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無菌室楽園

作者: らのあお



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 私たちの産まれた時、新聞の見出しはこうでした。


 ''新たなプロメテウス来たる、人工アインシュタインと人工キュリー''

 

 その新聞が出版された日に4歳の弟は父にこう聞きました。


 ''なぜ貴方はプロメテウスたらんとしたのです?''


 父は毅然として答えていました。


 ''我が身に未だ残る尾骶骨、これらは我々がモンキーであった名残だ。だが私たちによって造られた凡ゆる文化、物体はどうだろうか。その進化は我々の進化と比べ極めて急速だ。ならば、人が人を造り、被造人が文明に対してアクションを起こしたら?その文明はさらに飛躍的な発展を遂げることができる''


 それが父の理論でした。

 私たち姉弟はそれに従い、現生の人類文明に対して様々な良き変化を与えました。実際、ほとんどの主要国から交通事故は消えましたし、戦争は恒久的に不可能になりました。

 私たちは現生人類に対する補助的役割を全うしていると言えるでしょう。

 

 私たちが13歳の時、弟は家に友人を招きました。


 ''今年はマイケルが来るね、あの選手の膂力は驚嘆に値する。もし来なかったら今度奢ってやるよ''

 

 彼の言葉を聞き、父は言いました。


 ''なんと下品な会話か!それでは浅ましい人々となんら変わりないではないか!''


 私は初めて怒鳴るという事を知りました。

 父は彼に説教をしたのです。外の穢れはお前を堕とそうとしている、論理的に考えてみろ。お前がやるべきはベースボールの勝敗予想でもワールドカップの観戦でもない。林檎は何が為に与えられたか、それは人々を正しく導くためだ。

 その日の夜、私たちは失楽園を読み聞かせられました。

 恐ろしい話です。蛇はとても酷い教唆犯で、アダムとイヴに罪を犯させ、彼らは楽園を追放されてしまいました。

 それからという物、彼と父は口を聞かなくなりました。


 ある日、彼が啖呵を切り、父に向かって叫びました。


 ''如何なる命であっても母の子宮に眠り続けることはできようか!私は命だ!''


 彼は家から出て行きました。

 その日からでしょうか、私は週に2回失楽園を読まされることになったのです。

 

 彼が出ていってから5年が経った頃でしょうか。私は新聞で彼の動向を知ることになります。その時の見出しはこうでした。


 ''人工アインシュタイン凋落か?若き天才、薬物に溺れる''


 父は言います。愚かなアダム、楽園を追放されたばかりに。

 それから20年が経ちました。私は私一人で私の役目を果たしました。そしてそれは今も続いています。

 

 父が逝去されました。死因は癌だそうです。式は国を挙げて弔うそうで、国葬という形で決定しました。

 また、父の葬式に弟を呼ばないというのも忍び無いと思い、私は彼を探すことにしました。

 

 彼の住所は案外早く見つかって、現在はアイルランドのリムリックに住んでるそうです。国葬ということで、式が開かれる迄に充分な時間がありました。私は彼に会い、父の逝去を直接伝えることにしました。


 22年振り私は弟に会いました。ストレスによって禿げ上がった頭、薬物と煙草、飲酒によってガタガタになった歯。もはや彼からはかつての聡明さは感じられません。

 

 ''上がっていきますか?姉様''


 私は彼と共に昼食を取ることにしました。


 ''今年はローウェンが来るね、あの選手の膂力は驚嘆に値する''


 しばらくして、彼と同じ深い碧の眼をした15歳ばかりの男の子がそう言いました。

 彼の子は彼と同じ、低俗で下品な子に育ったのです。

 

 ''可哀想な姉様、無菌室に閉じ込められ、社会に対して永遠に白痴な貴方にはわからんでしょう。貴方には傲慢無知に大衆を見下すことしかできませんから''


 ''それと、葬儀には参列できません。お生憎、その日は結婚記念日でして、妻と子と3人でロンドンの方に旅行する予定なのです''


 結局彼は父の葬儀には参加しませんでした。


 彼は父から与えられた、人類を正しく導くという崇高な役割を放棄し、罪人に成り下がったのです。その証拠に彼はアダムのように食べ物を得るために労働を課せられています。


 私にはなぜ彼が自ら楽園を追放されたのかわかりません。

 

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