第142話 これ程有利で、愚かな戦いもない
「…………」
「笠羽様。この説明でご理解頂けましたでしょうか?」
〈幻術ビーコン〉とやらを黒い渦巻きに戻し、カスミは無表情ながら、
"否定させない"という意思を感じさせる物言いでソラちゃんにそう言った。
ソラちゃんは先程から険しい顔付きでカスミの説明を聞いていたが、
今はその顔を一層憎らしげに歪ませている。
その顔が私には、徐々に追い詰められているかのように見えていた。
いや、実際に追い詰められているんだと思う。
これはきっと……舌戦だ。
ソラちゃんは今、カスミと戦っているんだ。
ソラちゃんはカスミが語る説明──
いや、"設定"に矛盾点がないかどうかを探る為に、
こうして何度も質問をしているのだろう。
そして、いざ矛盾点が見つかれば、
カスミの話には信憑性がなくなっていき、
社長を裏切ったという前提や救世主云々といった計画が破綻していく。
そうなればカスミは私達を説得する為の手段を無くす。
私は世界を救う存在には成らなくて済むかもしれない。
様々な負担や責任を負わずに、運営の手先にならないでいられるかもしれない。
それが吹けば飛ぶような可能性でしかなく、簡単に覆る希望であっても、
確かに状況を良くする事は出来る筈。
だから、ソラちゃんはこうしてカスミに何度も質問を投げ掛けているのだろう。
でも、彼女の表情を見るに、劣勢であると思えてしまう。
「……いえ、まだです。まだ理解出来ません。質問なら山程あります。
いくらそういったアイテム用意していたとしても、
異世界では貴方達を支配していた社長が、
貴方達に対して監視や妨害も全く出来なかったなんて考えにくいですし、
監視下に置かれている筈の状況下で大量のアイテムの生産が出来て、
尚且つそれを配置出来たというのも不自然です。
そもそも貴方が自爆して無事だったのは何故です?
それが出来るなら、どうして社長は今の今までやっておかなかったんですか?
それにクローンという存在すら怪しいものです。
人間なんて大きなものを何体も作れるのもおかしいですが、
それをどうやって社長から隠し通していたんですか?」
矢継ぎ早に質問を捲し立てるソラちゃんだったが、
カスミは狼狽える事無く、淀みない態度を崩さずに答える。
「社長が私共の動きに気付けなかった理由は
多くの要因が重なっていたからと考えられます。
先ず、社長は多くの作業を抱えておりました。
社員人数の少なさによる管理体制の多忙さ、
〈花の候補者〉全員の常駐監視と育成計画の策定。
イベント内容の立案とイベント会場設営の人員手配など、
様々な工程を個人で行っており、多忙を極めておりました。
その為に、社長は私共の動きに気付き難かったのでしょう」
……なんか、やってる事普通のサラリーマン……
い、いや、考えない様にしないと。
「それでも私共も皆様同様に社長の監視対象でしたので、
直接私共が行動する事が厳しい状況でございました。
その為、今回行った作戦で必要だった工程や道具は
〈枯葉〉の方々にご用意するように指示を出させて頂いたのです。
元々〈枯葉〉の管理や製造は私共が担当していた業務でしたので、
社長によって離反に関しての定期監査はされておりましたが、
気付かれない様にご指示を出すことは比較的容易でした。
それ故、私共はここまで準備を進める事が出来たのです」
「……ここで〈枯葉〉……厄介な……」
「また、私が自爆して無事だったのは
単純に死なない様に威力を抑えていたからになりますが、
そもそもあの爆発は自爆する為に起こしたものではありません。
あの爆発は社長が飛ばしていた遠隔カメラを"程よく"破壊し、
ヒガンの慟哭と合わせて、社長に『私が自爆した』と錯覚させる為のものでした。
爆発によってかなりのダメージを負う事にはなりましたが、
自爆する直前にカプセル型の〈回復薬〉を服用していたので、
死亡する事もなく社長の目を欺いた上で、
私は自由に行動出来るようになったのです」
──駄目だ、思考が止まらない。
結界だの、魔法だの、術式だの……。
聞いてると急に違う世界に紛れ込んだ気分になる。
いや、実際こいつらは違う世界の住人なのだし、当たり前なんだろうけど、
こっちの世界の住人からすれば反則技でしかない。
言い返そうにもそれは出来ないという証明がこっちには出来ないからだ。
何故なら、運営は出来ない筈の超常現象を何度も行使してきている。
それが不可能であるかどうかなんて……こいつらにしか分からない。
なんて卑怯で便利な"言い訳"なんだろう。
「……っ、じゃあ、国会議事堂であなた達が好き勝手にやってる時、
社長があなた達の心臓を止めなかったのは何故です?
