第155話 そう言うしかないのだから
丁重なおもてなしを遠慮なく頂いた後、
カスミは私達にこれからしてもらう事を話し始めた。
ただ内容としては単純に
『社長が世界中で暴れてるから、私達にそれを食い止めて欲しい』というものだった。
どうやら社長は労働力の要だった〈枯葉〉と〈花の候補者〉と、
各国の行政機関の要人達を攫い、再び洗脳しようとしているらしく、
今、既に地上では社長が管理していたクローン達が
〈枯葉〉と〈花の候補者〉を攫おうと動き出している──と、
カスミはその様子が写された動画を見せながら伝えてきた。
動画には顔が全く同じ人間が、頑丈そうな全く同じ服を着て、
多種多様な武器を振るい、世界を侵略している様子が写っている。
いや、正確には違う顔も何種類かはある……が、
映像を見る限りクローンは何百人といるのに、同じ顔は五、六人しかいないように見える。
はっきり言って滅茶苦茶気持ち悪い。
生理的に怖気が走る光景だ。
こんな非人道的な事、よく平気な顔でやれるな……。
「……でも……嫌な言い方になっちゃうけど、
私以外の〈花の候補者〉と〈枯葉〉の人達ってそんなに強いの?
私一人を攫えば解決するんじゃないの?」
「確かに、まだ殆どの皆様は佐藤様の様に、
異世界の住人と戦える程の戦力は持ち合わせてはおりません。
ですが、佐藤様は誠に失礼ながら私共の監視下に置かせて頂いておりますので、
社長は容易に奪い返す事が出来ません。
その為、一先ずの妥協として他の〈花の候補者〉達を捕獲し、
地球さまにお許し頂ける可能な範囲で、ステータスを強化し、
手駒になるように洗脳した後、その方々を利用して私共を排除し、
本命の佐藤様を攫うつもりなのでしょう」
隣ではソラちゃんがカスミが見せてきた映像が作り物なのかどうか確かめる為に、
ネットで関連している動画を探していたが、ごろごろと出てきて来たらしく、
私にもその一部を見せてくれた。
その映像ではホワイトハウスやバッキンガム宮殿といった
国の中枢と呼べる場所がクローンによって襲撃されていた。
襲われている場所はそこだけじゃない。
普通の一軒家やアパートも、遊園地や水族館も至る所に
クローンの波が押し寄せていた。
「……ねぇ、色んなところも襲われてるみたいだけど、
事前にこういう事にならないようには出来なかったの?
色々と準備してたみたいだけど」
「はい。 誠に申し訳ございませんが、
気付かれないように行動しなくてはならない状況下では、
社長が管理している物までは細工も出来ず、
このような状況にせざるを負えませんでした。
力及ばず、重ね重ね申し訳ございません」
「…………」
ソラちゃんが散々やってた通り、やっぱり用意された台本に不備は無いみたいだ。
しかし、よくこんなにカスミは多くの質問にスラスラと答えられるな。
大した役者だなぁ、ホント。褒めてないけど。
「……それで、私達はこれからどうすればいいのよ?」
「各国の首脳部の防衛はヒガンやミモザが行って下さっておりますので、
お三方はガチャ筐体の回収チームにご参加して頂ければと存じます」
「……ガチャ筐体の回収? どうしてそんな物を回収してるの?」
「世界各地に設置したガチャ筐体には数多くのアイテムが保管されており、
社長がそれらのアイテムを先に回収してしまうと、
そのアイテムを奪われる事になります。
そうなってしまうと、クローンにそれらアイテムを装備させられ、
より甚大な被害を与えられ兼ねません。
その為、私共は出来る限り筐体の回収をさせないよう、
迅速に動く必要があるのです」
「……なるほどね」
実際の戦争でも、訓練を積んでいない人間であっても、
槍か鉄砲さえ持たせれば一定の戦力になるとして、戦場に出させる事があると聞く。
クローンが人間のように成長出来ない個体であるとはいえ、
アイテムという強力な武器を何本も持たせられるのであれば、
それは確かに酷く厄介な敵と成り得るだろう。
「……でも、私に手伝って貰うのって、寧ろ危険じゃないの?
