サンタクロースの弱み
サンタクロースは長いあごひげを触りながら、目の前にいるトナカイを見つめていました。
トナカイの名前はハリー。もうじきクリスマスがやって来るというこの日、ハリーは自分がソリチームのリーダーになりたいと言い出したのでした。
サンタクロースは困ったように言いました。
「確かにハリーは優秀だ。足の速さも力の強さも、5代目ルドルフより上だろう。しかし、リーダーに必要なのは、それだけじゃない。やはりリーダーは5代目ルドルフでないとなぁ」
それを聞いたハリーは叫ぶように言いました。
「どうしてですか?鼻が赤く光るからですか?1代目から4代目までのルドルフが全員リーダーをやったからですか?そんな決め方はおかしいと思います!だったら学校なんていらないじゃないですか!僕はずっと学校で1番だったのに!」
トナカイの世界には、サンタクロースのソリチームに入るための学校があります。優秀なトナカイしか入学できません。ハリーはその中でも特に優秀なトナカイでした。
5代目ルドルフももちろん学校に通っていましたが、成績は良くありませんでした。
誰がどう見ても、リーダーに適しているのはハリーです。
学校のみんなは、とうとうルドルフ家以外からリーダーが出る!と大騒ぎしていました。
しかし実際は、5代目ルドルフがリーダーに指名されたのでした。
ハリーが納得できないのも無理はありません。
サンタクロースはそんなハリーをなだめるように、穏やかに優しく語りかけました。
「ハリーだって5代目ルドルフと並んで先頭を走るんだ。リーダーみたいなものじゃないか。周りの人からすれば、どっちがリーダーかなんて分かりゃせんよ」
「でもお給料が違います」
ハリーはきっぱりと言いました。
やっぱりそこか、とサンタクロースは心の中でため息をつきました。
ソリチームは6頭のトナカイが2列になってソリをひきます。成績が優秀な順に前から並びます。(5代目ルドルフを除いては)
そのため、お給料の金額も、1列目が1番高く、2列目3列目と後ろにいくに従って下がります。
さらにリーダーにはリーダー手当というものがつくので、リーダーのお給料が6頭の中で1番高いのです。
学校で成績が1番良かったハリーは、自分のお給料が5代目ルドルフよりも少ないことが許せないのでした。
サンタクロースとしても、実力だけならハリーをリーダーにしたいと思っていました。5代目ルドルフの鼻の明かりはもちろん重要ですが、明かりの主がリーダーである必要はありません。
サンタクロースが5代目ルドルフをリーダーに指名したのには、別の理由があったのです。そしてそのためには、なんとしてもハリーにはリーダーの座を諦めてもらわなければなりません。
どうやって説得しようかと考えはじめたサンタクロースの耳に、
「僕たちもリーダーはハリーがいいです」
という声が聞こえてきました。ソリチームの残りの4頭がやってきたのです。
その中の1頭が言いました。
「僕たち6頭の中では、5代目ルドルフの成績が1番下でした。それなのに5代目ルドルフがリーダーだなんて、僕たちにも納得がいきません。ハリーは学校全体で1番優秀でした。どう考えてもハリーがリーダーになるべきだと思います」
そうだそうだと言わんばかりに、他の3頭も頷きました。
こうなってしまっては説得のしようもありません。クリスマスはもう、すぐそこまで迫っています。いま5代目ルドルフ以外の全員がチームから抜けると言い出したら、プレゼントを配ることができなくなってしまいます。
観念したサンタクロースは、大きなため息をひとつつくと、
「ちょっと5代目ルドルフと話をしてくる」
といって、トボトボと歩き出しました。
サンタクロースから話を聞いた5代目ルドルフは、あっさりと
「分かりました。僕はリーダーから降りましょう」
と言いました。
「えっ、本当にいいのかね?」
サンタクロースは驚きを隠せません。
そんなサンタクロースにニッコリと微笑んで、5代目ルドルフは
「だって、ハリーの方が成績が良いのは事実ですから」
と言いながら、「でも……」と首を少し傾けて続けました。
「リーダーの座から降ろされた上に、リーダー手当までなくされたら、1代目に顔向けできないなぁ」
痛いところを突かれたサンタクロースはフグッと言葉に詰まりました。
5代目ルドルフの先祖、つまり1代目ルドルフが、サンタクロースの泣きどころなのです。
「サンタクロースさん、起きてください、そろそろ時間です!」
1代目ルドルフは何度もサンタクロースに声をかけました。しかしサンタクロースは全く目を覚ましません。
これは5代目ルドルフが生まれるずっと前の、あるクリスマスイブのことでした。
サンタクロースたちはオーストラリアにいました。オーストラリアのクリスマスは真夏です。そのためサンタクロースは、昼間にパンツ一丁でサーフィンを始めてしまいました。
これがもう楽しくて楽しくて、時間を忘れて熱中してしまったのです。
すっかり疲れ果てたサンタクロースは砂浜でそのまま眠ってしまいました。
夜になっても目を覚ましません。
1代目ルドルフが必死になって何度も何度も声をかけ、サンタクロースの体を突付いたり揺すったりもしましたが、サンタクロースは全く起きる気配もありません。
「どうしよう」
1代目ルドルフは真っ青になっていました。ソリチームのリーダーとして、ルドルフは責任を感じていたのです。
しばらく考えたあと、1代目ルドルフは他のトナカイたちにサンタクロースのことを任せて、ひとりでこっそりとプレゼントを配り始めました。
トナカイが煙突の中に入ることはできませんから、煙突のない家に住んでいる子たちにプレゼントを配ることにしました。
ドアの前に置くだけなら、トナカイにもできます。
こうして、サンタクロースが大イビキをかいている間に、1代目ルドルフが大量のプレゼントを配りました。
ようやく目を覚ましたサンタクロースは、辺りが真っ暗になっていることにびっくり!
