第173話 強い姿を見ていると、どうしても悲しくなる
何処からかジリリという音が遠くから聞こえてきて、
私の意識の輪郭を取り戻してくる。
寝ぼけ眼で音を手で辿り、発生源を掴んでぼーっと見つめる。
束の間そうしている内に、鳴っているのはスマホのアラームだと理解した頃に音を止めた。
それから恋しいベットからのそのそと身を出し、部屋の窓のカーテンを開けて日の光を浴びる。
いや、これは日の光なんだろうか。
この空間に存在する森も太陽も本物なのかは分からないが……まぁ、どうでもいい事か。
────あれから一週間が経った。
鹿場さんと共に戦場を制した日から、数多くの戦場の手伝いをした。
協力内容としては殆どが『クローンの大群に対処出来ないから協力してくれ』というもので、
私達は流れ作業のように毎日クローンを破壊していく事になった。
戦場となる舞台は基本的に〈花の候補者〉に関する場所で、
その人が引いていたガチャ筐体がある場所だったり、その人が住んでいる家だったりした。
筐体も家も無事に守り切れはしたが、家の近くになる建物は殆どが倒壊してしまい、
結局、その人は別の地域に引っ越す事になった……と後からカスミに聞いた。
可哀そうだし、私達の家に住んで貰おうかとも考えたが、
全くの赤の他人とルームシェアするのはハードルが高すぎるし、
そもそも信用出来るかどうかも分からない状態であの家に案内するのは
余りに危険性が高すぎるので、敢え無く断念した。
ただ、家を手放す羽目になった人はカスミ達が用意していた
あの地下帝国で暮らして貰うように話を通していたらしく、
特に不自由もなく新生活を送れているとも聞いた。
それが本当に大丈夫なのかは分からないが……
私達に出来る事は無い以上、そうだと信じるしかない。
〈花の候補者〉関連以外の戦いでは、
地上に残った人々が移り住んでいた避難所の防衛や、
日本各地の行政機関の防護または奪還作戦などがあった。
こういう場所に派遣している理由は、
やはり救世主(私=笑)の宣伝活動が狙いなのだろう。
一日一戦場は当たり前で、酷い時には二、三回救援を頼まれた日もあった。
けれど、やはりクローンという敵は私達にとっては大した敵じゃない。
カスミが事前に言っていた通り、別チームにそれぞれ分かれて
参加しなくてはならない時もあって、多少身構えた事もあったが、
攻撃も多種多様というだけで、近距離戦闘は素人に毛が生えた程度の実力で、
遠距離攻撃も正面からしか飛ばしてこないし、
〈水鉄砲〉のような厄介な効果のあるアイテムを使ってくる様子もない。
"飛風"といった便利な飛び道具が無くとも、
ステータスのゴリ押しで懐に飛び込んで破壊すれば充分に事足りる。
はっきり言って戦いとすら思えなかった。
だが、それもその筈だ。
そもそもこの戦いはまだ成長出来ていない〈花の候補者〉の為に行われてるものなのだから。
〈命素深水〉とかいう特殊な液体の湖が備え付けられていた神殿が用意されてたが、
今考えてみればあれも候補者に使って貰う為の設備だったのだろう。
となると、ああいったものはまだまだ世界各地に設置されてるに違いない。
本当、無駄に大掛かりな計画だ。
「……いつまで続くのかなぁ……」
短いため息と共に独り言を呟く。
この一週間で前の仕事とどっちが辛いかを考えた事があったが、
結果は諸々を加味してどっこいどっこいと言った所だった。
一人だけだったら圧倒的に救世主に軍配が上がっていたが、やはり仲間がいるというのは大きかった。
でも、それなら前の職場にソラちゃんと真人さんがいたならもっと……いや、ソラちゃんがいたら
それはそれは大助かりだったと思うけど、真人さんはパソコンを扱えるのか……?
下手するとパソコンどころかそこにある全ての備品を尻尾で破壊し尽くしてしまうのでは……?