捕まらないようにずっと姿を隠しておくべきだって思うんだけど?」
「確かに、そちらが一番の理想なのですが、
社長はクローンを可能な限り生産しているようで、
佐藤様や〈花の候補者〉の皆様にご協力頂かなければ手が追いつかない状況でもあるのです。
なので、攫われる危険性をなるべく排除する"処置"を取らせて頂いた上で、
ご協力頂ければと考えています」
「……私以外の〈花の候補者〉も協力させるつもりなの?」
私は以前、私一人で全てを背負うと言った事を思い返しながらそう言った。
あの時は完全に勢いでそう言ったし、反省も後悔もしてるけど、
それでも……やっぱり他の人が巻き込まれるというのは気分が悪い。
だから、止めさせられるのであれば、なるべくなら防ぎたくはあるのだが……。
「佐藤様は大変お強くなられましたが、
世界中で起こる襲撃に対処するというのは、
一人では物理的にも時間的にも厳しい為、
他の〈花の候補者〉の方々にもご協力して頂く必要があるのです。
佐藤様のご要望に応えられず、誠に申し訳ございません」
「…………」
「ですが、ご心配はしなくても問題ないかと思われます。
戦う必要のあるクローンは所詮ガチャアイテムを使えるだけの木偶の坊であり、
ご協力して頂く〈花の候補者〉の方々は皆様大変お強く、精鋭揃いでございます。
佐藤様がご想像する事には成り得ないかと」
「……でも、戦いを望んではいないんでしょ?」
私がそう聞くと、カスミはどうしてか僅かに表情を暗くさせながら答えてきた。
「いえ、皆様は故郷を守る為、自ら戦いに望んで下さっています。
中継以前に事情を説明し、"植木鉢"に参加して頂いた方々も、
各国の〈花の候補者〉の方々も、共に世界を救おうと仰って下さり、
今この時も戦地に赴き、平和の為に戦って頂いております」
「……! そう……なの」
言われてみれば、確かにこうして自分の国が脅かされたら、
母国を救う為ならと立ち上がる人もいるだろう。
カスミ達を本当に信用して協力しているのかは知らないが……そこはきっと重要じゃない。
きっと、ソラちゃんが言っていたように縋れる何かがあると信じたくて、
自分達が努力すれば世界は良くなるという安心と自信を得たくて、
皆、カスミ達に協力しているのだろう。
そうする事が良いか悪いかなんて、今更言うつもりはない。
この世界の人達が正しく明日を迎える為にはそうするしかないのだから。
だけど、その日々を、私が協力する事で早く終わらせられるのなら──
私は、頑張りたいと思ってしまう。
「……その活動。わたし達に別行動をさせたりはしないですよね?」
ふと、ソラちゃんがジトリとした目で睨みながらカスミにそう質問を投げ掛けた。
私は一人でまた思い耽っていた事にハッとなり、ソラちゃんの投げ掛けに同調する。
「そ、その可能性もあったわね……どうなの?」
「申し訳ございません。出来る限り、御三方全員で行動して頂けるように手配致しますが、
戦況が芳しくない場所が出来た場合には別の参加メンバーの方と組んで頂く事になり、
ご要望に応えられない可能性が高いと予想されます。何卒ご容赦下さいませ」
「嫌です。断固拒否します。
絶対にわたし達は三人で行動させて貰います。良いですね?」
ソラちゃんに有無を言わせない態度でそう言われたカスミは、
ほんの僅かだったが、疲れの色を見せていた。
ソラちゃんとか地球に振り回されたからだろうか?
いつも鉄面皮な女なのに、珍しい事もあるものだ。
「……大変申し訳ございませんが、
犠牲者を出さないため為にも、どうかお願い出来ないでしょうか?
戦況は現在劣勢であり、勝勢へと持ち込む為にはどうしても、
ご協力して頂く必要があり──」
「ふーん? だったら敵を一か所に纏めて、
わたし達に片付けて貰うようにしてもらったら良いじゃないですか?
"お得意様"なんでしょう? わたし達の怨敵は?」
「……それが可能であれば……始めからそうしております。
重ね重ね申し訳御座いませんが、どうかお願い致します」
「はぁあ。ホントにそうなんですかねぇ〜?
マチコさん、こう言ってますけどどうします〜?」
「……えっと、私としても二人と離れたくないんだけど……そうすると不味いのよね?」
凄い煽り散らかしているソラちゃんだが、
カスミが提示する条件に従わないと計画に不都合が生じる筈だ。
ソラちゃんもそれは重々承知している筈なので、最終的には従うつもりではあると思うが、
素直に従うのも癪なので、こうしてギリギリまで渋っているのだろう。
不満を溜めやすい私のガス抜きも兼ねてくれているのかもしれない。
本当に優しい相棒──
「マチコさ〜ん。こんな奴に優しくしないでいいんですよー?
