第134話 この私が、まさかここまで追いつめられるとは……!
「ふん、貴様の抵抗など、悪あがきでしか──っ!!?」
社長がまだ茶番劇を演じ続けようとしているので、
私はそれに構うことなく"飛風"を放ちながら社長へと距離を詰めていく。
猛然と迫る風刃が社長を切り裂こうとするが、
社長は私が放った飛風を拳一つで破壊する。
それでも私は間髪入れずに"飛風"を連続で繰り出していき、社長の動きを制限する。
「ちぃっ……! また下らぬ小細工を……!」
口では焦ったようにしているが、
社長は様々な角度から押し寄せる"飛風"を全て的確にいなしている。
だが、飛風による衝撃と傷は鎧の内外合わせて蓄積されているようで、
社長は徐々に動きが悪くしていく。
私も何度も続けて"飛風"を放っているせいで
身体がどんどん重くなっていくが、
"舞台を整える"為に私はそれに厭わず、
ただひたすらに前に進む為に放ち続けた。
やがて、身体が鉛のように重くなった頃、
私は漸くみっともなく息を切らしている社長の下までやってこれた。
──さぁ、本番開始だ。
「おぉおおおおおおっ!!!」
私は左手にベルトに指していた冠天羅を納めていた鞘を持ち、
右手に〈冠天羅〉を握り直して二刀流となる。
それから疾風怒濤の勢いで私は二刀流による連撃を社長へと浴びせた。
刀によって鋭い金属音が、鞘によって小気味良い打撃音が、
何度も何度も議事堂に響き渡っていく。
「ぐっおぉお……!!? な、舐めるなぁあ!!」
やはり社長は疲労の色が濃いようで、
攻撃は防げてはいるが、先程までの洗練された動きが鈍くなっている。
それでも僅かな隙を見つけ、私の攻撃に圧されていた筈の社長は
連撃による波の間を縫って、鞘で繰り出した左からの逆袈裟を右腕で防ぎ切り、
刀での真向切りを紙一重で躱した。
そして、明確に現れた好機を必死に掬うように、
残った左腕で抉り取るかような勢いのアッパーを放ち、
私の頭を打ち砕かんとする。
────その隙が、自分の隙だとも気づかずに。
「"飛風"っ!!!」
「ぐぉあぁっ!?」
突き上げられた拳が自分へとぶつかる直前。
私は振り下ろしていた〈冠天羅〉の"棟"から"飛風"を放った。
下から立ち登る"飛風"が社長の上腕部分へとぶつかって烈風が巻き起こり、
社長の拳は私に当たる前に真上へと打ち上げられて空を切った。
そうした事で私も発生した鎌鼬によって身体が傷だらけになったが、これで社長に明確な隙が出来た。
後は、この下らない舞台の幕を下ろすだけだ。
「──っ!‼」
私は〈成長玉〉を操った時の事を思い返し、
自分の中に流れる命素を探り、その命素を〈冠天羅〉へと纏わせていく。
ぶっつけ本番でやる謎技術で、
しかも一瞬の内にやらないといけない事だったので
完璧に上手くは出来なかったが、それでも普段とは
明らかに違う大きな力が〈冠天羅〉の刃へと、鞘へと宿ってくれる。
「私の!!! 私達の怒りを!!! 思い知れぇええええ!!!」
私は全身全霊で刀と鞘を振り下ろし、
敵の身体に"十字架"を刻む為に腹の底から大声で、終演を告げる。
「"飛風"ぇええっ!!!」
そして、私は社長の身体を刀と鞘で斬り付け、二つの暴風を繰り出した。
渾身の力によって放たれた斬撃と暴風は社長の鎧を粉々に砕き、
顕になった上半身に大きく傷跡をつける。
「ぎゃあああああああああ!!!?」
社長は凄まじい激痛を感じたのだろう、
絶叫を上げて床へと倒れ伏し、うめき声を出しながら芋虫のように身体を痙攣させた。
気持ちが良い程に綺麗な"バツ印"だ。
罪人にとってこれ程相応しい傷もないだろう。
「…………随分とマシな姿になったじゃない?」
「がぁ、あ……き、き、貴様ぁあ゙……!」
私の攻撃によって社長が苦しみ藻掻く姿は、私の溜飲をほんの少し下げてくれた。
けれど、それ以上にこの傷で死なないかと心配になってしまい、
後悔の念が湧いてきてしまうが、そんな心配なんてしなくていい。
いや、している場合ではない相手だ。
だから、私は内心を隠す為に、わざと社長を小馬鹿に鼻で笑った。
それを受けた社長はダメージが大きいのか、立ち上がる事も出来ずに、
兜越しから私を血走った目で睨みつけるだけに終わっていた。
「ち、畜生……何故、何故お前は命素をそこまで操れる……!?
