第85話 それでこそ強い戦士だ
バスタオルを何枚も持ってきて、
真人さんと二人で水溜りを綺麗に無くしていくのを背景に、
ソラちゃんは千色からアジトの場所を聞き出してくれた。
聞いた住所をマップで詳しく調べてみると、
そこは人里離れた山の中にある廃墟となったホテルらしき建物で、
いかにも悪党が不法侵入してそうな雰囲気があった。
建物の名前はマップ上では確認出来なかったので、
あくまで見た目がホテルっぽいというだけで、
本当にホテルなのかは分からない。
そして、本物にアジトかどうかも分からない。
だが、流石にあんな拷問を受けた後に出した情報が、
本物でない事は無いとは思いたくはない。
一先ずは信用していいだろう。
それからソラちゃんは千色にアジトに常駐している人間の数と強さ、
次に警備の配置状況を知らないかと質問した。
「人数は……結構いたと思う。配置と強さとか知る訳ないでしょ?
まぁでも……普通の人よりかはちょっと強いかもね」
余程さっきの拷問が堪えたのだろう。
千色はぶっきらぼうながらも素直にそう答えた。
あんな事をされては無理もない。
……可哀そうだと思ってしまうのは、違う。
千色は私の明確な敵で、貴重な情報源だ。
私は情報を聞き出してくれるソラちゃんを見守るしかない。
だから、感謝こそすれ、止める事なんてありえないんだ。
「そうですか。ないよりはマシな情報ですね」
「……ねぇ、もうわかったでしょ?
あたしに聞いたって組織の事なんて興味ないんだから知らないんだよ」
「いえ、貴方に聞きたい事はいくらだってありますよ。
知っているアイテムの情報、庭師の庭の支部数と影響範囲、
〈花の候補者〉の連絡先と住所、他のアジトの場所と数……等々、
山ほどあります……今夜は寝かせませんからね?」
「だ、だから、知らないってばぁ!! 誰か助けてぇええ!!」
それからソラちゃんは一時間程ぶっ続けで千色に質問したが、
千色から引き出せた情報は殆どなかった。
本当にこの子は自分にしか興味がないらしい。
聞き出せたのは彼女が持っているアイテムの情報くらいだった。
そして、これ以上何も引き出せそうにないと判断したソラちゃんは、
スマホを没収して千色を解放すると決めた。
どうせ解放するなら反省して欲しいので、
近くにあった空きビルの屋上に〈粘水〉で磔の刑に処す事にした。
明日の天気は晴れだし、放っておけば自然に
〈粘水〉は溶けて動けるようになるだろう。うん。
「ちくしょうぉお!? 覚えてろぉおお!?」
それから私達は千色に刑を科したその足で、
庭師の庭のアジトへと向かった。
一切千色には誰かに連絡はさせなかったし、
庭師の庭がアジトの情報を握られたとは知られていない筈。
もしかしたらアイテムで声や予備動作もなしに
連絡出来る手段があった可能性もあるが、
それなら掴まった時に助けが来る筈だ。
なので、庭師の庭のアジトを襲撃するタイミングは今しかない。
ただ、千色の話では庭師の庭は世界中に居を構えている組織だと聞いた。
対して私達の襲撃先はあくまで東京支部の一つでしかなく、
組織そのものの壊滅は無理な話だが、
それでも私の襲撃を担当していた奴がいる所を潰せるのは大きいだろう。
それに、他の目的もまだまだある。
かなり危険は伴うが、現状を少しでも打開するには冒険は必要だ。
アジトと私の家の距離はそこまで離れておらず、
電車で行くとなると2時間程掛かる場所にあった。
しかし、今の時刻は夜の9時。
今から向かっても到着は11時だし、往復時間も考えれば
いくら早く終わろうとも日を跨いで1時に帰る羽目になる。
それでもこれも生活の安全性と将来の不安を取り除く為には仕方無い。
私は粉骨砕身の覚悟で襲撃に臨んでいた。
ただ、私達は電車などの移動手段でアジトに向かってはいない。
私達は自分の足──つまり、現地に走って急行していた。
私と真人さんはSPDのステータスが非常に高い為、普通に電車よりも速い。
私達が急いで走れば目的地にもっと早い時間で到着出来るだろう。
私と真人さんはビルとビルの間を飛んでは飛び、風を切るように駆けていく。
こんな場所を走っているのは単に早く移動したいというのもあるが、
リザードマンである真人さんを見られないようにする為だ。
……まさか、ビルの間を飛んで移動するなんて、