もっと不満をぶつけてやりましょうよぉ!」
ソラちゃんは用意されていたスコーンを豪快にバリバリと食べながらそう言った。
まるでチンピラみたいな態度だ。
これが私の優しい相棒の姿……かぁ。
散々甘えさせて貰ってる私が言うのは烏滸がましいけど、
やり過ぎ感は否めない。
「…………ご希望に応えられず大変申し訳ございません。
ですが──私共はこのような状況を直ぐにでも無くしたいのです」
言葉ではどうにもならないと思ったのか、
カスミはタブレット端末を取り出して、その映像を見せてきた。
どうやらこの映像はライブ中継で写されているものらしい。
映像には警備隊員のような格好をした人達が必死になって
クローン軍団の猛攻を防いでいる様子が映っていた。
奇妙な武器を振り翳して、火の玉や土の槍を
雨のように降らせながら襲いかかる、何百といるクローン達。
それらを懸命に大盾やバリケードで防ぎながら、
各々の武器でクローンをどうにか鎮圧していく人達。
まるで戦争映画でも見ているかのように、現実離れした映像だ。
だけど、私は"それ"をこっ酷く体験した側の人間で、
もう怖いという感情は抱かない。
それどころか、早く助けて上げないと考えてしまうくらいには、
精神的に余裕が出来てしまっている。
……これは、そういう気持ちを煽るために見せてきたのだろう。
本当にこの女は性格の悪い事をする。
こんな見え見えの釣り餌に引っかかるのは癪だが、
実際に現実で繰り広げられているものなのは間違いないのだろう。
だったら、このまま放っておく事は出来そうにない。
でも、一人で勝手に突っ走ると、また二人に怒られてしまうし……。
「……ソラちゃん、真人さん……その……」
「……はぁ〜……マジでやり方が終わってますね、貴方。
取り敢えずぶん殴っていいですか?」
「俺が代わりにやろう。そっちの方が効く筈だ」
「ふ、二人とも待って! 確かにやり方は最低だし、
私だってぶん殴りたいけど、でも、先にあの人達を早く助けないと──」
「もう……分かってますよ! ったく、マチコさんに感謝してくださいね!」
「……戻ったら覚悟しておくんだな」
「お心遣い感謝致します。ご案内致しますので、どうぞこちらに」
そして、カスミは私達を連れてアパートの外まで行き、
道路上で止まった後、懐からカプセル状況の何かを取り出した。
そのカプセルの先端を押し込んでからを道路に投げると、
そこに煙が立ち昇り、煙の中からタイヤのない車が出現した。
そのどっかで見たことある出し方で用意された車は
道路には着かずに少し浮かんでいて、カスミが乗り込んでも車体は沈まなかった。
どういう仕組みなのかと驚きつつも、私達はその車に乗り込み病院まで戻っていく。
私達が道路に拡げていた〈粘水〉はいつの間にか無くなっていた。
まっさらになった道路を駆ける車のスピードは、
高速道路を走る車以上に出ている筈だが、全く圧迫感を感じない。
今更その程度の事には動じないが、遠い未来感があって乗り心地は悪くないものだった。
未来感満載のドライブをちょっとだけ楽しんだ後、
私達は市役所のような建物の前まで辿り着く。
車から降りてその中に入ると、施設の中央には大きなビーコンが鎮座してあり、
円を描くように先端のアンテナが回っていた。
これは……あの〈ワープビーコン〉だろうか?
「戦闘準備が出来ましたら、このビーコンの前に立って下さい。
彼らが防衛している場所まで移動出来ます」
「……あのクローン軍団を倒した後はどうするの?」
「合流して頂くチームの隊長にその後のご案内をお願いしておりますので、
事が済み次第お聞きして頂ければと存じます」
「……そう、分かった」
そして、私達はお互いの武器を用意してビーコンの前に立った。
すると、ビーコンの回転が速くなっていき、
私達の身体が青白く光り徐々に薄くなっていった。
国会議事堂に連れて行かれた時と同じ感覚を覚えながら、
私は最後にカスミに尋ねる。
「……これが終わったら、どうなるの?」
「…………」
カスミは私の曖昧な質問の意味を理解したようで、
ほんの僅かの間だけ逡巡した後、より一層無感情な顔付きになって、
私にこう答えを返した。
「────貴方が望む世界が、見えてくるでしょう」
……ほんとかよ。