表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/178

第157話 必ずそうして下さるものだと

この人がカスミが言っていた、今後の計画を説明してくれる案内役だろうか?


茶髪のショートヘアの素朴な印象を受ける女性だ。

ご丁寧に自己紹介してくれた彼女に私も挨拶を返す。


「初めまして、佐藤真知子です。

 貴方がカスミがご紹介して下さった方で宜しかったでしょうか?」

「はい! その通りでして、自分は佐藤様とお連れの方々に

 これからの方針や計画を説明する役を言付かっております!

 ですが……その。今は……」

「えぇ、先に人命救助を優先しましょう。

 〈回復薬〉をお分けして頂けますか? 私達も救助を手伝いますので」

「ほ、本当ですか⁉ あ、ありがとうございます! 助かります!」


そう言って嬉しそうに志鶴さんは自分が持っていたトートバッグを渡してきた。

中にはぎっしりと〈回復薬〉が入っている。

志鶴さんが背負っていたカバンを地面に下ろすと、

そこにも〈回復薬〉や〈解毒薬〉が詰められていて、

これなら千人だって治療出来そうな程に物資がある。


これだけの量を背中や両手に担いで来れるとは……

どうやら志鶴さんのATK値はかなり高いらしい。


それから私達は渡された〈回復薬〉を負傷者に服用させていき、

一時間も掛からずに全員の治療を完了させた。


やっぱり飲ませるだけで怪我を治せるというのは強い。

あっという間に数百人の手当を終わらせられるとか、医療革命にも程がある話だ。


「皆さん! 本当に助かりました!

 皆さんのお陰で、みんな無事に家に帰る事が出来ます!」


志鶴さんは治療を終えた私達に深々と頭を下げてくる。

とても甲斐甲斐しく隊員の治療に励んでいたり、

こうして溌剌にお礼を言われるのを見る限り、彼女は良い人なのだろう。


その人の良さが少し物悲しかった。

この善性を運営に利用されているのかと思うと、どうしても──


……いや、違う。そんな後ろ向きな考えばかりでは駄目だ。

この人だけじゃない、世界中にいる人達全員が、前を向けるように頑張っているんだ。

だから、私も自分が出来る事をやって、早くこの茶番を終わらせる事だけ考えればいい。


「いえいえ、ご無事で何よりです」

「聞けば私達の為にご自身の〈回復薬〉まで全部使って下さったとか!

 佐藤様はお話通り、とても優しいお方なのですね……」


志鶴さんは私を尊敬の眼差しを送りながら祈るように手を合わせてきたので、

私は止めて貰う為に話を逸らそうとするが、その前にソラちゃんが会話に割り込んできた。


「志鶴さん。お聞きしたいのですが、

 貴方の隊に所属していた方は全員この場にいらっしゃいますか?」

「……!」


そう尋ねられた志鶴さんは綻ばせていた顔を一気に青くしてしまった。

そして、悔い悲しむような表情で答えを返してくる。


「それが……一部の負傷した隊員は戦闘中に

 クローンによって何処かに連れ去られてしまって……」

「えっ⁉」


何処かに連れ去られたと聞いた私は驚いた後、

無意識にソラちゃんへと視線を向けた。

ソラちゃんが参加していた事前イベントでは瀕死となった人達は何処かへと連れ去られて、

〈枯葉〉の材料とされてしまったと聞く。


だとすると、今回攫われた人達も〈枯葉〉のように洗脳されて、

新しい兵士として働かされてしまうのではないだろうか。


「……きっと、マチコさんが今考えている通りになるでしょうね。

 社長の都合の良い手駒になるように洗脳され、

 わたし達の敵となって帰ってくる……いえ、

 それどころかクローンの材料にされる可能性すら有り得るでしょう」


ソラちゃんは私が振り向いた理由を察したようで、

深堀りして起こり得る可能性の話までしてくれた。

それを聞いた志鶴さんがギョッとして、顔を更に真っ青にさせて慄いた。


「そんな……私達は必死に戦ったのに、

 クローンは数を減らすどころか、増え続けるだけなの!?

