第133話 鬱陶しいハエ共が!
そう叫んだと同時、社長は私に凄まじい速さで突進してきた。
長剣は鎧と化してしまった為に社長の手には何も握られておらず、
その手に握っているのは己の拳だ。
「──っ!!」
瞬く間に私へと距離を詰めた社長は
目にも止まらない勢いでラッシュを仕掛けてきた。
拳による電光石火の殴打が私へと殺到する。
「……ちっ!」
私はその連撃を冠天羅で何とか捌いていく。
弱体化しているとは到底思えないパンチの威力だ。
速さも重さも並大抵のものではない。
あの昆虫男とは雲泥の差があった。
「おぉおおおおお!!!」
「──っ!!?」
押し寄せる拳を防いでいる最中、私は足元から迫りくる何かに寒気を感じる。
下を見れば社長の右脚が私の太腿を打ち抜こうと蹴り出されていた。
私はそのキックを横に飛んでギリギリで躱すが、
躱される事を読んでいたのだろう、飛んでいる私へと急激に近付き、
地に足がついていない私に向かって渾身の右ストレートを放ってきた。
仕留めようと迫る凄まじい速さの右拳に対して、私は碌な対処が出来なかった。
冠天羅の刀身を辛うじて盾代わりにしたが、
全身も使えず片手だけで耐え切れる程甘い攻撃ではなかった。
冠天羅はあっけなく手甲に弾かれてしまい、
私の土手っ腹に砲弾のような拳が炸裂した。
「がはっ──!!?」
とんでもない衝撃が腹部を襲い、
吹き飛ばされた私の身体は議事堂の壁へと激突した。
ぶつかった勢いによって壁にヒビが入り、私は口から血を吐き出してしまう。
そうしてそのままズルズルと壁を滑って地面に倒れて、
私は痛みに思考を奪われてしまう。
「……ゔっ、ぁ……」
殴された腹部の激しい痛みに、堪らず気絶しそうになる。
内臓がグチャグチャにされた感覚が怖い。
器官が破壊されたせいで呼吸が上手く出来ない。
一気に視界がボヤケてきて……気が遠くなっていく。
だが、社長は怯んだ私の隙を容赦なく攻めようと、追撃を掛けてきていた。
一瞬の内に離れた私の距離を詰めてくる。
「これで終わりだ!!!」
トドメを刺そうと社長が再び猛烈なスピードで私を殴りつけた。
不味い、避け切れない……!
このまま殺されると思っていた矢先、
突然社長の背中にオレンジ色の光線が襲った。
「ぐぉおおおっ!!?」
「…………!」
光線が走ってきた方向を見れば、
そこには高田さんが杖を構えている姿があった。
隣にはヒガンとカスミも立っていて、
高田さんと同じように水槍と大剣を構えていた。
「"水鞠"!」
「"焼杭"っ!!!」
その呪文により、
カスミが突き出した槍の切っ先から三メートル程の水弾が発射され、
ヒガンが振り下ろした大剣からは火柱が立ち昇り、
それらが同時に社長へと迫っていき衝突した。
「おぉおおおお!!?」
「死ね死ね死ね死ねぇ!!!」
「ミモザ! 今のうちに佐藤様を!」
カスミとヒガンはその術を社長に何度も放っていく。
先程の不意打ちは直撃したが、
社長は押し寄せてくるそれらを格闘術で捌き切っていた。
水弾は殴打で破壊され、火柱は刈り取るような足技で掻き消されていっているが、
足止めにはなっているようで社長はその場から動けずにいた。
「佐藤さ……様……失礼しますね~」
その隙をついて、瞬間移動してきた高田さんが私の側に現れた。
どうやら高田さんの本当の名前はミモザというらしい。
高田さん改めミモザは私を抱き抱えてから再び瞬間移動をした。
それによって私は社長から離れた場所へ連れてこられる。
「ぐっ、小賢しい真似を……!!」
社長は直ぐに私を追いかけようとしたが、
ヒガンとカスミの猛攻によって動けない。
火柱をライブ会場みたいに連続で吹かせているヒガンは笑ってはいるが、相当きつそうだ。
カスミもそれは同じ様で額には滝のような汗が滲んでいる。
どちらも長くは持たないだろう。
まさか、こいつらに助けられてしまうなんて……酷く屈辱的な気分だ。
「佐藤様。少し待っていて下さいね〜。"回復"」
そう言ってミモザが杖を私の腹部に軽く当てると、
私の上半身を夕日のような色をした丸い光が覆った。
丸い光に覆われた後、私は痛みが段々と消えていくのを感じていって、
それから数秒も経たない内に痛みが完全に消えた。
敵である彼女には言いたくはなかったが、
一応助けてはくれたので私は渋々お礼を言う。
「……あり、がとう……」
「…………はい」
ミモザはお礼を言った私を見て、切なそうに笑って返事をした。
今まで騙してきたと悟られて罪悪感を感じているのだろうか……?
