第140話 代償は酷く重くのしかかる
──この子は今何を言い出したの?
同じ日本語を話していた筈なのに、急に知らない言語で話された気分だ。
私を使って世界を纏めるとか何とか言ってた気がするが……
きっと気の所為だ。流石にそんな訳──
「はい。その通りでございます」
「いや、その通りな訳無いでしょぉお!!?」
私は反射的に寝ていたベットの上に立ち上がって、カスミの肯定を否定した。
ここが病室である事すら忘れて大きな声を出してしまったが、それも仕方ないと思う。
だって、『お前は全人類の王になれ』と冗談ではなく、全くの真顔で言われたのだ。
そんなのツッコまない方がおかしい。
いや、確かに私を特別視しているのは分かっていたし、
私自身も戦士として戦う事は覚悟していたが、
そんな存在にしようとしていたとは思ってなかった。
……いくらなんでも頭おかしいって!!
私、元はただの一般人だったんだけど!!?
「……マチコさん。どうか……落ち着いて下さい」
「落ち着けるわけないでしょ!? 何なのよそれ!
私の許可も無いどころか知らされてもいないのに、
そんな大きな事に巻き込まれてたとか……
こんな状況で冷静でいられる奴がいるなら見てみたいわよ!!」
「……そう、ですよね。すいません……」
「……うっ。そ、ソラちゃん……」
慌てふためく私を見て、ソラちゃんが酷く落ち込んでしまった。
……ソラちゃんは何も悪くない。ガチャ運営の計画を話してくれただけだ。
なのに、私はつい八つ当たりで責め立ててしまった。
何をしてるんだ私は……。
「ごめん、ソラちゃん。私、その、気が動転して……」
「……いえ、大丈夫です。マチコさんは何も悪くありません。
寧ろ、悪いのは分かっていて止められないわたしの方で……」
「二人共止めてくれ。お前達は"二人共"何も悪くない。
そうやって自分を責めるな」
「……真人さん」
──真人さんの言う通りだ。
ここで私達が肩を落とし合っていてもしょうがない。
重要なのはこれから私達がどうすればいいかを決める事だ。
……けど、そう簡単に感情というのは抑えつけられるものじゃない。
喉奥から押し寄せる感情の波は、今にもまた口と身体から湧き出そうになっている。
様々な疑念と焦燥、恐怖と後悔が、
頭の中に浮かんでは薄く溜まっていく。
だけど、ソラちゃんもきっと辛い筈なのに、
年上の私がいつまでもみっともなく暴れていては駄目だ。
真人さんだって、私を心配してくれてる。
このまま感情を出していたら二人にいらぬ心配をかけてしまう。
……大丈夫だ。きっと全部上手くいく。
だから、落ち着かないと。私は深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「……ありがとう。真人さん。私は……もう大丈夫よ」
「……無理はするな。休みたかったらすぐに言うんだぞ」
「フフッ、そうね……もし、無理そうだったら胸でも貸してもらおうかな」
「ハハ、寝心地は良くないと思うが……それで良いのであればいくらでも貸そう」
「あっ、わ、わたしも貸します! 真人さんだけにいい格好はさせませんよ!」
「ははっ、ありがとね。ソラちゃん。頼りにしてるわ」
二人に励まされて少し冷静になってきた。
そうだ、いざという時はこの二人を頼ればいい。
私はその安心感を"蓋"にして、吹きこぼれそうになる心を抑え、
カスミへと顔を向ける。
「……もういいわよ。それでさっきの計画の話、詳しく聞かせてくれる?」
「ありがとうございます。先程笠羽様に申し上げて頂きましたが、
私共は佐藤様に人類を導く救世主となって頂き、
弊社によって生じた障害や問題を全て解決して頂こうと考えております。
先日、私共が"植木鉢"という組織を立ち上げ、佐藤様を組織の旗印とした事も、
我々が作り上げた社長と戦わせた事も、その計画の一環となります」
「……なんで、私? っていうか、
その計画になんの意味があるっていうのよ?」
「佐藤様をご指名させて頂いたのは、
類稀なる才覚と慈悲深さが大きな要因となっております。
また、計画を行う意味としましては、
ガチャアイテムという超常的な物がある事によって、
人類同士によって生じる様々な争いを防いで頂くというのが、主な理由となります」
「……は?」
悪辣とはまさにこいつらを差す言葉なのだろう。
巻き込まれる当人を目の前にして、
そんな無責任な言葉をよくも平気で言えるものだ。
「……つまり、私はあんたらの尻拭いをさせる為の紙切れだって言いたいわけ?
