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第178話 もう抑えられなくなってる

「……っ!」


カスミは私達の反応を見て、自分が取った態度に気付いたらしい。

しまったと言わんばかりに顔を歪ませ、顔をサッと青ざめさせた後、

いつもの無表情を取り繕ろうとしていたが、動揺が大きいのかその仮面はかなりヒビが入っていた。


「……つ、続きまして、確保して頂けたアイテムの分配に関してなのですが……」


カスミは気を取り直して報告会を再開しようとし始めたが、そこで喉が詰まったように言葉を止めてしまう。


……え? もしかして今のやつ、素でやってちゃってたの?


ああしてカスミが今、私達に見せてきた態度は思ったよりも感情が言葉に乗ってしまっただけのやつで、つまりはただのアクシデントでしか無かったって事?


「…………っ」


私達から視線を外して俯き、カスミは資料を握り締めて暫く押し黙った。

それからカスミは頭を更に深く下げてくる。


「申し訳ございません。担当を変わります」

「はい?」


消えるようなか細い声でそう告げ、頭を下げた後、カスミは何か呟いた後に突然目の前に出現した黒い渦に呑まれて姿を消した。

そして、入れ替わるようにその黒い渦から高田さん──いや、ミモザがおずおずとした様子で現れた。


「……えっと、その〜……大変申し訳ございません〜。カスミは急に体調が優れなくなったようで、代わりに私が担当させて頂いても宜しいでしょうか〜?」


ミモザは非常に申し訳なさそうな顔で謝りそう言い、頭を下げてきた。


「えぇ……?」


いや、そんな事ある?

今までのパターンから薄々感じてはいたけど、カスミは見た目に反してかなりの激情家だったらしい。

しかし、まさか担当をチェンジしなくてはならない程に動揺するとは……計画が思うように進んでいて気が抜けてしまっていたのだろうか?


まぁ、どちらにしても気にしない方がいいだろう。

それにあんな状態になったカスミに無理矢理説明させても仕方ないだろうし、ここは普通にミモザに変わって貰って──


「いえ、駄目です。カスミに説明を続けさせて下さい」

「え"っ⁉」

「そ……それは〜……」

「はぁ……笠羽殿、気持ちは分かるが、あの無様な状態では続けさせても、正しく会議を進められず、無意味に時間を浪費するだけかもしれんぞ? 呼び戻してもしょうがないのではないか?」

「ええっ⁉ ふ、二人とも厳し過ぎない⁉」

「「マチコ(さん)が優し過ぎるんだ(です)っ!」」

「ご、ごめん!?」


そうして激しく詰め寄られた後、二人がはミモザに対して苦情を呈し始めた。

私はそれを聞いて、二人がどうして憤慨しているのかを漸く理解する。


二人が言いたい事は纏めると『自分の感情を顕にして舞台から逃げるなど、役割を果たす者として余りにも半端な覚悟。

 私達には散々上がるように強要しているくせにその体たらくはなんだ。巻き込まれる身にもなれ』という話だった。


なる程、確かに言われてみれば当たり前の話だった。

私達が運営の計画に協力しているのは、偏に協力せずにボイコットしたら事態が悪化するからでしかない。

もしガチャによって変わってしまった世界がまだやり直せる状態だったのなら、私達は確実に運営に反旗を翻していただろう。


だからこそ、私達は運営が始めたこの茶番劇を甘んじて受け入れ、"演者"となる事を已む無く選んだ。


それなのに、舞台に上がるように強制してきた楽団が満足に自分の役を演じる事も出来ないとあっては、二人が憤懣やる方ないといった態度になるのも無理はない。


……なんか私も段々腹が立ってきた。

そうだ。なんでこっちが運営の都合に合わせなきゃならないのだろう。

全くもって納得できない。


ここは不平不満を存分に表現するべき──とは思うのだが……私は二人のようにあの状態になったカスミを呼び戻す勇気が持てなかった。

ああなった理由は分からないが、なんとなく可哀想だと楽観的に感じ、戻れと言葉にする事が憚られてしまう。


……恨みは山程あるというのに、少し人間らしさを見せられたらこれだ。

二人に怪しい壺を買わされそうなカモだと言われるのも無理はない。

自分の下らない甘さが嫌になる。

私が何も言えずに事態を見守っていると、二人の異議申し立てを聞いたミモザが重々しい表情をしながら頭を深々とまた下げてきた。


「…………お二人のお怒りはごもっともです。カスミに代わりお詫び申しあげます。

 御社社員の不甲斐ない姿を見せ、皆様にご迷惑をお掛けした事、大変申し訳ございませんでした」


二人はその謝罪を見ても木で鼻をくくったような態度を崩さず、言い返そうとしたが、

それを見た私は反射的にソラちゃんの肩に手を置いて制止してしまった。


「……!」


私は自分の行動を恥じた。

運営に迷惑しているのはソラちゃん達も同じだ。

私だけじゃない以上、私の甘く薄っぺらい感情をソラちゃん達に押し付けるのは間違っている。

そもそもソラちゃん達が怒っている理由は主に私の事を思っての事の筈だ。

一時の気の迷いでしかない感情なんかで止めていい訳が無い。


「……マチコさん」


それでも私はソラちゃんを止めてしまった。

ソラちゃんは少し驚いたような顔をしながら振り返り、私の顔を見た後、自分の肩に置かれた私の手を見た。


「あ、これは違っ──」


それで私が動揺し焦っていると、ソラちゃんは困ったように眉を八の字にして、何故か嬉しそうに顔を綻ばせた。


「仕方ないですね。マチコさんに免じて許して上げます。有難く思う事ですね」

「……ソラちゃん」

「笠羽殿。良いのか?」

「えぇ、どうせここで愚痴ってても、この人はあの半端女を呼び戻す事はしないでしょうしね」

「……それもそうだな」

「私共の我儘をお聞き下さり、本当に感謝申し上げます」


私の言いたい事を汲んだソラちゃんはこの場は矛を収める事を選んでくれたようだった。

真人さんもソラちゃんの判断に納得し、ミモザの謝罪を受け入れ、話を聞く態度を示してくれる。


「……ありがとう。二人とも」

「……もう! お礼なんて良いですよ!

 今回は諦めますけど、マチコさんはもう少し冷たくなった方が絶対良いです!

 こんな奴らに気遣って心を痛めるなんてする必要はないんですからね!」

「全くだ。こんな事でお前が辛くなるなどあってはならん。

 それがお前の良さであってもな」


ソラちゃんはむーっと頬を膨らませながら私の腰に抱き着いて、真人さんは神妙な顔つきで私の肩に手を置き、二人はそう言った。

二人にはいつも助けられてばかりで、私は恩が溜まっていくばかりだ。

二人の気苦労を減らす為に、少しずつでも返していかなければならない。


「……うん、そうね。もっと冷たく出来るように、私頑張るわ!」

「……冷たくなるのに努力するって言ってる時点で、もう無理そうですね」

「…………」


確かにそうかもしれない。

私は自分の才能の無さに肩を落とした。

二人がまぁまぁと背中を叩いて私を励ましてくれる中で、微かに誰かの独り言が聞こえた。


「──だからこそ、あなたはあの人に選ばれた」


その声は何かを懐かしみ、悲しんでいるように思えた。


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