第135話 /チャンネル3
またゲームでよく出てくる怪物の登場だ。
前はまだダンジョンという日常から離れた場所だったからまだ非日常感はあった。
でも、こうして何の変哲もない世界にこういった空想の存在がいるというのは、
何とも受け入れ難いものがあって、乾いた笑いが出てきてしまう。
「フハハハハッ!!」
上空から耳障りな笑い声が聞こえてくる。
笑い声がしてきた方を見てみると、馬鹿でかい牛男の右肩を地面にして、
首を支柱代わりにして手を置いている社長がいた。
「驚いているようだな!? このミノタウロスは私程ではないが相当に強いぞ!!
今の貴様らでは到底倒せない相手だ!!! 年貢の納め時だなぁ!? フハハハハハッ!!!」
そう言い放ってくる社長は、
遠くて見えづらいがどうやら勝ち誇ったような顔をしているようだ。
確かにこのミノタウロスからはそんな印象を受ける。
体力が尽きかけている私が戦っても勝てるかどうかは怪しいだろう。
「…………万事休す、か」
「こんな、手があるなんて……一体どうすれば……!?」
「……ここまで、ですかね〜」
私の後ろにいる三人組はテンプレみたいな絶望台詞を吐いて、
全てを諦めたような顔付きになっていた。
演技のくせしてそんな顔をされるとめちゃくちゃイラッとくる。
そんな顔したいのはこっちなんだけどねぇ……?
「ハッ!! 生意気だった貴様らも、
こいつが相手では諦めるしかないようだな!
さぁ、もっと苦しめ!! もっと絶望しろ!!
私はその様を特等席で眺めるとしようじゃないか!!!」
「──!!」
そういって社長はミノタウロスが這い出てきた渦に身を投げ出す。
私はその時漸く、ミノタウロスが社長が逃げる為の囮でしかないと気付いた。
「ま、待ちなさい!!!」
「っ!!?」
慌てて私は渦に逃げ込んでいた社長に向かって鞘を投げつけたが、
破れかぶれだった攻撃は社長の裏拳によって容易く弾かれてしまう。
「ま、全く油断も隙もあったものではない!
だが、これでサヨナラだ! フハハハハ!!!」
「っ!! ……クソッ!」
そして、社長は渦の中へと完全に消えてしまい、
渦も社長が入った事で消えてしまった。
結局……私は、運営にひと泡吹かせる事は出来たのだろうか?
社長にあんなに深い傷をつけたのだし、そうだと願いたい。
けれど、あの傷さえも演劇の一貫でしかない気がする。
自分の怪我ですらもシナリオを進める為の"アイテム"として扱っていると──
そんな気がしてならなかった。
やはり運営は人間としての常識を捨ててしまっているとしか思えない。
「ブォオオォオオオオッ!!!」
そうして社長がいなくなってから直ぐ、ミノタウロスが狂ったように咆哮しだした。
まるで開戦の合図を告げているようなタイミングだ。
何もかもが作られたような気持ち悪さを感じながら、
私は刀を残った力で強く握り締めて構える。
「…………やるしかない、か」
運営がろくでなしというのは、今更の話だ。
とにかく今は、運営のシナリオを精一杯こなすしかないのだろう。
こいつに対しての勝敗がシナリオにどう影響するのかは分からないが、
社長に逃げられてしまった以上、私に出来る事は……もう、それしかないのだから。
しかし、この身体でどこまで足掻く事が出来るだろうか……?
