第128話 このゆるふわ悪態女め!
遂に出てきた……。
ガーパイス株式会社の、ガチャ運営の"社長"。
これまで散々私の人生をかき回してくれた悪の親玉だ。私はその姿を脳裏に焼き付ける。
こいつだけは……全力で一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
死んでしまうかもしれないが、どうせ運営の社長なら平気だろう。
思う存分あの綺麗な顔を"穴ぼこ"にしてやるつもりだ。
『……お久しぶりですね。"私の社員達"。
こんな大規模な茶番を用意していたなんて、
実に仕事熱心で私も鼻が高いですよ』
カスミ達の目の前に現れた社長は、
着地時の衝撃で乱れた髪を手櫛で整えつつそう言った。
顔は笑っているが、目が据わっていて明らかに機嫌が悪いと察せられる。
この展開は余程社長にとって気に食わないものらしい。
それにさっき言った私の社員達というセリフ……。
運営の社員だった事はカスミ達がぼかして説明していた点だった筈だ。
先にそう発言する事で、勝ち取ろうとした信用を下げようとしてきたのだろう。
乱入してきた直後に、自分達の不利になるような発言をしてきた
社長を見て、カスミは驚きもせず只々睨んでいた。
この反応を見るに、社長が乱入してくる事は予想していたようだが、
現れて欲しくはなかったように見える。
カスミは怒りに満ちた声で社長に反論しだした。
『……もう、私達は社員では……貴方の奴隷ではありません。
確かに私達は貴方に協力していました。
けれど、それは貴方に命を握られ、
計画に協力しなければ殺されてしまうからです!
それにもし仮に私達が死を選んでも……
貴方は私達の代わりに世界中の人間を操り、
計画を成就するつもりだったでしょう。
だからこそ! 我々はみっともなくとも生きる事を選び、
貴方に協力する裏で反逆の牙を研いできたのです!』
『おやおや、罪を認めるのですか?
これはこれは、仮にも救世主を名乗った者が聞いて呆れますね。
テレビの前の皆様に申し訳ないと思わないのですか?』
カスミの反論を受けた社長は大袈裟に肩を竦めて、
呆れ果てたような顔をしながら言葉を返した。
心底小馬鹿にしたようなリアクションだ。
こいつの性格の悪さが伺える。
『罪を認めるからこそ……!
私達は!! 貴方を何としても止めなくてはいけないのです!!!』
カスミはそう叫んだ後、水の槍を自身の周りに顕現させ、
その内一本を自分の手に握った。
遅れて他の二人もそれぞれ自分の武器を構える。
ヒガンはあの燃え滾る大剣を、女の人は荘厳かつ煌びやかな杖を構えた。
女の人が持つ錫杖のような見た目の杖の先端の輪には、
等間隔で黄色い宝石が鏤められており、
輪の真ん中にはひと際大きい黄色の宝石が浮かんでいる。
三人がそれぞれ武器を構えて社長を迎え撃つ姿勢を見せるが、
社長は全く意に介しておらず鼻で笑うだけだった。
『ふっ……暴力で言う事を聞かせるつもりですか?
話し合いもしようとせず、直ぐにそんな野蛮な手段を取るなんて……
それこそ"愚かな行為"だと思いますが?』
『……私達を無理矢理貴方の手足にしてきたくせに……!