ほんといい性格してるわね? 人の心ってものがないの?」
「大変申し訳ございません。お怒りは重々承知ではございますが、
私共は佐藤様に負担をかける事でしか計画を果たせないのです。
異世界人である私共が上に立てば要らぬ軋轢を生みますが、
現地人であられる佐藤様なら、その懸念も無くなりやすいでしょう。
その為に、私共は誠に勝手ながら佐藤様を巻き込ませて頂いたのです」
「……そんな細かい心配するくらいなら、
最初から私達を巻き込まなければ良かったでしょ?
何を助けてやってるみたいに言ってるのよ……?
あんた達が最初から何もしなければ、
こんな事にはならなかったでしょうが!?」
悪辣なだけでなく、偽善という言葉もピッタリこいつらには当て嵌る。
折角二人に励まして貰って心が落ちついていたのに、もう効果が切れ始めてきた。
それもこれもこの女が、ガチャ運営が外道過ぎるのが悪い。
何なんだこいつらは、本当に同じ人間なのか?
とても善悪が判断出来ているとは思えない。
「面目次第もございません。仰る通りでございます。
私共の力不足により、この世界の人々に
多大なるご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません」
「──っ!」
余りにも白々しい謝罪を聞いてしまい、
溢れた感情のままにカスミの頰を叩きそうになる。
けれど、そうしてしまったら相手の思う壺のような気がしたので、
私はギリギリの所で堪える。
その代わりにカスミをギロリと睨みつけて、苛立ちのままに声を荒げた。
「そんな言葉だけで、今まで私達にしてきた事が許されると思ってるの!?
いいから全部止めなさいよ!! これ以上、私を……私達を苦しめないで!!!」
「大変申し訳ございません。それはいたしかねます」
「……なんなのよ。なんで、なんで聞いてくれないのよ!!
毎回毎回、目覚めたら病院の天井を見上げる羽目になる
こっちの立場になってみなさいよ!!
これからずっとこんな生活が続く身にもなってよ!!
あんたは、何も感じないっていうの!!?」
「誠に申し訳なく思っております。
しかしながら、せめてもの対価として、
佐藤様には報酬や貴重なアイテムを提供して頂く予定であり、
直近では国会議事堂でご協力頂いた事の返礼として、
一千万の賞金をご用意しており──」
「そんなのいらないって言ってるでしょ!!?
何処までも人を馬鹿にして……いい加減にしてよ!!!」
「…………マチコさん」
「……」
──あぁ、二人が悲しそうな目でこっちを見てる。
なのに、私はこんなに不様に喚き散らして……結局二人の励ましを無駄にしてしまった。
どうしてこんなに私は荒れて……いや、理由なんて分かっている。
私はこいつらガチャ運営にこれまで散々酷い目に合わされてきたからだ。
アクシデントだかなんだか知らないが、
一度は大切な友達や知り合いをみんな殺されてしまった。
だから、あれだけ東京ドームの一件で身体を張ったのに、
結局は他の誰かが巻き込まれる結果になってしまった。
しかも、仲が良かった会社の同僚も運営の手先だった上に、
挙句の果てに私のせいでソラちゃんまでも精神的に追い詰められてしまった。
そんな地獄のような環境に陥っていたせいで、
いつしか私の心は擦り切れて、もう耐えきれなくなってきていたのだろう。
……どうせ、こいつに泣き言を言っても、
どうにもならない事なんて分かっている。
だって答えは最初にガチャを引かされた時にはもう、決まり切っていたんだから。
でも、それでも……私は声を荒げずにはいられなかった。
「……ご期待に沿えず、重ね重ね申し訳ございません。
しかしながら、私共は佐藤様に頼らせて頂く他はなく、
それはこの世界の方々も同様です。
弊社によって引き起こしてしまった惨状を回復し、
人々を導けるのは貴方しかいないのです。
信じて頂けないかと存じますが、私共も微力を尽くし、
最後には必ずこの世界の人々に幸福へと至って頂くよう励むつもりです。
佐藤様。どうかお願い致します。
私達と共に、世界を導いて頂けないでしょうか?」
「……どの、口で……」
カスミは傍から見れば真摯な様子で頭を下げてきた。
だけど、はっきり言って信じられる訳が無いし、ふざけているとしか思えない。
こんな申し出、断って当然だ。
でも……でも、私に他の選択肢があるのだろうか?
ここで従わなかったら、この世界の人達はどうなるのだろう?
私が断ったせいで、大勢の人達が争って、
あの時みたいに死んでしまったら……私は、その重圧に耐えられるのだろうか?
また、あれを見るくらいなら。
いっそ、こいつらの操り人形となって、
何も考えない方が楽になれるのでは────?
「…………わた、しは……」