私がミノタウロスと戦おうとする為に、
いざ駆け出さんとした所でミノタウロスに橙色の光線と、燃え滾る火柱が襲った。
当然それをぶつけたのはヒガンとミモザだ。
けれど、それらは大してダメージにはなっていないようで、
ミノタウロスは目の前に飛ぶハエを追い払うかのように、光線と火柱を手で払った。
そして、ヒガンとミモザに対して、
ミノタウロスは一軒家程の大きさがある戦斧を振るった。
凄まじい轟音から繰り出される高速の一撃を二人は間一髪で避けるが、
それからもミノタウロスは斧を連続で振るって二人を切り潰そうとする。
馬鹿でかい斧がコンクリートの地面に何度も叩きつけられ、
瓦礫がそこら中に飛んでいく。
辺りには人はいない様だが、もし駅から出てきた人がいたり、
野次馬目的で来てしまう人がいたら、大変危険な状況だ。
もしかしたらそういう"観客"には危害は
与えないようにしているのもしれないが……
過去の一件もあるし、楽観は出来ない。
「……くそ、マズイわね……」
「……佐藤様」
私が状況を危ぶんでいると、フラフラになっているカスミが喋りかけてきた。
何となく次に言いそうな台詞は予想がつく。
どうせ"私だけでも逃げろ"とか言うつもりなのだろう。
「どうか、私共を盾にして貴方だけでもお逃げ下さい。
この世界の人々には貴方様が必要不可欠なのです。
このような所で犠牲にする訳には……!」
「……やっぱりそうくるのね。
ったく、私があんたらを見捨てられるなら、
天井が崩れてきた時にとっくに見捨ててるわよ」
「佐藤様……」
「下らない事言って私の体力を使わせないで。
これからまた大仕事をしないといけないってのに。
手配人のあんたらが邪魔してどうすんのよ?」
「し、しかし、ここで佐藤様が無理をして戦う必要はない筈です!
何故そこまでして……!?」
鬱陶しい問答だ。
これもテレビやネットに向けてのパフォーマンスの為なのだろう。
カメラらしきものは最初から何処にも見当たらなかったというのに、
一体どうやって中継しているのやら……。
「……こいつを放って置いて、万が一にでも
ここに住んでいる人に危害が加えられたら、
私が嫌な思いをするってだけ。わざわざ答えないといけない事?」
「…………!」
私がそう言うと、カスミはまるでヒーローに向けるような、
尊敬と畏敬の念が籠った目で私を見つめてきた。
本当に下らなくて気持ちが悪い視線だ。
私は"聖人"なんかじゃない。
運営にとっての……"都合の良い駒"なんかじゃないのに、
そんな目で私を見てこないで欲しい。
「勘違いしてるみたいね? 私はただ自分の出来る精一杯をやって、
失敗したとしてもしょうがなかったって、
自分に言い聞かせられる理由が欲しいだけ。
絶対にそんな目で見られる程、私は馬鹿な人間じゃない」
「……で、ですが、それで貴方が死んでしまったら……?」
「ハッ。私を殺してあんたらにメリットなんてないでしょ?
まぁ、痛い思いはしなくちゃいけないけど……死なないんだったら、
ちょっとくらいなら自分の為に無理してもいいって、
そう思えるのよ……文句ある?」
そろそろ本気でカスミの意味のない質問を聞きたく無くなってきたので、
そう言って私はカスミをキッと睨んで黙らせようとした。
カスミは私の鋭い視線を受けて、ほんの少しの間俯いた後、
強い意志が感じられる顔付きで頷いて答えた。
「承知致しました。佐藤様のご意思を尊重させて頂き、
私達も微妙を尽くして戦います!」
「いらない。あんたらはこの茶番劇に巻き込まれる人がいないように死力を尽くして。
言ったでしょ? 万が一でも被害が出たら私が困るのよ」
「なっ!? そ、それは無茶です!
今の佐藤様ではあのモンスターを一人で退治する等……どうかお考え直し下さい!」
「うるさいわね。私はイライラしてるのよ。
私の"子分"を演じるんだったら、素直に私に従いなさい。
これ以上私に喋らせないで」
「っ……! わかり……ました」
敢えて尊大な態度で接したお陰かは知らないが、
カスミは私を止めようとはせず、背中を向けて
ミノタウロスと戦っていたヒガンとミモザの所へと去ってくれた。
「ヒガン、ミモザ! 佐藤様の仰っしゃる通り、
ここは巻き込まれる人が出ないよう、
戦いの場の維持に徹しましょう。行きますよ」
「…………チッ、わあったよ」
「……佐藤さん……」
三人は心配そうな目を向けながらそれぞれ三手に分かれて、
議事堂を広々と覆い尽くす半透明のドームを作り上げた。
二人を追い掛けながら斧を振り回すミノタウロスによって飛び散っている瓦礫が、
薄紫色をしたそのドームにガンガンぶつかるが壊れそうな様子はない。
これなら安心して戦えそうだ。
「それじゃあ……精々、呆気なくハッピーエンドにしてあげましょうかね……」
私は深呼吸した後、覚悟を決める為にカッコつけてそう言った。
しかし、その直後。
遠くから聞き心地の良い声が聞こえてきた気がした。
「マチコさんー!!」
「真知子殿!!」
────この声は!