


蓮さんは受話器を置く。

無言で、私に視線を向けた。

その視線は、いつも私を試している。

「動画の仕事がきたんだが、お前やるか?」


私は戸惑った。

動画? 私が?

写真とは違う。

動く被写体、時間の流れ。

音の表現。何もかもが未知の世界。


蓮さんは、そんな私を見透かすように、

ふっと笑った。

「やれるものなら、やってみろ」

その言葉が、私の心に火をつけた。

私は迷わず、頷いた。


(よし、やろう!)

その日、蓮さんのスタジオを出た後、

私は動画撮影の基礎を調べ始めた。

隼人さんから教えてもらった

動画用カメラの選び方や、

**フレームレートの選び方、**

**音の記録方法について、**

**夜遅くまで勉強した**。

新しいレンズも必要になるかもしれない。

(これも、写真の表現の一つなんだ)

胸の奥で、確かな熱が広がる。


そこへ、一組のカップルが訪れた。

拓也たくやさんと美月みつきさん。

新婚旅行の打ち合わせだ。

蓮さんからの紹介だった。


「一番売れてるカメラが欲しいんです!」

拓也さんが言う。

「インスタでバズりたいし、友達にも自慢したい」

彼は多機能な最新機種に夢中だ。

その横で、美月さんが顔をしかめる。

「私は、レトロなデザインのほうがいいな」

「カフェとかで、可愛く撮りたいの」

二人の意見は、全く食い違っていた。


私は二人の話を聞く。

お互いの好みが、まるで合わない。

(彼らが本当に欲しいのは、流行のカメラじゃない)

(二人だけの、大切な思い出を残せるカメラだ)

私は二人の関係性に、課題を感じた。


「お前は、この二人の何を撮りたいんだ?」


蓮さんの声が響く。

彼の視線が、私に問いかけてくる。


「被写体の内側を、もっと深く見ろ」


蓮さんの助言が、私の心を揺さぶった。

私は、拓也さんと美月さんに尋ねた。

二人の馴れ初め。

どんな写真を撮りたいか。

二人は互いに目を向け、

照れながら話し始めた。


拓也さんは、旅先の壮大な景色を撮りたい。

空の青さ、海の広がり。

それらすべてを鮮やかに。

美月さんは、カフェでくつろぐ、

何気ない瞬間に惹かれる。

優しい光の中で、温かい雰囲気を。


(互いの視点が、全く違う……)

(これでは、どんなに高性能なカメラでも、

『二人』の写真は撮れない)


私は、蓮さんに言われたことを思い出す。

「売れているカメラも良いですが、

お二人にとって本当に大切なのは、

どんな写真を撮りたいか、ですよね?」

優しく問いかけた。


私は、あえて売れ筋ではないが、

それぞれのニーズに応えられるカメラを提案した。

複数機種を並べ、実際に触れてもらう。


拓也さんには、風景の広がりを表現できる

広角レンズを勧めた。

「広角レンズは、広い範囲を写せるだけでなく、

遠近感を強調して、見た人に迫力を与えられます」

「**特に雄大な景色を撮る時に、空気をまるごと**

**飲み込むように写し取れますよ**」

私は説明した。


美月さんには、日常を温かく切り取れる

単焦点レンズを勧めた。

「単焦点レンズは、ズームはできませんが、

その分、レンズが明るく、背景を美しくぼかせます」

「**カフェの柔らかな光や、お二人の優しい表情を**

**背景をそっと撫でるようにぼかして、**

**引き立てるのに最適です**」

私は丁寧に語りかける。


そして、一つの提案をした。

「互いのカメラで、相手を撮り合ってみませんか?」

二人は戸惑う。

「相手の視点になって撮ることで、

新しい発見がありますよ」

「きっと、お二人にしか撮れない、

特別な写真が撮れます」


拓也さんが、美月さんの撮った写真に

ふと目をやった。

そこには、カフェの窓辺で、

いつになく穏やかな表情の自分がいた。

拓也さんの口角が、ゆっくりと上がる。

美月さんは、拓也さんの写真を見て、

思わず苦笑いを浮かべた。

「私って、こんな顔してるんだ……」

彼女は、照れながらも、拓也さんに語りかける。

「あなたが撮る私、なんだか新鮮だね」

その瞬間、二人の間に温かい空気が流れた。

(本音のきっかけ……!)

私は、その光景に感動した。


蓮さんは、私の指導に、静かに頷いていた。

その表情は、僅かに満足げに見えた。


数週間後。

新婚旅行から帰ってきた拓也さんと美月さん。

楽しそうに現像した写真を見せに来た。

最初はそれぞれが撮りたいものばかり。

だが、途中から、互いのカメラで

相手を撮り合った写真が増えていた。


美月さんが撮った、はにかむ拓也さんの自然な笑顔。

拓也さんが撮った、カフェでくつろぐ美月さんの柔らかな表情。

どの写真も、被写体への温かい視線が感じられた。


「梓さんのおかげです。

相手の新しい一面を発見できました!」

拓也さんが笑顔で言う。

「これで、もっと二人の思い出を深く残せそうです」

美月さんも頷く。


私は、カメラが「夫婦の絆を深める道具」

にもなることを知り、温かい気持ちになった。

蓮さんは、珍しく「悪くない」と呟いた。

その言葉が、私の心に深く染み渡る。


「売れる」写真と「心に響く」写真。

二つの軸で考えていた私に、

蓮さんの言葉と二人の笑顔が教えてくれた。

大切なのは、そのレンズの先にある

「相手を想う心」だ。


最も美しい写真は、性能の先にない。

そこには、互いの視線を交差させ、

相手を想う心が写っている。

そして、動画は、その心が時と共に流れる物語を紡ぎ出す。


次回予告


SDカードを忘れた客。

カメラの充電切れ。

どんなトラブルにも、写真の力はあるのか?

小さな記憶媒体に隠された、

忘れかけていた宝物とは。


第4話 忘れていた記憶の欠片

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