そんな漫画みたいな動きを自分がする羽目になるとは思ってなかった。
真人さんが軽々とそうしているのを手本に出来たから良かったけど、
私一人でやるには怖すぎる行動だ。
多分、今のステータスならビルから落ちても
死にはしないとは思うけど、絶対に怪我はするし。
因みにソラちゃんは真人さんの背中に乗せてもらっている。
戦いに備えて真人さんには鎧を着込んで貰っているので、
乗るのは大変そうだと思ったのだが、
鎧の首元のでっぱり部分を持ち手に出来るし、
大きな尻尾にお尻を置いとけるので、意外にも乗り心地は良いみたいだ。
「ソラちゃん。その作戦……ほんとにやるの?」
道すがらソラちゃんから聞いた襲撃計画を聞いた私は、
思わずソラちゃんにそう聞いてしまう。
聞く限りかなり大胆な──悪く言えば大雑把な作戦だ。
概要だけを聞いた時は脳筋過ぎない?と思った程に。
「はい。ここは多少強引な手段を取ってでも、
あいつらはここで潰しておくべきですから」
「……そうよね」
けど、私達の動向がバレていないのであれば
確実性が高い作戦なのは確かだし、
上手く行けば大した苦労もなく拠点を破壊出来るのなら、
ここでやらない手はない。
それにその作戦には真人さんも協力して貰う。
これ程頼もしい助っ人もいるのだから、成功しない訳がない。
「……本当に手伝ってくれてありがとね。真人さん」
「わたしからも感謝を言わせて下さい。
出会って初日だというのに、
わたしを信頼して下さってありがとうございます」
「フッ……真知子殿の友であるお前なら信頼出来ると思ったまでだ。
それにお主からの聞いた作戦も実に面白かったからな。
是非混ぜて欲しいと思ったまでだ」
「えへへ、気に入って貰えて良かったです!」
初めましての時はどうなるかと思ったが、
この様子ならソラちゃんと真人さんは仲よくなれそうだ。
それは本当に良かったのだが……私はこの作戦をする上で一つ懸念があった。
「でも……これ、下手すると死人が出そうな作戦よね……」
私が気になった点はそこだった。
確かに相手は悪人かもしれないが、それでも人は人だ。
どうしても殺す事になるのは避けたかった。
「……そうですね。留意はしてあれの"分量"は
控えめに調整するつもりですが……万が一という事もありますね」
「…………そう、よね」
「マチコさんが嫌なら今すぐにでも作戦は中止しますが……どうしますか?」
「真知子殿。俺もお前の指示に従う。
"剣"は使われてこその道具なのだからな」
「…………」
自分達の作戦のせいで人が死ぬかもしれない。
既に殺されるような目に合っているのだし、
殺さなくては自分が殺される時が本当に来るかもしれない。
その時、躊躇していては自分が死ぬ事になる。
でも、それが分かっていても、
私は最後の一線は限界まで超えたくなかった。
だが、何もしなければ更に酷い目に合わさせる筈。
私は……どうするべきなんだろう……。
そうして悩みに悩んだ末、私は仲間達に結論を出した。
「────やるわ。
でも、この作戦のせいで死人が出そうだったら直ぐに中止するし、
死にそうになってる人がいたら必ず助ける。
それでも……大丈夫?」
この作戦で人が死ぬ可能性は低いし、
もしもの可能性は考え出しても切りがない。
自分達が置かれている状況は改善する為にも、
私は作戦を決行する事にした。
「……分かりました。では、作戦を変更する場合の
プランも立てておきますね。また後で共有します」
「……本当にありがとう、ソラちゃん」
「いえ、それでこそマチコさんですから」
「……ど、どういう意味?」
「えへへ、どういう意味でしょう?
そんな事より急ぎましょう!
"買い物"も済ませないといけませんから!」
「ははっ、よしっ! 行くとしよう!」
それでこその意味はよく分からなかったが、
ソラちゃんと真人さんは笑顔で私の決断を快く受け入れてくれた。
二人に感謝しつつ、庭師の庭のアジトへと向かいながら、
私は一つ思い悩んだ。
今回は決断出来る状況だった。
だけど、確実に誰かが死ぬ事になる作戦を実行せざる負えない時が来たら……
私は同じ様に決断出来るのだろうか?
「…………来ないわよ。きっと」
その弱々しい独り言は走り抜ける風の音に掻き消され、
二人の耳には届いてなかった。
でも、自分の耳にだけは、ヤケにこびりついてしまっていた。