少なくとも彼女が今浮かべている表情は、
騙す事を楽しんでいた人間のものには見えなかった。
「……高田さん、なんで、私を騙してたの……?」
「……ごめんなさい、理由は言えません。だから、好きなだけ私を恨んで下さいね」
彼女は泣きそうな顔で私にそんな事を言ってきた。
……ズルいだろう、その顔は。なんでそんな顔をするんだ。
愚痴や恨み事を好きなだけぶつけてやりたいっていうのに、
言えなくなるじゃない……!
「……くそっ」
「…………佐藤様。まだ戦えますか?」
「……っ‼ 戦えるわよ! あんたらの台本通り!
言われなくたって戦うわよ‼」
自分でそう言っていて虚しくなる。
予想してなかった訳じゃないが、私は社長よりも弱い。
カスミ達が手を貸さなければ、私は殺されていたという事実が私の胸をざわつかせる。
私は結局、"役者"の一人でしかないのだと……理解させられた気がしてしまう。
けれど、私が折れる訳にはいかない。
今の様子だってテレビから流されて、ソラちゃんが見ている筈。
それなのに私が諦めていたら、ソラちゃんにまた辛い思いをさせてしまう。
沢山あの子に助けられてきたのに、
大した恩も返せないで終わるなんて……絶対に受け入れられない。
「……回復してくれた事と、足止めしてくれた事は感謝してる。
でも、もうこれ以上の手助けはしないで。
私は、あくまでも自分の意思であいつと戦う。そう……思わせてよ」
私の力は運営に貰ったものでしかない。
本当の私は今も変わらず、上司の愚痴に付き合って
疲れながら帰路に着くあの頃のままなのだろう。
だから、せめて自分の心だけは……自分の意志だけは押し通す。
我が儘に私が望む道を進む為に、私の戦いは私だけのものにしたい。
「……分かりました~。貴方がそうしたいのであれば、
私達は何もしません。ご武運をお祈りしております~」
私の自分勝手な行動を全く咎める事無く、ミモザは笑顔でそれを受け入れた。
てっきり引き留めてくるものかと思っていたが……
私がこう言ってくるのも台本通りだったとか?
それともまさか……私が言った事を聞いて、"シナリオ"が変わったの?
「カスミ、ヒガン〜。もう佐藤様は大丈夫ですよ〜!」
「っ! そうかよ!」
「分かりました!」
ミモザの言葉を聞いてカスミ達は、
社長への攻撃を止めてミモザの隣へと退避し、
その場に息を切らしながら倒れ込んだ。
この様子ではミモザが止めなくても、もう少しすれば動けなくなっていただろう。
そんな二人による集中砲火を食らっていた筈だったが、
社長が纏う鎧の傷具合を見るに大してダメージを追っているようには見えない。
ただ、自分でいっていたようにあの鎧を着続ける事は随分と体力を消耗させるようで、
社長は激しく肩を上下させて呼吸を粗くしていた。
「……ゼェ、ゼェ……回復されたか。だが、それがどうした?
私にお前が勝てないのは変わらない!
私の駒でなくなったお前は、私に使い捨てられる運命にあるんだ!」
「…………そうかもしれないわね」
社長はこの場ではそう言ってきているが──
きっと、私はこいつにとっての"駒"のままであって、
散々使い捨てた挙げ句に廃棄される運命にあるのだろう。
でも、それだけでは終わらせない。
私は己が心を刃に込めて、社長に〈冠天羅〉の切っ先を向けて告げる。
「でも、駒は駒なりに足掻く事が出来るのよ。
それを、今からたっぷりと味合わせてあげる……!」