第97話 そっちにいくんだ
そう真人さんは告げた後、即座に電話を切った。
何故そう断言出来るのかと聞きたかったが、
ソラちゃん達は戦闘中だったし、かけ直す事は出来ない。
あれだけ鬼気迫る口調で言われた警告を聞いて、
私はゾワリとした恐怖を抱いてしまい、
カバンに仕舞っていた"時計"を取り出した。
────運営が仕組んだ事ではない。
だから、私と殆ど実力が変わらない彼に、
ステータスが他の人よりも著しく育っている筈の私ですら、
死ぬ可能性があると言われた。
だとしたら……もう選り好みしてこの時計を使わない選択肢は取れない。
真人さんの言葉で観念する気になった私は、
意を決して時計を腕に巻き付けて、液晶画面を指でタップした。
すると、電源がついたと示すかのように
液晶画面にブクブクと黒い泡が拡がる光景が写り、
生き返れる日程が設定出来る画面へと変わった。
どうやら3つまでアラームは設定出来るようで、
ガチャを引いた時に見た説明通り、
ガチャから時計を引いた時刻が一番上に設定されるようだ。
これなら私が設定する必要はないと思うが、
念の為自分でも設定しておく事にした。
設定はいつも使っているスマホで目覚ましを設定する要領でいけた。
後は今日の日付を選び、ダイヤル式の時計を
今の時刻に合わせると……それだけで設定は完了出来た。
生き返る事が出来るとかいうチートアイテムだからと、
かなり緊張していたが、余りに簡単な操作だ。
本当にこれだけで生き返れるの……?
もしかしてこれを信用して死んだ私を嘲笑う為に
作ったアイテムなんじゃ……?
──いや、そもそも死なない様にすれば良いだけの話だ。
こんな物があるからと油断してやられる方が本末転倒なのだから、
これは最期の保険として用意しておいて、後は忘れておくくらいで丁度いい。
「さて……取り敢えずソラちゃん達と合流したいわね……」
一先ず時計を身に着け終わった私は、スマホからソラちゃんの位置を調べる。
あの子は場所を聞く時間すら節約したい状態だったし、
こうして常にお互いの位置をGPSで確認出来るようにしておいて良かった。
どうやらソラちゃんは私の家の近くにいるようだ。
警察に運営の悪行の証拠を提出し終わったから、
その報告の為に私の家にきていたのだろう。
探しやすい場所にいてくれて助かった。
私はその場所に向かう為、超特急で走り出す。
自分の脚を動かせば動かす程、
周りの崩壊した景色が瞬く間に切り替わり、
立ち込める土煙の臭いが鼻をついては抜けていく。
最初にここらへんの道を少しAGLが上がった状態で
駆け回って恥ずかしい思いをした事を思い出す。
今ではその何倍ものスピードで、
それこそ電車のような速さで走る事が出来るようになった。
ガチャを引いたばかりの私であれば喜ばしい事だけど、
今となっては悪い意味で感慨深いだけで、嬉しくは全く────
「──っ!!?」
道を急ぐ途中。
それを見た。見てしまった私の、思考が止まった。
死体だ。
人の、人の死体だ。
首が変な角度で折れ曲がり、頭から血を流して微動だにしない人がいた。
血がこびりついた棍棒を掲げたゴブリン達は
その死体を囲って、嘲笑うように踊っていた。
私は目の前の現実が信じられず、その場で暫く放心していたが、
やがてゴブリン達に深い怒りが湧き立っていき、
私はその激情に押されるまま、瞬く間にゴブリンへと肉薄した。
「〈冠天羅〉っ!!!」
そして〈冠天羅〉を力強く引き抜き、全てのゴブリンの頭を纏めて斬り裂いた。
ゴブリン達は嗤った顔のままに息絶えて、黒い光になって消えていった。
「…………なんて、酷い……」
無惨に全身を棍棒で打ち付けられ、
辛うじて女性だと分かる死体を見て、私は無意識にそう呟いた。
ゴブリンや他のモンスターの死体を見るのとは
全く違う痛烈な感情が胸に押し寄せる。
自分と同じ……人間の亡骸を見るだけで、
こんなにも辛く悲しい思いになるのか。
吐き気がする。
凄惨な光景を見てしまったという事だけじゃない。
こんな事態を引き起こした奴等が、酷く憎たらしくて許せなかった。
どうしてこんな事が出来るの……?
自分がされたらとか、どうして……そんな事すら考えられないのよ……!
