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第168話 ここに来て頂くのはこれで最後になるでしょう

そう言った後、鹿場と名乗った男性は敬礼を止めて自分の横に向き直ってまた口を開いた。


「〈ワープビーコン〉」


鹿場さんがそう言うと、胸に黒い渦巻きが生み出されてそこからビーコンが飛び出してきた。

ビーコンは地面に倒れる事なく着地し、その場で展開して先端についているアンテナを回し出す。


「早速ではありますが依頼地点へと転移致します。私の手を取って下さい」


鹿場さんはそれだけ言ってスイッチに指を置いて私達に手を伸ばしてきた。

状況の説明も何も無しでやる事だけを伝えてくる辺り、相当焦っているように見える。


「すいません。お急ぎの所申し訳ないのですが、現場に転移した後、

 わたし達にどう動いて欲しいのかだけは説明して頂けないでしょうか?

 電話で聞けたのは『助けがいる』という情報だけでしたし、

 端的な指標だけでも欲しいのですが……」

「……申し訳ございません。皆様の実力は動画や口伝てで聞いてはいるのですが、

 未熟な私では現在の戦況に対してどのように対処して貰えば良いのか判断しかねます。

 ですので、一先ずはご同行して頂き、安全圏にて戦況をご覧になって頂いてから、

 戦術や方針をご相談出来ればと考えております……どうか、お願い出来ませんでしょうか?」


鹿場さんはなるべく平静さを保って

ソラちゃんの質問に答えていたが、明らかに焦っていた。

話してくれた通り、この人が抱える部隊は非常に追い詰められているのだろう。

なら、これ以上話して時間を取っている場合ではない。


「分かりました。先ずは状況を確認させて頂きます。それで大丈夫? 二人とも」

「……大丈夫です。行きましょう」

「あぁ、手早く終わらせよう」


そうして私達は鹿場さんの手に触れ、救援要請を受けた現場へと転移した。


転移後の視界が正常なものへ戻り、見えてきたものは──

あちこちに立ち並ぶビルの入り口からクローン達が津波のように押し寄せてくる光景だった。

"津波"は臨時に建てられたのであろう四方に張られた何層ものバリケードによって塞き止められてはいたが、

その殆どが破壊されていて、もうバリケードは既に一層しか残っていない。

そんな最後の盾を命綱に、雪崩れ込んでくるクローン達を食い止める為、

隊員達は銃や弓、もしくは魔法の杖といった遠距離射撃を絶え間なく撃ち続けていた。


けれど、崩れ掛けの防衛網を必死に維持し、

彼らが何を守っているのか──その答えは私の直ぐ後ろにあった。



「……ここって……」



私の後ろには、ガチャがあった。

〈成長玉〉といったガチャアイテムといった奇想天外な道具をお金を入れれば手に入れられる──あの"ガチャ"だ。


そして、ガチャ筐体が置いてあるこの場所は……酷く見覚えがあった。

程よく手入れされた街路樹と擦り切れた無釉タイルの歩道。

車が忙しなく行き交っていた筈の、横断歩道の信号が一瞬で赤になる道路。

マフィンは美味しいけど、コーヒーがいまいちなカフェを一階に構えたオフィスビル。


──間違いなくこの場所は私の職場からの帰り道だ。

クタクタに疲れながら限定スイーツを買って、

甘い夢を見ながら歩いていたあの場所だ。忘れもしない。


だったら、このガチャ筐体はまさか──


「……私が、引いてたやつ?」

「はい。その通りでございます」


私が思わずそう呟くと隣にいた鹿場さんが答えてくれた。

やっぱりそうだったのか……どうりでこんな数のクローンが押し寄せて来てる訳だ。

救世主(笑)である私の為に用意されていたガチャなら、きっと大量の〈成長玉〉は勿論の事、

〈デウスエクスマキナ・ウォッチ〉みたいなトンデモアイテムも入っていてもおかしくはない。

現に社長がこうして何千体はいるであろうクローンを嗾けているのだから、その裏付けと言えるだろう。


──でも、それも運営が彼らに筐体を守らせる為に用意した"理由付け"だ。


私が引いていたガチャ筐体を奪おうとクローンの大群を送り込んでいるのは、

『救世主が引いていたこのガチャには特別なアイテムが入っている』という先入観を持たせる為であり、

『自分達がこれを守らないと敵は更に力をつけてしまう』という焦燥感と義務感を持たせる為の建前でしかないのだろう。


……だけど、そんな事は関係ない。

隊員の人達にとってはその理由が"真実"であった方が良い。

全ては運営の茶番でしかないなんて辛い現実は……"嘘"であった方がいいのだから。


「佐藤様。ご覧の頂いた通り、現在我々は佐藤様がご使用なさっていたガチャ筐体を死守しておりますが、