「うーん……まぶし〜……」
とりとめのない事を考えていると、ベットの中からソラちゃんが這い出てきた。
それから私の腰に抱き付いてきて、また寝ようとしてくる。
「もうソラちゃん? 危ないわよ、起きて?」
「……あと半年ぃ……」
「いや長すぎー」
私は軽くツッコミながら、起きようとしないソラちゃんの両脇を手で支えて立たせようとするが、ソラちゃんは手を離そうとしてくれない。
仕方ないので、私はされるがままにして外の景色を眺める事にした。
この不思議な家の外は何一つ変わらない。
穏やかな風に木々たちが揺れ、過ごし易い気温を保っては、昼間は太陽が長閑に輝き、夜は月が淡く私達を照らす。
いや、というより変えれないと言った方が正しい。
家の中は自由自在に変えられるようになっているが、
"外観"を変化する事は出来ないようで、コンソール上にも外に関する項目は一つも無かった。
まぁ、それに不満はないのだが、長く住んでいると雨や雪の景色を楽しみたくもなるだろうし、
望めるのならアップデートしてイジれるようにして欲しいなぁ……。
「……もう朝か」
「おはよう。真人さん」
目を覚ましてベットから身体を起こした真人さんが目を擦りながら小さく欠伸をする。
真人さんと一緒に寝た最初の日は不意に暴れる尻尾に叩き起こされたりもしたが、
彼が尻尾を握って眠るようにしてくれてからはそれも無くなって、三人とも快適な睡眠を送れていた。
……この寝方可愛いから見てて癒されるんだよね。
「……ソラ殿は相変わらずだな」
「あはは、そうねぇ」
真人さんは呆れるように笑ってそう言い、私はソラちゃんの頭を撫でる。
撫でられるとソラちゃんは「えへへへ」と動物の鳴き声のように声を出してくる。
「確か、今日は真知子殿が飯を作るのだろう? そう引っ付かれていてはいつまでも出来ないのではないか?」
「そうなんだけど、中々離れてくれなくてねぇ」
この家であればわざわざ自分達で料理を作る必要もないのだが、それに甘えて全くしなくなるのは良くない気がするし、
何より味気ないと思い、私達は一週間に一回は自分達でご飯を作るとルールを作った。
そして、今日がその記念すべき一回目の料理する日となる。
提案したのは私でソラちゃんは私の手料理が食べられるのならと受け入れてくれたが、
真人さんは俺が作れるだろうかと不安になっていた。
その時の真人さんはどんな戦場に経った時よりも緊迫した面持ちになっていたが、その時は教えると言うと安堵してくれた。
まぁ正直言うとリザードマンに料理を教えて作れるようになるのかは疑問だけど……
こういうのは過程が楽しいのだし、別に作れなくたっていいのだ。
それにしても、会話が確実に聞こえているであろうソラちゃんは、
まるで耳栓でもしているかのように私達の会話を無視している。
いつも私の為に頼もしい姿を見せてくれているけれど、こういう何もない時のこの子は本当に甘えん坊だ。
迷惑などとは微塵も思ってないし、寧ろどんどん甘えて欲しいのだけど……
もしかしたら、こうして甘えてくるのは親に愛されていなかった反動によるものなのかもしれない。
「マチコさん〜。ジュースが飲みたいで〜す」
「はいはい。ほら、おんぶして連れて行ってあげるから、手を離して?」
「はーい♪」
だけど、私はこの子の相棒だ。親の代わりにはなれない。
そもそも親が子に注ぐ愛情を他人が賄えると思うなんて、烏滸がましい話だ。
けれど、それでも愛情という側面で語るのなら、私でも与える事なら出来る筈──
──いや、そうじゃないか。
私はこの子からとても愛されているし、私だって元々この子に愛情を以て接していた。
なら、与えられるなんて言うべきじゃなくて、私達は愛し合えるのだと表現するべきだ。
私はソラちゃんを両腕で抱きかかえ、お姫様だっこにしてリビングへと連れていく。
ソラちゃんは満面の笑顔を浮かべて私の首に手を回し、
その後ろからは真人さんがまだ眠そうにしながら着いてくる。
そうだ。真人さんだって私達を大事に思ってくれている。
その気持ちは親愛であり、愛情と呼べるものの筈。
なら、お互いに愛し合っている私達は血が繋がっていなくとも、家族と呼べる間柄と言えるだろう。
「……ふふっ」
私はそう考えて、思わず笑みが溢れてしまう。
忙しなく気が抜けない仕事を熟す前に朝食を食べるこの温かな時間は、
まさに一家団欒の食卓と言えるのだから。
「……マチコさん、なんだか楽しそうですね」
「えぇ、そうね。今日のご飯は美味しく作れそうだから」
「わぁっ! そうなんですか! えへへ、楽しみだなぁ〜♪」
「あぁ、期待せざる負えんな。手本としても万全に教えて貰えそうだ」
「ふふっ、任せて? 独り暮らしのOLの女子力、見せてあげるから!」
「……なんか絶妙に期待しづらいですね……」
────し、失礼なっ!