第70話 英雄は自分を誇らない
この"知識"の元となった人物。
その人物の知識を私は"なんとか当たり"という現象(?)のせいで得ていたから、
知識の意識に苛まれたり、戦い方を知る事が出来ていたって事?
じゃあ、私が強い理由は運営が何か仕組んだからじゃなくて、
ただの偶然で引き起こされたものだったの……?
……いや、結論を出すには早いか。
運営が"なんとか当たり"とやらを引き起こした可能性だって充分にある。
それに例え運営がやった事じゃないとしても、
その現象に当てられた私を利用して良いようにしているのは間違いないし、
何一つあいつらを許せる理由にはならない。
まぁ、この情報が嘘の可能性もあるけど、
このリザードマンが嘘をつくメリットは無さそうだし、信憑性はありそうだ。
……でも、あれ?
リザードマンさんはさっき運営からそれは黙っておけって、言われてた筈よね?
これ普通に喋っちゃってない? 大丈夫なの──?
「ぐっ!? ぉおおお!?」
「!? だ、大丈夫!?」
その嫌な予感が当たったのか、リザードマンは突如胸を押さえて苦しみだした。
ただ、それは少しの間だけだったようで、
リザードマンは息を少し荒くしながらも、大丈夫だと返事をした。
「どうやら……少し、怒られてしまったようだ……。
すまない……余計な心配をかけてしまったな……」
「……ううん。私はいいんだけど……」
「そうか……なら、良かった。
だが……敵であり、仇である俺に情けをかけるとは……。
お前は本当に優しいのだな」
……優しいとか、そんなんじゃない。
私はモンスターらしくない生物を、人に近しい存在を殺したくないだけで……。
「ふぅ……そんなお前に言うのは実に心苦しいのだが──
俺とお前はこれから戦わなければいけないんだ」
「……っ!」
その発言を聞き、私は先程まで感じていた
罪悪感と忌避感が大きくなったのを感じた。
聞きたくない現実が、目の前の彼を敵と見なければならない事実が、
私の胸を締め付けてくる。
やっぱり、そうなってしまうの……?
「……許せ。人間の娘よ。
俺は主人から、残りの敵が俺一人だけになった場合は、
全力を以て戦えと命じられている。
その命令に逆らった場合、俺には死が待っているのだ」
「──! な、なんで、そんな……!?」
「これが、俺が創られた理由だからだ。
俺はお前と戦う為の、武人として生を受けた。
ならばこそせめて、俺は戦って意味のある死を遂げたい。
人間よ。辛いとは思うが……どうか俺の願いを叶えては貰えないだろうか?」
「っ……嫌よ! 私は、貴方と戦いたくなんて……!」
「その気持ちは嬉しく思う。
しかし、俺は主人に逆らう事は出来ない。
そういう風に創られているんだ。
だから、俺は……お前に剣を抜かざる負えない」
そういってリザードマンは私に握っていた剣を向けた。
種族が違うせいで分かりづらいが、悲しそうな表情をしているように見えた。
なんで……なんで、戦わないといけないの?
リザードマンだって私と戦いたくないって思ってくれてるのに、
どうして無理矢理戦わされなきゃいけないの?
お互いに傷つけたくないのに、殺したくないのに、なんで……?
悔しさと憎しみで、刀を握る手に力が強くなり、
握っている柄がギチギチと音を立てる。
このリザードマンはこんな事の為だけに生み出されたの?
私と戦うって……たったそれだけの為に、
自我を持った生物を作って、用が済んだらあっけなく死なせるの?
あいつらは……私と私の友達を散々苦しめて、
自分が生み出した"子供"さえも、こんな風に苦しめるの?
……命をなんだと思ってるの?
一体、どこまで残酷になれば気が済むのよ……!
「……どうしても、やらないといけないの?」
「ああ、あの主人の事だ。お前が俺と戦わずに和解する道を許す筈がない。
そうしようとした瞬間、俺は殺されるだろう。
そして、お前自身は恐らく何もされないだろうが、
お前の友は……どんな目に合わされるかわからない」
「……っ」
「我が主人は目的の為なら手段を選ばない人間だ。
当然、俺の事など気にする必要はないが……友を助ける為にも、
お前は俺と戦う選択肢以外選べないだろう。
本当にすまない……どうか、俺を殺してくれ」
その無慈悲な願いに、私の中の何かが切れた。
────いい加減にしてよ、運営。
そんなにお前達がそこまで私の感情を弄ぶなら、
私も自分に出来る事をやってやる。
お前達が勝手に高めた私の強さで、
お前達の計画を少しでも台無しにしてやろうじゃない……!
「……絶対に嫌よ。殺したくない」
「わかっている。しかし、お前は戦わなくては……」
「ごめん。これから私は武人に対してやるには多分、限りなく無礼な事をするわ」
「……何?」
私はリザードマンが向けていた剣へ重ねるように、
〈冠天羅〉を向けて宣言する。
「これから私は貴方に──殺す事なく勝ってみせる」
「──!!」
きっとこのリザードマンの事は使い捨ての道具程度にしか、
運営は考えてはいないのだろう。
リザードマンだけじゃない。
あのゴブリンや他のモンスター達もそうだ。
運営は彼らの事を、"花"を育てる為に使い捨てる"肥料"としか見ていない。
だったら、私はこのリザードマンを殺さない。
このイベントはダンジョンコアを壊せば終わる。
リザードマンがさっき言っていたように、コアさえ壊す事が出来れば、
ダンジョンコアの守護者であるリザードマンを倒さなくてもクリア出来る。
リザードマンを戦闘不能に追い込むまで戦い、
その後にコアを壊せば、この最悪のイベントを終わらせつつ、
私はリザードマンを殺さずに済んで、ソラちゃんも助けられる筈だ。
それで本当にリザードマンが助かると楽観視してる訳じゃない。
けど、それでも運営はリザードマンの処遇をまた考えなくてはいけなくなる。
不必要と見なされて殺される可能性は高いだろうけれど、
それでも悩んだ時間だけ、リザードマンの寿命は伸びる。
……これが、彼にとって嬉しい事なのかはわからない。
そもそも私は他のモンスター達を散々殺している。
だから、この思いは優しさなんかじゃない。
これは復讐心だ。本当に小さな復讐心。
私は運営への小さな仕返しの為だけに、
リザードマンさんを助けるんだ。
リザードマンは私の言いたい事を察したのか、
目を見開いて驚いていた後、大きな口を開いて豪快に笑い出した。
「ふははははっ! 素晴らしい!
俺を軽んじている訳でもないだろうに、なんと豪気な娘だ!!
いいぞ!! 勝てるものなら勝ってくれ!!
俺の運命を是非とも塗り替えて見せろ!!!」
「……受け入れてくれてありがとう」
「ははっ、俺にとっては有難い話だとも!
それに、俺は戦いを誉れとする部族だからな!
お前がそう望むのなら、こちらも遠慮せずやれるというものだ!」
そう言ってリザードマンさんは不敵に笑った。
どうやら戦いたくない私に気を遣ってただけで、戦い自体はお好きらしい。
なら、こっちも頑張って楽しませて上げるとしよう。
そして、私達はお互いに立ち上がり、武器を構え、
鏑矢を射るように宣言する。
「来い!!! 人間っ!!!」
「いくわよ!!! リザードマン!!!」