第131話 まさか、こんな筈では……
「……説明させて頂きます。佐藤様」
激しく息を切らしているカスミが、
状況についていけていない私に喋りかけてきた。
呼吸を荒くしているカスミの話は少し聞き取りづらかったが、
どうやらカスミ達三人はわざと社長に倒されていたらしい。
私がソラちゃんと話していてテレビから目を離していた間に、
ヒガンと高田さんは演説に夢中になっていた社長の隙をついて、
"命素を吸収する鎖"という効果のあるアイテムを使用し、
今の光景通りに社長を捕縛していたようだ。
そして、残ったカスミが"人を召喚する魔法陣"というアイテムを使って、
私を召喚した──という事だったらしい。
「……こいつを無力化してるんだったら、私はいらないでしょ?
無駄な事して私達の時間を取らないでくれる?
それともまさか殴られたいから呼んだの?」
ソラちゃんを苦しめていた原因と話しているので、
私の口調は自分でも分かる程に荒くなってしまっている。
私も原因の一つではあるけれど、元はと言えば全部こいつらが悪いのだ。
私だけなら百歩譲ってまだ許せるが、
ソラちゃんまであんなに苦しめている奴らに、
もはや同情すらも感じる事は出来ない。
「……いえ、申し訳ございませんが、
あの鎖だけではあの男を倒す事は足りないのです。
もうまもなく破られてしまうのでしょう……。
佐藤真知子様、どうかお願い致します。
もう貴方しか戦える者はいないのです!
我々が救うべき……世界で救いを待つ人々を、どうか助けて下さい!」
「…………」
多分、私はカスミを軽蔑しきった目で見ているのだろう。
嫌悪感で胸がいっぱいになり、酷く苛立つ。
こいつはどんな気持ちでそんな台詞を吐いているのだろうか……。
「ぬぉおおおおおっ!!!」
そんな私を他所に、社長が力を振り絞った様子で
自分を縛っていた鎖を力づくで破壊した。
破壊した際に巻き起こった突風が社長を抑えていた
ヒガンと高田さんを吹き飛ばし、私の髪を鬱陶しく揺らしてくる。
青白い鎖を破壊するのにかなりの力を使ったのか、
社長は苦しそうに肩で息をしていた。
「……はぁ、はぁ……さ、佐藤真知子を呼んだ所で、どうしたというのだ?
こいつは確かに強いがまだまだ私には及ばない!! 焼け石に水だぞ!?」
「いいえ! 必ず打ち勝てます!
貴方を縛っていた鎖は我々が心血を注いで作り出した切り札なのです!
力を奪われた今の貴方の力は風前の灯火であり、
立っているのもやっとの状態の筈!! そうでしょう!!?」
「ぐっ……クソ、何故お前達如きがあのようなものをっ……!
あれさえ、あれさえなければぁ……!!」
「…………はぁ、いつまで続けんのよこれ」
生で見た運営が興じる劇は迫力満点ではあるが、所詮は演技。
演技だと分かっていて付き合わないといけないなんて、
はっきり言って面倒だし不快でしかない。
私は白けた目で運営が提供する劇を見ながら、風で乱れた髪を手で梳かした。
「おのれ、おのれぇ!! このまま、私が……終わるものかぁああ!!!」
「──は!?」
私がつまらなそうにしていたら、
焦っている様子で社長が私に向かって突進してきた。
純白の長剣が、弱っているとは到底思えない速さで私の首を撥ねようと振られる。
私はその演技にしては物騒で本気すぎる攻撃を、〈冠天羅〉を呼び出して防ぐ。
「な、何ぃ!?」
「……強引が過ぎるでしょうが!!!」
ここにくる前にソラちゃんから無理矢理にでも劇に参加させられると言われていたが、
まさか私が何もしない内に巻き込まれるとは思ってなかった。
人の意見など全く気にしていない攻撃を受けた私は、感じていた苛立ちが更に増した。
その腹立たしさを剣に込め、ぶつけられた純白の長剣を私は思いっきり弾き返す。
「ぐうっ……!!?」
体制を崩した社長の腹に私は鋭い蹴りを食らわせた。
それにより社長は宙を一回転して地面へと転がるが、
蹴りを食らわせた感触からするに、
寸前で後ろへと下がられて威力を弱められたみたいだ。
……生身の人間を蹴りつけるのに抵抗があったから、
無意識に手加減してしまっていたから、
そんな隙を作らせてしまったかもしれない。
今度は本気で蹴り上げてやる。
───そうだ。こんな奴に手を抜く事などあり得ない。
目の前に転がるこのクズ男は……私の宿敵なのだから。
「おぉ、流石佐藤様。あの男の攻撃をこうもあっさりと──」
「ちょっと静かにしててくれる?」
私は〈冠天羅〉の切っ先をカスミに向けて、ペチャクチャと喋るのを止めさせた。
望んでもいないのに参加させられてただでさえイライラしているのに、
安っぽい賛辞など聞かされる身にもなって欲しい。
「…………」
「その怪我もどうせ本物じゃないんでしょ?
私はあんたらの下らない御飯事に付き合わされて、
腸が煮えくり返ってんのよ。下らない"演出"で私を怒らせないで」
剣先を向けて静かになったカスミに、私は冷たくそう言い放った。
運営にとって私は全国で英雄として放送されてないといけない存在の筈。
だから、こんな台詞を私が言うのはさぞ都合が悪いだろう。
でも、そんな勝手な都合など知ったことじゃない。
気にする必要はない。私はやりたい事をするだけだ。
──ただ、私はこの劇には自主的に参加してやってもいいと思っている。
「……ねぇ、あんたらのボス。殺すつもりでやっちゃっていいのよね?」
「!」
何故なら私がやりたい事は──あの社長を泣くまで叩きのめす事なのだから。
あいつをここで倒せれば……全てが終わるのだから。
「……勿論です」
「……ふん。さぁて、救世主様が憂さ晴らしを始めるわよ!!?
思う存分、特等席で鑑賞してなさい!!! このホラ吹き劇団員共!!!」
運営への嫌がらせとして、
私は悪魔のような笑顔を作り出しながら運営に宣戦布告した。