第130話 ぐっ、この鎖は⁉
「三人が戦闘不能になった今、ここでマチコさんが颯爽と登場して、
悪役である社長を倒すか、もしくは撃退すれば、
マチコさんを救世主として掲げた"植木鉢"は大きく名声を得られますからね。
ここが登場させるタイミングと見て間違いないでしょう」
「ま、マジかぁ……そ、それで、私はどうしたら──」
私がそう尋ねるとソラちゃんは握っていた手の力を強めてきた。
ふと、隣を見ればソラちゃんは深く俯いていた。
落ちる髪が表情を隠しながらも僅かに見える口元はきつく結ばれていて、
彼女が湧き上がる感情を抑えているのが伝わってくるようだった。
それを見た私が大丈夫かと問う前に、ソラちゃんは答えを返してくれる。
「……このまま待っていれば、あの茶番劇の舞台に来させられると思います。
でも、一応保険として……ステータスアプリで、
ステータスを最大値まで戻しておいて下さい。
万が一があってはいけませんので……」
「わ、わかったわ」
私は空いている手でスマホを操作して、
言われたとおりにステータスを最大値に戻していく。
保険という事はやっぱり戦闘があるという事だろうが……
ソラちゃんの思い詰めた顔が気になる。
確かに戦いに行かないといけないというのは酷く腰の重い話で、
そんな顔をさせてしまうのも無理はないが、きっとそれだけじゃない。
ステータスを元通りにし終えた後、私が再び声を上げようとした所で、
ソラちゃんは私の手を両手で握ってきて、そこに額を置いた。
「ソラちゃん……どうし──」
「マチコさん、見守るしか出来なくてごめんなさい。
傍にいて上げられなくて……ごめんなさい」
私の言葉を遮って聞こえてきた謝罪は、
抱えてきた感情を吐き出したかのような悲痛なものだった。
謝罪を告げてから顔を上げ、見えたソラちゃんの顔は
笑っているのにとても辛そうで、絶えず零れゆく涙が跡を作っていた。
その姿に驚き固まった私を見ながら、ソラちゃんは自嘲するように言う。
「……わたしは何をしてるんでしょう?
わたしはマチコさんの相棒なのに、傍にいて支えるって約束したのに……
こんな大事な時にすらマチコさんを助けられません。
この一週間、マチコさんを不安にさせないように過ごしながら、
情報を仕入れて、頭を働かせて、身体を鍛えてきたのに……
わたしは伝えないといけない事も言えないばかりか、
大事な人の苦労を一緒に背負ってあげる事すら出来ない。
…………こんな情けない事、ないですよ」
────あぁ、そうだったのか。
ソラちゃんは私が過剰に不安にならない様に、
私と出来る限り一緒に居てくれていた。
きっと、私と一緒に楽しんでいる時以外の時間は、
全部今日という日の為を待ち受ける為に使ってくれていたんだ。
……なんで気付いてあげれなかったんだろう。
この子だって不安だった筈なのに、
どうして私は自分の事ばかり気にしていたんだろう。
私こそ、一緒に背負ってあげるべきだったのに──
後悔と哀傷の念に胸が締め付けられた私は、
震えていたソラちゃんを頭を抱える様に優しく抱き締める。
ソラちゃんの温かさが胸に伝わってきて、
自分勝手な感情で涙が零れてしまう。
「ごめん、ソラちゃん……ごめんね」
「え……? なんで、マチコさんが……謝るんですか?」
今更ながらに謝罪の言葉を口にする私に対して、
ソラちゃんは困惑し、不思議そうにしていた。
あぁ、この子は自分だけが悪いと思っていて、
私が悪いとは全く思っていないんだ。
悪いのは、年端もいかないこの子を頼りすぎていた私だっていうのに。
思わず抱き締める力が強くなりそうになる。
けれど、今の私のステータスでそうしてしまうとソラちゃんを苦しめてしまう。
だから、代わりに涙だけ流した。
──そうしていると、突然部屋に生じた光の柱が私を照らし出した。
まさか、これが"呼び出し"の合図だろうか?
その疑問に答えるかのように、私の身体は徐々に光の中へと消えていく。
「……マチコ、さん……」
「…………」
消え始めた私をソラちゃんは抱き締め返してきて、
酷く辛そうな顔をしながら、私の服を力強く掴んできた。
まるで、傍にいて欲しいと訴えているかのようだった。
……空気の読めない奴らのせいで、
もう伝えたい言葉を充分に言えそうにない。
なら、たった一言だけでも。
ありったけの思いを込めて伝えよう。
「──大好きよ。ソラちゃん」
「……っ!?」
私の言った言葉を聞いて目を見開いたソラちゃんの顔を最後に、
私の視界は真っ白になった。
────そして、次の瞬間には
ついさっきまでテレビで見ていた光景が、直に目に写ってきた。
運営によって破壊された議事堂の様子と、舞い上がっている土埃の臭い。
その場所に足を付けている事が、
いつの間にか履かせられている革靴からも伝わってくる。
服装もこの場所によく似合うスーツになっていて、
あたかも"演者"がもう一人増えたかのようだ。
「佐藤真知子……何故ここにお前が……」
「──は?」
ふと、周りをよく見れば倒れていた筈のカスミ達は起き上がっていて、
ヒガンと高田さんの手から伸びている青白い鎖が、
社長をぐるぐる巻きにして抑え込んでいた。
カスミは肩で呼吸をしながら、私に向けて掌を見せている。
私がついさっきまで見ていた状況とは、まったく様子が変わっていた。
「……なんでこうなってるの?」