どの口が言うのですか!?』
『言い掛かりは止めて頂きたいですね。
自分達も喜んで私の計画に参加していたくせに、
いざ旗色が悪くなれば私一人を悪者にしようとするなんて……
一体どっちが悪人なのでしょうね?』
『何を、馬鹿な……!』
『貴方方の発言は実に空虚です。
自分の力をひけらかすだけで、本当に信用できるかどうかもわからない。
貴方方は、本当は自分達がした悪事を全部私のせいにして、
マッチポンプをしようとしてるだけです。
そんな相手を信用するなんて……土台無理な話なんですよ』
今では社長は現れた時に見せた怫然とした表情とは打って変わり、
非常に冷淡な表情になっている。
更に子供に言い聞かせるような口調で
徹底的にカスミ達が本当の悪人だと示す発言を繰り返している。
しかし、運営の評判は既に地の底に堕ちている。
社長がこういった発言をした所で、
世間はガチャ運営の親玉である社長を信用しようとは思わないだろう。
それでもそうしているのは、恐らく───
「──社長はカスミ達を信じさせないようにする為に、
情報を錯綜させて、この放送を終わらせようとしてる?」
「マチコさんの言う通りでしょうね。
社長はカスミ達を信用させないよう、
自分達の仲間であった事をこれでもかと強調しています。
このまま有耶無耶にして難を逃れようとする、
追い詰められた悪役を演じているのでしょう」
「……でも、ソラちゃん。ここまでは運営の台本通りなのよね?」
「はい。奴らは間違いなく、シナリオ通りに劇を演じているだけです。
このシナリオはガーパイス株式会社を悪者だと認識させ、
植木鉢という組織は悪者を倒す正義の味方だと示す為のものであり、
事態の根本がガチャ運営である事は何も変わっていません」
そう断言するソラちゃんからは
唾棄するかのような嫌悪感と、煮え滾るような怒りが感じられた。
否定的な態度をまるで崩さず、今までになく強い負の感情を見せるソラちゃんに
私は遠慮してしまい、どうして言い切れるのかと聞くのが少しだけ憚られ、
つい咄嗟に別の気になっていた質問をしてしまう。
「……で、でも、こいつら、自分達から
不利になる情報をバラしてるわよね? なんでわざわざ?」
「後から来るであろう追求を事前に躱す為です。
相手に問い詰められてから答えるよりも、
先に自分から答えた方が信用は得やすいですからね」
「成る程ね……でも、どうやって納得させるつもりなの?
いくら世界中の人達が救いを求めてるって言っても、
今のままじゃ厳しいんじゃ……?」
「……そう、だから、これからカスミ達は社長が提示してきた、
"人々が抱く疑問点"を強引に解決しようとするでしょう。
そして、その時は……マチコさんが利用される事になると思います」
「は、はいっ!? そこで私が巻き込まれるの!?」
一体どんな事をさせられるっていうの!?
また余りに信じたくない話を聞かされて、先程までの疑問が吹っ飛んでしまう。
どこまでうんざりさせてくるのよ、このクソ運営は……!
『貴方がそれを言うのか!?
貴方が全ての始まりだというのに、責任から逃れようとするな!!』
『あの、佐藤真知子という女も怪しいものです。
あれこそ、貴方がたが信用して欲しいからと
用意した手駒なのではありませんか?
所詮は他人でしかない人間達の為に、
何万体といる異形の生物相手に戦える人物など、
この世に存在するのでしょうか? 到底いるとは思えませんよね?』
……テレビの中では引き続き、カスミ達が劇を演じているらしい。
それは我ながらそうだと思うけど……あんたらには言われたくはない。
『放送をご覧の皆様、騙されないで下さい!
この者達は皆様を騙そうとしている悪党です!
決して、救世主などではありません!
私自身も言いがかりを受けている被害者なのですから!』
『違います! 我々は皆様を救いたいだけなのです!
皆様、どうか信じて下さい! この男こそが諸悪の根源なのです!!
決して騙されてはいけません!!』
まるで悲劇のヒロインかのように、物悲しい顔付きになっていている社長と、
必死に放送を見ている視聴者を引き留めようとするカスミ。
確かにこのままでは収集が付かなそうではあるけど……
ここからどう私が使われるのだろう?
『チッ、カスミ! これ以上こいつを喋らせ……!?』
それを見兼ねたヒガンが、実力行使に出ようと動こうとしたが、
隣りにいた女の人がそれを手で制した。
山吹色の髪をふんわりと腰まで伸ばしている、
桜色の瞳を持つ穏やかに笑う女性だ。
こんな派手な見た目の知り合いはいない筈なのだけど……
どうして見覚えがあるのだろう?