〈成長玉〉を再構築出来るだけでは説明がつかない!
お前は……お前は一体なんなんだぁ!?」
「……知るか馬鹿。教えて欲しいのはこっちの方よ」
追い立てるように悪口を吐いたが、そうはいっても私にも限界がきていた。
ひたすらに"飛風"を打ち続けていき、身体中傷だらけになった挙げ句、
全力の一撃を出した事により私はまさに這々の体となっている。
これ以上の戦闘は御免被りたいのだが……こいつらはもう許してくれるのだろうか?
「おのれ、おのれぇ!! こうなれば……ぐっ……うぉおおおおっ!!!」
焦燥感に駆られた様に見える社長は、
慌てた様子で何かを空中に向けて投げた。
あれは……指輪?
遠くに投げられているせいでよく見えないが、
爪くらい大きい緑色の宝石がつけられているもののようだ。
高く放り投げれられた指輪は、
議事堂の天井近くまで飛んでいった後に独りでに止まり、空中で静止した。
そして、その指輪に施された宝石が眩く光りだす。
すると、光り出した指輪は空中に直径10メートル以上は
ありそうな楕円状の光の渦を創り出した。
緑と黒の光が渦巻くそれに驚いていると、
突如渦から異形の腕が飛び出してくる。
「──なによ、あれ」
腕が飛び出してきた後、次に出てきたのはまた腕だった。
人間ではない赤黒い肌の色で、はち切れそうなばかりに筋肉質な両腕が渦の両端を掴む。
そして、力が込められた両腕が渦を徐々に広げ出した。
強引に広げられた渦から、腕の持ち主である化け物の頭が這い出てくる。
怪物の頭は牛の頭だったが、
それは現実世界の牛とは似ても似つかないものだった。
闘牛のように生えている角は通常の個体よりも長大で、
黒曜石のように鈍く光っている。
そして、深く刻まれた眉間の皺と酷く血走った目は
その存在が危険であると在り在りと示していた。
現れた牛の怪物は自身の上半身を渦から出させた後、
ズルズルと下半身を渦から這い出させていく。
余りに巨体の為か、這い出ようと動く度に議事堂が破壊されていった。
「!! ……天井が!」
「佐藤様! 脱出しましょう! ここはもうすぐ崩れます!」
「っ、言われなくてもわかってるわよ!」
破壊され過ぎてしまったせいで、天井が崩れ落ちてきたので、
私とミモザは議場を出て現場を離れようとするが、
そこでカスミとヒガンが動かずにへたり込んでいるのを目撃してしまう。
「あんたら何してんの!? 早く逃げないと……!」
「はぁ……はぁ……申し訳ございません。
技を連続で使用し過ぎてしまったために、我々は動けそうにないのです」
「……俺達の事は、気にするな……! お前達は早くここから離れろ!」
「チッ……くそっ!」
その疲労の色は演技でしかない筈だというのに、
私は彼らを見捨てていく事が出来ず、〈冠天羅〉を口で咥えてから、
私は乱暴に二人の襟元を掴んで荷物のように担ぎながら駆け出していく。
「うぐっ」
「す、すま、ぐえっ……」
襟首を掴んで移動しているので、二人の首元はきつく縛られているのだろう。
苦悶の声が後ろから聞こえてくるが私はそれを無視して、議場から脱出した。
そうして脱出した先の廊下の窓を足で叩き壊し、
二人を外へとぶん投げてから、刀を持ち直して私も窓から外に出る。
遅れてミモザも外に出た後、私は後ろを振り返って改めて化け物の姿を見る。
丁度立ち上がっていた所だったそいつの身長は
議事堂の真ん中にある中央塔の半分程もあり、身体は腕と同じ様に筋骨隆々だ。
ヴァイキングのような鎧を着て、巨体に似つかわしい傷だらけの戦斧を握っている。
そして、轟音を響かせながら地に足をつけ、ギョロリと私を睨視してくる。
その強大な威圧感からくる視線は受ける者を圧倒し、ひれ伏せと指図しているかの様だ。
「……ミノタウロスって、やつ?」