第164話 計画は滞りなく
外見は童話が描かれた絵本から持ってきたように幻想的な雰囲気のある家だったのに、
中に入れば只々長方形の部屋が広がっているだけ。
この部屋の中には中央にある一つの窓と四方の壁以外に、
人が住んでいると呼べるような物は何一つ無かった。
しかしながら、それも当然だ。
この部屋の様相はあくまで"初期状態"なのだから。
「……余裕があったら徹底的に拘りたい所なんだけどねぇ……」
私は貰った説明書に従って家の窓の前に立ち、窓ガラスに触れる。
すると、まさにゲームから飛び出してきたような"コンソール"が目の前に立ち上がった。
それに触れて私はプリセットの項目を選択し、【シンプル】と表記されたボタンをタッチする。
その瞬間、部屋の内装が一気に整う。
真っ白なエンボス壁紙と大きく四角い掃き出し窓。
コーティングされた木製のフローリングが敷かれたリビング。
レンジフードとIHクッキングヒーター、広々としたワークトップと洗い場のあるダイニングキッチン。
日本の賃貸を再現したかのような内装が、何も無かった長方形の部屋に一瞬で施工されたのだった。
「おぉ~……これはまた……」
「すごっ……」
「ふむ、実際に現象を目にすると……とんでもない物を譲り受けたのだと実感するな」
そう。これが私達に対して地球が用意してくれたアイテム──〈マイルーム〉だ。
家の内部中央に備え付けられている取り外し可能なコンソールを操作するだけで、
ありとあらゆる建築様式へと部屋の内装や外装を変える事が出来るらしく、
家の大きさや広さ、部屋や廊下の数は勿論の事、
予めプリセットとして何十種類と登録されている内装に変えるのも良し、
各部屋の配置や廊下の配置や、家具一つ一つのデザインを拘って
自分好みの部屋を突き詰めてみるのも良しと、まさに変幻自在の家だ。
加えて配置する家具は性能さえも自由自在だ。
何千円くらいの一般的なものから、何十万円と掛かる最高級のものまで配置する事も出来る。
更に部屋の数や大きさも自由に変更出来るし、トイレやお風呂だって何個だって置ける。
極めつけは食事だ。
この部屋に置く冷蔵庫はただ単純に食材を保存するだけでなく、
なんと食べ物を好きなように"補充"出来る機能が備わっているらしい。
冷蔵庫に備え付けられている操作盤を操作すれば、いつでも美味しいショートケーキが食べれるし、
作りたてのピザだって好きに食べられる。
まさに最高の環境だ。こんな素晴らしい場所を提供してくれるなんて……
どうやら私は地球の誠意を甘く見ていたらしい。
「ふふふ、地球さんは思った以上に良いものをくれましたね!
空いた時間にマチコさんがたっぷり寛げる部屋に仕立ててみせますよ!
そして、色々落ち着いたら外観ごと大改造して、
それこそ英雄が住んでるような大豪邸にしちゃいましょう!」
「この家なら俺の尻尾で部屋をズタボロにする心配も無さそうだな。
しかも、訓練場も作れるのだろう? ククク、楽しみになってきたな……」
「そうねぇ。私も、家の中に温泉があったら良いなぁって一回考えた事があって……って、
そんな事のんびり考えてる場合じゃないか……」
「いえ! 考えるくらい良いじゃないですか!
ずっと気を張ってたらいざという時に助けられなくなりますよ? 休める時は休まないと!」
「確かに……そうかもね……」
私達がこうしている間も世界中でクローン達による被害は広がっているが、
だからといって心配し過ぎてもどうにもならない。
なるべくならこの戦いで傷つく人は減らしたいとは思っているが、
この"イベント"は〈花の候補者〉を成長させる為のものであり、
私がいくら頑張った所で成果が良くなるものでもない。
私が出来るのは結局、その他の〈花の候補者〉のお手伝いと、
そのせいで戦いに駆り出される志鶴さんのような人達を助ける事だけ。
それが、私の仕事だ。
「…………」
「? マチコさん。どうかされましたか?」
「あ……う、ううん、なんでもない。
さて、じゃあ取り敢えず必要なものを追加しましょう。
この家今のところこの一部屋しかないし」
「……そうですね。そうしましょうか」
つい口から零れそうになった言葉を飲み込んで、
私達は一部屋だけしかなかった家の中に、
廊下やトイレなどの必要なものを設置していった。
ガコン、ガコンと家を拡張する毎に音がして、
ただのワンルームから立派な一軒家の内装へと様変わりしていく。
そうして5分もしない内に当面使う私達の拠点が出来上がった。
完成した内装は一般的な収入を得る日本人が住む、ごくごく普通の家の中と呼べるものだ。
コンソールを行使して一階と二階を作り、二階部分に私とソラちゃんと真人さん、
それぞれで一部屋ずつ設けて、一階部分にキッチンやお風呂等の生活に必要なものを用意した。
トイレは各階に一つずつある。因みにトイレにあるコンソールをいじればトイレットペーパーも補充可能だ。
これで紙が無いなんて問題は起こり得ない。
一先ずはこれで設定は完了したので、私はリビングに置いた高級ソファに腰掛けて溜息をつく。
本格的に〈マイルーム〉を弄る時はこのイベントが終わった後か、全部が終わった後になるだろう。
早く、全部が終わって欲しい。
早く、何も気にせずにのんびり出来るようになりたい。
そんな事を思いながら、私は高いものらしく居心地の良いソファに深々と身体を預けていく。
そうしていくにつれて、いつの間にか感じていた疲れがどっと身体に押し寄せてきて、酷い眠気が襲ってくる。
「ごめん皆……ちょっとだけ、寝るわ……」
「……マチコさん」
「早く……全部が……良くなればいいのに……」
突然の睡魔に意識を塗り潰され、殆ど無意識にそう呟きながら私は瞼を閉じてしまう。
そして、完全に眠りへと落ちてしまう前に、ソラちゃんと真人さんの優しい声が聞こえた気がした。
「──良くなるさ、必ず」
「はい。わたし達が絶対に、そうさせますから──」