「……っ、くそっ……」
意味は無いと分かっているが、弔いのために救急車を呼ぶ。
しかし、繋がらなかった。119番すら繋がらないなんて……
この国は終わりを迎え始めているのかもしれない。
「…………ごめんなさい」
自分も友達も危ない状況で時間がない上に、救急車すら呼ぶ事が出来ない。
どうしようも出来ない私は亡くなった女性に向かって深く礼をして、
謝罪の言葉を残してその場を痕にするしか無かった。
その後、私はモンスターたちによって築かれている
死体の山を見る羽目になった。
陰惨な景色はどこを見てもそこにあって、
目を逸らそうにも前に進むと自ずと見えてしまう。
モンスター達に殺される前に助けられる場面は何度もあったが、
それでも助けられた人よりも死体の数の方が多かった。
その事実が私の心を蝕んでいき、身体へと伝わって呼吸を荒くしていく。
「……お、ぇっ……」
嫌だ。こんな地獄、もう見たくない。
だけど、私はソラちゃんの下まで駆け付けないといけない。
ソラちゃんからの連絡は未だにないのだから。
自分から連絡したいけど、まだ戦闘をしているなら必ず邪魔になってしまう。
その邪魔が、彼女達の戦いに置いて致命的な隙となってしまったら──
私は悔やんでも悔やみきれない。
だから、私は彼女の所まで走り続けるしかない。
でも、このまま惨たらしい光景を見続けるなんて……。
『緊急連絡!!! 緊急連絡!!! 皆様、お聞き下さい!!!』
目の前が徐々に暗くなってきた時、
上空から大音量であの機械音声がまた聞こえてきた。
運営からの連絡……今度は一体なんだろうか?
『簡易的に避難場所をご用意しました!!!
動ける方は直ちにそちらに向かって下さい!!!
場所への"リンク"は皆様が所有しているスマホや携帯にお送りました!!!
リンクを選択して頂ければその場所へと一瞬で移動出来ます!!!
リンクを選択し移動する方に手や腕で予め掴まっていれば、
掴まっていた方々もその場所に一緒に移動出来ます!!!
皆様のご安全の為に、どうかご協力の程お願い致します!!!
繰り返します!!! 緊急連絡──』
「──!」
避難場所……! 良かった!
これでもう死んでしまう人はいなくなる!
私は一瞬だけそう希望を持ってしまったが、即座にそれを否定した。
運営がこれを起こした犯人なら、このアナウンスは確実に罠だ。
生き残った人達を集めて一網打尽にしようとして、
こうして呼び掛けたのかもしれない。
真人さんは運営の仕業ではないって言ってたけど……どうしても不信感が拭えない。
これまで過去の仕打ちから、私には信用しても大丈夫だとは考えられない。
「は、早く! 早く押してよ!」
「わ、わかってる! 急かさないでくれ!」
「──!?」
上がった声を聞いて周りを見れば、
ついさっき私が助けた二人組が逃げるのを止めて、
その場で立ち止まっている姿が見えた。
そこで二人組の内の女性がもう片方の男性に抱き着いて、
男性はスマホを開いてリンクに触れようとしているみたいだった。
「ま、待って!!」
「えっ?」
私は慌ててそれを止めようと声を上げた。
しかし、彼らは私の声を聞く前にリンクをタッチしていたのか──
私の方を見ながら二人の姿は消えてしまう。
……いってしまった。
移動先の避難所が本当に安全なのか分からないまま。
本当に彼らは無事になったのだろうか。
もし、釣り餌でしかなかったら……と、最悪の想像が頭に思い浮かぶ。
けれど、私には安全を確保出来る場所のあてがある訳でもない。
思わず引き留めてしまったが、
結局私は一時しのぎにモンスターを殺す事しか出来ず、
彼らを本当の意味で救う事は出来ない。
助けられる存在が、運営しかいないのなら……
私が止めても、寧ろ彼らの命を危険に晒すだけだ。
「…………そうよ」
"彼らは避難所に移動して助かった"
私はそう捉える様に努めて、
自分の中で湧き上がってくる罪悪感に蓋をする。
いくら強くなっても、惨めにそう思い込むしかない自分に
嫌気が指しながら、私は友達の安否を確かめる為に先を急ぐ。
理由もなく、涙が溢れだして視界がぼやける。
考えてはいけない理由が、何度も溢れ出しては私を止めようとする。
でも、それでも──私は足を止める事は出来なかった。