 事態は切迫しており、このままでは防衛網を突破されるのも時間の問題です。

 ですが、我々では現状を打開する方法を思い付きません」


状況を確認していた私達に鹿場さんが無念さを堪えるようにそう話してくる。

その後、彼は恥辱と謝意を抱えて言葉を続けた。


「しかし、それでも……それでも皆様であれば、この状況を打開して頂けると私はカスミから伺いました。

 だから……どうかお聞かせ願いたい。この状況で、勝てる見込みはございますか?」


額に汗をかきながらも、何処か希望を見出すように鹿場さんはそう尋ねてきた。

その問いを答える前に、私は戦場にいる隊員達を見渡した。


バリケードの中には状態を維持する為に戦い続ける隊員の他に、

血を流して倒れている隊員達や、救護に奔走する隊員達も大勢いた。


その光景は運営が施した虚飾によって生まれた事実であり、

私が彼らを助けたいと思ってしまう理由だった。

救世主として働く為に用意された理由は、毒の如くじわじわと私の心を蝕んでくる。

けれど、私よりも彼らの方がよっぽど辛い思いをしている筈だ。


なら、私が言う答えは一つしかない。


「……問題ありません。私と仲間達なら必ず勝てます」

「──! あ、ありがとうございます。ですが、どのように奴等を迎撃するおつもりですか?

 我々も可能な限り支援致しますので、どうかお聞かせ願えないでしょうか?」

「……あー……」


どうしよう……真正面から全部叩き潰すつもりだったけど、正直に言ったら逆に不安にさせるかも……?


「そ、ソラちゃん。作戦を立てて貰っていい?」


困った私がソラちゃんにそう耳打ちすると、

ソラちゃんは得意げに笑って応えてくれた。頼りになり過ぎる……!


「ふふーん! わたしがマチコさんの代わりに答えましょう!

 ですが、その前に……鹿場さん。あそこに置いてある空飛ぶ車を何台か利用したいのですが、

 一旦こちらまで持ってきて頂いても宜しいですか?」

「え? あ、あぁ。承知致しました。少し待っていて下さい。おい! お前達も手伝え!」

「は、はい!」


バリケードの中は拠点として、簡易的なテントや野外病院などといった様々な設備や、

装甲車といった軍需物資が用意されており、空飛ぶ車もその中にあったものの一つだ。

その空飛ぶ車を鹿場さんと応援に来た隊員達が運転して、私達の目の前まで持ってきてくれる。


「ご用意致しました。それで、こちらをどうお使いに?」

「これを使うのはまた後です。その前に鹿場さん。またお願いさせて頂いても宜しいでしょうか?

 今度は"これ"を四方でバリケードを守る隊員の方々にお渡しして欲しいのです」


そういってソラちゃんが鹿場さんに渡したのは〈水鉄砲〉の弾薬だった。

……あ、なんとなくソラちゃんが考えた作戦が分かった気がする。


「……この弾は?」

「これは〈粘水〉という特殊な液体が込められた弾薬で、

 破裂させると水泳プールを軽く超える水量でとりもちのように粘着性の高い液体が発散されます。

 これを各々の手段で敵陣で拡がるように破裂させるようにお伝え下さい。

 それによりクローン達の動きを静止させた上に新たに発生するクローンへの妨害にもなりますし、

 こちらは一方的に発生源を叩く事が出来るようになります」

「こ、これに〈粘水〉が……⁉」

「おや、知ってるんですか?」

「は、はい。我々も〈水鉄砲〉は所有しておりますので。

 しかしながら、私が知っている〈粘水〉は水鉄砲のタンクに入っている筈ですが……

 もしや、こ、この弾丸一発がそのタンクと同等の……⁉」

「流石隊長さんですね。話が早くて助かります」


鹿場さんはソラちゃんの言葉に破顔し、厳しく引き締めていた顔を緩めた。それも当然だと思う。

自分も隊員達もこの戦いで死ぬかもしれないと思っていた所に、漸く差し込んできた光を見たのだから。


「おぉ……感謝致します! 笠羽様!

 では、こちらの用意した車は〈粘水〉で動けなくした後にご使用なさるのでしょうか?」

「はい。クローンを動けなくした後に発生源のビルに侵入する為の手段です。

 そして、複数台空飛ぶ車を用意して頂いたのは皆さんにも手伝って貰う為だったのですが……大丈夫ですよね?」

「当然です! 我らの力! 存分に奮ってみせましょう!」


救いの光を見てテンションが上がってしまったのか、

鹿場さんは嬉しそうに声を張り上げてそう宣言した。

元気になってくれて良かった。


それにしてもソラちゃんは人をその気にさせるのが上手いなぁ……。



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