『──相変わらず、社長さんは逃げるのだけはお上手ですよね〜』
『……何?』
ここまで沈黙を守ってきたその美女が、
おっとりとした口調で社長にそう告げた。
そして、彼女の声を聞いた私は、この美女が誰なのかを理解してしまった。
────高田さんだ。
髪色と目が違うから……?
いや、そうだと気付きたくなかっただけかもしれない。
私の会社の同僚の高田さんが、カスミ達と一緒に画面の中にいるんだ。
「……なんで……高田さんが、カスミと一緒に……」
「えっ、知り合いなんですか!?」
「私の会社の同僚よ……見た目が凄く変わってたから、
気が付かなかった。なんで、あの人があそこに……⁉」
「……マチコさん、あの会社に入社したのは何年前からですか?」
「え? えっと、三年前からだけど……」
「……だとしたら、最低でも三年前から
運営はマチコさんに目をつけていたんでしょうね。
だから、監視する為にマチコさんの会社に社員を潜入させておいた……」
「…………嘘、そんな前から?」
「私が参加した事前イベントがあったのは一年前ですし……
運営はいつからここにきてた? いつからこんな事をやろうとして……」
ただでさえ混乱しているのに、更に頭を悩ませる情報が出てきてしまった。
仲が良かった同僚が運営の手先だったとか……正直、かなり辛い。
会社の友人ですら作り物だったなんて、
あいつらは一体どこまで残酷になれるんだろうか。
『自分が居た世界すら支配出来なかったのに、
身の丈も顧みないで知らない世界を支配しようとするから、
こんな風に自社の社員に逃げられて失敗するんですよ〜?』
『……何を言っているのか分からんな。
あのアクシデントはお前達によって引き起こされたもので……』
『そうやってまた逃げようとするんですね~。
異世界の勇者に捕まりそうになった時も、
無理矢理仲間にした人達に大勢逃げられた時も、
この世界を支配しようと計画を立てた時も。
貴方はずぅっと逃げてきてるのに、まだ逃げようとするなんて、
みっともないとは思わないんですか〜?』
『……貴様……』
事情は全く分からないが、どうやら図星をつかれたようで、
高田さんの煽りを受けた社長は機嫌が一気に悪くなった。
その証拠に先程まで敬語で話していたのに、
今では尊大な口調へと変わってしまっている。
そんな社長に追い打ちをかけるように、
高田さんは私と下らない世間話をしていた時と
変わらない調子で問い詰めていく。
『貴方は怖いんですよね〜? 自分の弱さを認める事が、
自分の夢が終わってるって認める事が、怖くて怖くて仕方無いんですよね〜?
だから〜違う世界に来ても自分の目的を叶えようと
必死になっちゃったって事ですよね〜。
まぁ、それも私達が今台無しにしちゃってますから〜。
そりゃあそんな感じで怒っちゃいますよね〜?』
『…………』
その言葉は社長の地雷を的確に踏み抜いたようで、
社長は高田さんを射殺すような視線で睨み付けながら押し黙ってしまった。
あんな穏やかな調子で自分の地雷をゲシゲシ踏まれたら、
確かにあんな顔にもなってしまうだろう。
『……調子に乗るな。貴様らなど施した術式でいくらでも言う事を……』
『それが私達に効くならここに入ってくる前に
試してないとおかしいですよね〜? なんでしないんですか〜?
試してみて駄目だったから、無理矢理結界を壊して乱入してきたのでは〜?』
『…………それがなくとも貴様ら如き、
私が力を駆使すれば簡単に捻り潰せる。
今、追い詰められているのは貴様らだ』
『あれっ? さっき自分で指摘してませんでしたか〜?
暴力で言う事を聞かせるなんて、"野蛮な行為"って。
あらぁ〜、言葉が一周してきちゃいましたね〜?』
『────殺す!!!』
……煽りスキル高いなぁ、高田さん……。