第174話 各国の花の候補者の方々も順調に強くなられています
女子力を見せつけると張り切ってはいたが、
朝っぱらからそんなに凝った物を作るつもりも無かったので、
作ったのはプレーンオムレツにソーセージとバケットを添えただけのものだ。
しかし、意外にオムレツというのは綺麗に作るには
中々技量がいる料理であり、作り手のセンスが問われるもの。
女子力を測るにはうってつけの題材ではないだろうか。
そして結果はというと──なんとも微妙。
形は崩れはしなかったがふっくらとはせず、なんだか平べったくなってしまっている。
ただ表面はそこそこ綺麗だし……まぁ、うん、悪くはないんじゃないかな?
「…………」
私が出来栄えにまぁまぁ満足していると、ふと隣にいた真人さんが固まっている事に気が付いた。
ここまでじっと私が料理している姿を見ていて、
作ってる間は何も言ってこなかったけど……ど、どういう反応なんだろう?
「あの〜、真人さん? ど、どうだった? 参考になったかな……?」
「…………こ」
「?」
真人さんが呟いた一文字はまるで寒波で身を震わせているかのように
ガタガタと揺れており、よく聞こえない程にヨレてしまっていた。
そして、そんな調子のまま彼は言った。
「これを……俺が、やると言うのか……」
その顔はまさに絶望だった。
目は見開かれて口は引き攣り、身体は言葉と同じようにガクガクと震えていて、
今にも膝から崩れ落ちそうだ。そ、そこまでなる……?
「えっと……そんなに駄目そう?」
「無理だ……! 俺には……!
あの小さな卵をこの手で割れる事すら想像出来んのに、
フライパンなどという道具を匠に回しながら、細い木の棒で形を整えるなど……
俺に出来る訳がない! お、終わりだ……」
そう言って真人さんは遠い目になり、
全てを投げ出したように天井を見上げだしてしまった。
……確かに、彼はリザードマンという人間とは違う種族な上に、
人間社会に全く触れてこなかった存在だ。
料理という作業がどういったものなのか知らなかった彼にとっては、
まさにこれは未知との遭遇であり、複雑怪奇な現象だったのだろう。
今にして思えば私達はこれまで彼に料理をしてる所すら見せてこなかった。
やった事と言えば焼肉を焼いた事しかない。
他は出前とか弁当とか、〈マイルーム〉で頼んだりとかで……うわぁ、申し訳なくなってきた。
「だ、大丈夫よ! これは難しめの料理だったから! ほ、ほら見てて!」
私は余っていた卵を熱したフライパンに乗せて目玉焼きを作った。
やった事は油を引き、卵を割ってフライパンに乗せただけ。
これなら少しは簡単だと思える筈だ。
「どう? これも歴とした料理よ。これだったらなんとか出来そうじゃない?」
「う、うーむ……た、確かに卵を割れる技能だけ身に着けられれば作れる、か……?」
「きっと出来るわよ! 真人さんなら大丈夫!
試しに卵割ってみる? 意外と簡単に出来るかも知れないわよ?」
「あ、あぁ、やってみよう」
それから真人さんは卵を割り続けたが、
何度やってもグシャリと潰してしまい、一向に上達する気配がなかった。
どうやら卵を潰してしまわないようにと思うと、逆に力んでしまう癖が途中からついてしまったようだ。
真人さんは〈ステータス管理アプリ〉で能力を調整出来ないし、それも仇になっているのかもしれない。
なんとか矯正しようとアドバイスをしていったのだが、
10個入のパックを2つ程使った所でこの量はまずいと気付いたので、そこで一度止めるように言った。
そうして私達の目の前には大量の卵白と卵黄が入り混ざったボウル(殻たっぷり混入)が残されてしまった……どうしようかな、これ。
「無力な俺を……許してくれ……」
真人さんは卵白でベタベタになった自分の両手を握り締め、大切な何かを守れなかったようにそう言った。
別に毎週の料理番は強制でもなんでもないのに、真人さんは責任感が強いなぁ……。
「べ、別にこれから練習していけば良いわよ!
卵なんていくらでも料理法があるんだから!
この殻さえ除けばこれだって無駄にはならないし!
挽回なんていくらでも出来るわよ!」
「そ、そうなのか……?」
「うん! じゃあ、その証明として今日は卵料理を一通り作るから、
真人さんは料理を運びながら私の作り方を見てて!」
「わ、わかった!」
真人さんがやる気になってくれていたのに、私の配慮不足のせいで不意にする訳にはいかない。
私は急遽予定を変更して今日の朝食を卵料理フルコースにする事に決めた。
目玉焼き、玉子焼き、ゆで卵、スクランブルエッグ、オムライス、
カルボナーラ、チャーハン、親子丼、茶碗蒸し──と作っていき、
それらを真人さんリビングにまで運んで行って貰うのを繰り返していたが、
思い付く限り料理を作り終わった頃、馬鹿な私はハッとなった。
こんなに沢山料理を作って、一体何人分の食事を用意しているつもりだったのだろうか。
冷蔵庫にでも保管しておいて、またお昼にでも使えば良かったというのに。
っていうか途中から卵追加して作ってたし。本当に何をしてるんだ私は。
「……こんなに卵料理というのは種類があるのだな……人間というのはなんと器用な種族だ」
「うっ」
感心するように両手に私が作った料理を持ちながら真人さんが傾いてくれたが、
その言葉は意図はなかっただろうが、私の胸を鋭く貫いてくる。
ど、どうしようかなこれ……。
「あ、あのっ! 注文してない料理が山のように来るんですけど⁉
こんなに卵料理を楽しもうとした覚えないんですけどっ⁉」
そうして頭を抱えている所で、リビングでずっと待っていたソラちゃんが私達のいる調理場に乗り込んできた。
調理場とリビングとの距離は目と鼻の先しかないので、さっきまでの会話も聞こえていた筈だ。
だから、ソラちゃんも私の意を汲んでくれてある程度は許容しようとしてくれたとは思うが、
流石に度が過ぎていたのだろう。お客に扮して場を温めながら苦情とツッコミを入れてきた。
「も、申し訳ございません。お客様!」
「す、すまない客よ。お前の目の前に料理の山を築いてしまったのは、ひとえに俺が失敗したせいだ。
食べ切れなかった分は俺が全て引き受けよう。それで許してくれるだろうか?」
「……全部一口分けてくれるのなら、許しましょう」
「あぁ、任せてくれ」
それから私達は皆で卵料理を食べ合った。
使い過ぎた卵は幸いにも使い切り無駄になる事は無く、
ソラちゃんも真人さんも私の卵料理を味わい尽くし、美味しいと口を揃えて言ってくれた。
しかし、考えなしに作った料理は余りにも多く、
大食いだった真人さんのお腹の許容量をも上回ってしまい、私とソラちゃんも参戦する事になってしまう。
そして、奮闘の甲斐あって私達は全て料理を完食した、のだが──
「暫くは……卵料理は食べたく無いですね……」
「……おれもだ……」
「…………私も」
私達はパンパンになったお腹を抑えながら口を揃えてそう言った。
いくら材料費がタダといっても、考えなしに作るのは良くない。
私はそんな当たり前の話を身を以て、学ぶ事になったのだった。
──因みに、余った料理も冷蔵庫で保存しとけば良かったと、後から気付いた。
ソラちゃんは始めからその事に気付いていたようだが、空気を読んで何も言わなかったらしい。
いや、言っても良かったのよ……?