 そんなの、一体どうやって倒せば……⁉」

「落ち着いて下さい、志鶴さん。まだ挽回は出来ます」 

「どうやって⁉ あんな化け物相手に……あたし達が出来る事なんてない!

 あたしも! 仲間も皆! あのクローンに殺されそうになったんだよ⁉

 あんた達が助けてくれなかったら、きっとあたし達は全員、

 クローンに回収されて、あなた達の敵になってた‼

 それなのに、挽回なんて出来る訳ないよ……‼」

「……志鶴さん」


堪えていた感情が爆発したように、

志鶴さんは取り繕う事も忘れて嘆き叫んでしまった。


思えばそれも当然の事だろう。

志鶴さんが今しがた体験した戦闘は戦争と呼んで差し支えないものだっただろうし、

相手は腕や脚が捥がれても顔色一つ変えずに戦いを仕掛けてくる冷徹無比なクローンだった。

私のように"知識"によって殺し合いの経験があった訳でも無いだろうし、

今まで平静を装えていただけでも凄い事だろう。


「繰り返します。志鶴さん。落ち着いて下さい」

「……っ!」


しかし、ソラちゃんはそんな志鶴さんの努力をあしらうように冷たくそう言い放った。

鋭く攻めるような視線を向け、無理矢理志鶴さんを落ち着かせたソラちゃんは続けて問い詰めるように言う。


「話を聞いて下さい。まだ挽回出来ると言った筈です。

 この戦争が起きてからまだ一日も経ってないですし、

 連れ去られても洗脳されてクローンの元にされるまで時間はある筈。

 諦めるには早すぎます。しっかりしてください。

 貴方は隊を率いる隊長で、隊員の命を預かる立派な立場にいる人なのでしょう?」

「……それは……」


容赦のない叱咤を受け、志鶴さんは責任感の強さからか、少しずつ平静さを取り戻してきた。

今でも戦いの恐怖と絶望は忘れられていない筈なのに、

こうして直ぐに心を落ち着けられたのは、間違いなくこの人の強さだろう。


「……どうすればいいの?」

「連れ去られた隊員に発信機といった現在地を探れる道具やアイテムを持たせていませんか?

 彼らが連れされた方向は? 血痕などの痕跡は?

 隊員が残した何らかの情報となるものが、何処かに残っていませんか?」

「ちょ、ちょっと待って! そんないっぺんに言われても……!

 ……あっ。そ、そういえば一部の隊員には偵察を行わせる時に、

 もしもの時の為にって〈追跡虫〉を持たせてて……」

「ほら! あるじゃないですか! 一番有効で簡単な方法が!

 それを使ってさっさと現在地を特定して下さい! 早く!」

「っ! わ、わかった! ちょっと待ってて!」


そうして志鶴さんは急いで何処かへと去っていった。

確かに千色モヨの話では〈追跡虫〉というアイテムには"虫かご"が付属されていて、

虫かごを使えば予め虫を引っ付けて置いた対象の位置を把握出来るという話だったし、

恐らくそれを取りに行ったのだろう。


それから余り間を置かずに志鶴さんが戻ってきた。

成人女性が両手で虫かごを持ちながら笑顔で戻ってくる様子は何処となくシュールではあったが、

余計な事を考えてる場合ではないので、気にしないようにする。


「み、見つかった! 見つかったよ!

 まだ、そんなに遠くには行っていないけど、

 移動手段の乏しいあたし達だと時間が掛かっちゃう!

 悪いけど支援を──」

「わたし達が全速力でそこに向かいます! 虫かごを!」

「っ! ありがとう!」


質問を最後まで聞かずソラちゃんは手を差し出し、志鶴さんから虫かごを受け取る。

そして、真人さんを呼んで背中に乗り、虫かごを確認して行くべき方向を指で指す。


「では、お二人とも! 行きましょう!」

「あぁ! しっかり掴まっていろ!」

「──えぇ! 急ぎましょう!」


そうして私達はソラちゃんが指し示す方へと急いで駆け出した。

あっという間に見えなくなる前に、後ろから志鶴さんの安心するような、

羨望するような声が聞こえてくる。


「……やっぱり、救世主なんだなぁ……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