ヒガンとミモザとかいう人達が社長に妨害されずにあの場に来られた理由は?」
「私共に仕掛けられた"心臓を止める装置"は遠隔で操作が可能であり、
社長はいつでもそのスイッチを押す事が出来ましたが、
スイッチを起動させる為には命素による"通信"が必要になってきます。
その通信は適当な手段を用いて妨害がする事が出来るので、
命素を遮断する為の結界を国会議事堂に張れば、
遠隔で私共の心臓を停止する事は出来なくなります。
その為、私共は無事でいられたのです」
「……術式とか……結界って、偉そうに言うなよ……」
ソラちゃんは近くにいた私にしか聞こえない程に小さく、独り言を呟く。
きっとそれは……手傷を負わされた悲鳴だったのだろう。
私は戦場にも立てない自分に酷く嫌気が差した。
「また、ヒガンとミモザが国会議事堂まで来られた理由ですが、
これは先程申し上げた偽装工作によるものとなります。
ガーパイス本社前で抗議デモを起こなっていた方々が
いらっしゃっていたのはご存じでしょうか?
私共は中継当日、その方々の中に〈枯葉〉の方々と、
予め生産して頂いていたクローンを参加者として紛れ込ませておき、
国会議事堂で演説を開始する直前のタイミングで、
〈枯葉〉の方に持たせていた解除装置を使用して頂き、
本社外部に施されていた結界を破壊しました。
その後、〈枯葉〉の方々とクローンにデモ隊の方々を誘導して貰い、
一緒に本社施設で大きな暴動を起こして頂きました。
この世界の現地人を無暗に殺すことはあの御方によって禁止されていますので、
社長はクローンに紛れる一般市民への対処に追われる事になりました。
二人はその混乱に乗じて、社長の目から逃れながら会社から脱出し、
国会議事堂まで移動したのです」
私も感じていた違和感と疑問が、
とんでもないスピードで答えられていっている。
早すぎて私には半分くらいしか理解出来ていないが、
ソラちゃんはバッチリ理解しているようだったが、
表情は質問に答えられれば答えられる程に、酷く曇っていた。
「…………今でも、あなたの心臓が止まらないのは何故です?
この病院にもそんな"都合のいい結界"が張られているからですか?」
「はい。この病院──いえ、"この場所"全体にその結界を張っておりますので、
社長に探知されて心臓を停止される心配はございません。
ミノタウロスを討伐後に移動して頂いたこの施設は、
議事堂に張った結界よりも強固なものです。
その為、社長にこの場所を発見される危険性は
非常に少ないと想定しております」
……え? この場所? ここって病院なんじゃ……?
「……こんな地下帝国みたいな場所も、〈枯葉〉の人に作らせたんですか?」
「……帝国?」
「はい。イベント開始前から皆様には
大変な苦労をかけて貰い、拠点を建築して頂きました。
この拠点もそうですが、今まで数多くの苦労をかけ続けた事、
大変申し訳なく思っております。
ですが、もう皆様に掛かっていた洗脳の術式は解除しており、
これからのご協力は不要となりますので、ご安心を」
「はは……ここまで心配になる"ご安心"も無いでしょうね……。
ほんと、笑わせてくれますよ……」
「…………ソラちゃん」
さっきの情報は使えると思った私は、話を無理やり遮る。
それは無理やりにでも会話を止めて、
戦況を良く出来ればという狙いもあるが……
もっと別の理由もあっての行動だった。
「っ、マチコさん! 今はしゃべらないで下さいって……」
ソラちゃんは私の言葉を聞いて一度は声を荒げたが、
直ぐにハッとなって言葉を止めた。
そして、ひと呼吸置いて私の用事を尋ねてくれる。
「……いえ、すいません。その、なんでしょうか?」
「こっちこそごめん……外、見てもいい?」
「……いいですよ。話が終わるまで見てても大丈夫です。
ただ、その……驚くと思うので、心構えをしてから見て下さい」
「あ、ありがとね」
ソラちゃんの許可を禁を破ってまで得た私は、
真人さんに降ろして貰って、病室の窓から外の景色をおずおずと眺める。
すると、そこには想像していたよりも驚くべきものが写っていた。
「……何、これ……?」
そこにあったのは、空の代わりに広がる暗い岩壁を背景に、
星のように窓を光らせた高層ビル群が立ち並んでいる光景だった──