「もうすっかり夜じゃないかっ!どうして起こさなかったんだ!」
「何回も起こしましたよ!」
トナカイたちが口々に言いました。
しかし言い争っている時間はありません。サンタクロースは慌てて服を着て、ソリに乗り込みました。
ちょうどそこに1代目ルドルフが戻ってきました。
「ルドルフ!どこに行ってたんだ!」
と怒鳴るサンタクロースの耳元に口を近付けて、1代目ルドルフはそっと言いました。
「煙突がない家に住んでいる子たちには、全部配っておきましたよ」
サンタクロースはハッとして、バツが悪そうに
「そ、そうか。じゃあ行こうか」
と小声で言いました。
サンタクロースが遊びに夢中でプレゼントを配りそこねるなんて、前代未聞です。こんなことが知られたら、世界中の人たちから非難されることは間違いありません。
背中にびっしょりと冷や汗をかきながら、サンタクロースは必死になってプレゼントを配りました。
1代目ルドルフの秘密の助けのおかげもあって、どうにか全ての子どもたちに間に合わせることができたのでした。
「ありがとう、ルドルフ!全ては君のおかげだよ。君には一生頭が上がらんな。何か欲しいものはあるかね?」
他のトナカイたちが帰ったあとに、サンタクロースが1代目ルドルフに言いました。
1代目ルドルフは少し考えて、穏やかに答えました。
「私はもうすぐ引退する身です。ですから私ではなく、私の息子、そして孫、ひ孫たちのことをくれぐれもよろしくお願いします。私の子孫が代々リーダーとなって活躍することが私の願いです」
「そんなことはお安い御用だ」
サンタクロースは破顔しました。
5代目ルドルフは、4代目ルドルフからこの話を聞いていました。だから自分は努力しなくてもリーダーになれると知っていたのです。高いお給料を貰えることも知っていました。だからハリーの話には少し驚きましたが、むしろ好都合だと思いました。
お給料はたくさん欲しいけど、責任のある仕事はしたくない。5代目ルドルフは常々そう思っていたのです。
「リーダーの座から降ろされた上に、リーダー手当までなくされたら、亡くなった1代目に顔向けできないなぁ」
5代目ルドルフがこう言えば、サンタクロースがなんと答えるか、5代目ルドルフには分かっていました。そしてその通りの答えが返ってきました。
「分かった。ハリーをリーダーにする代わりに、5代目ルドルフにはみんなに内緒でリーダー手当を出そう」
サンタクロースは、ハリーと5代目ルドルフ両方にリーダー手当を払うことになるとは思ってもみませんでした。
家に帰って温かいお茶を飲んでも、悔しさが収まりません。
「オーストラリアのクリスマスが真夏でなければっ」
と頭を掻きむしりました。
「そもそも5代目の成績が良ければこんなことにはならなかったんだ!4代目まではみんな優秀だったのに!」
拳でテーブルを叩きましたが、いまさら5代目が優秀になるわけもありません。
「なんだか血圧が上がった気がする」
サンタクロースはボソリと呟きながら天井を見上げました。
クリスマスイブになりました。
6頭立てのソリに、サンタクロースが乗り込みます。
先頭はハリーと5代目ルドルフです。
トナカイたちがゆっくりと走り出しました。
リーダーになったハリーは誇らしげに走っています。
みんなに内緒で高いお給料を貰えることになった5代目ルドルフは満面の笑みで走っています。
そのずっと後ろでは、ソリの上でサンタクロースが大きなため息をついていました。