第125話 /チャンネル2
一体、この女は何を言ってるんだ?
植木鉢とかいう名前の組織を立ち上げた?
国会議事堂を占領した? 世界を奪い返す?
確かにカスミが自分の手をついている演壇は国会中継でよく見るものだし、
背後に写っている豪華な席もそれだと分かるものだ。
しかし、発言した内容がぶっ飛び過ぎていて受け入れられそうにない。
余りに突拍子のない話で──いや、逆にあるのか?
情報規制の解除や警察が動かなかったのはこれが関係していていたのか?
っていうか、この三人はテレビに姿を晒して平気なの?
あんな無防備に身構えていたら、社長に殺されてしまうのでは──?
「ど、どうされましたか!? マチコさん!」
私が混乱しまくっていると、叫び声が聞こえたのであろうソラちゃんが、
頭にバスタオルを巻いて〈水鉄砲〉を握った状態でお風呂から出てきた。
しかし、頭以外にタオルは巻いていないので、
ソラちゃんの身体は全く隠されていない。
濡れた身体のままスッポンポンの状態でリビングまでやってきていた。
「いや、隠す所そこじゃないでしょ!?」
「マチコさん! 良かった、ご無事みたいですね!」
「そうだけど違う! なんで頭だけにバスタオル巻いてるの!?」
「マチコさんが危険かもしれないのに、
身体を隠してる暇があるわけ無いじゃないですか!
頭にバスタオルを巻いてるのは別に頭を隠してる訳じゃなくて、
水が目に垂れて視界が塞がるのを防ぐ為です!」
…………なんて実用的な理由。
っていうか、全然身体を晒す事を恥ずかしがってないじゃん。
まぁ、同性の私が見惚れるくらいには
抜群のスタイルなのだから当然かもしれないけど、
じゃあ何で一緒に入るって話の時は顔を赤くしてたんだろうか。
「それよりなんでマチコさんは叫んで……?
ん!? あの女がテレビに写ってる!?」
ソラちゃんが私から視線を外してテレビに視線を向けて目を丸くした。
そ、そうだった。今はソラちゃんの裸を気にしてる場合じゃなかった。
「そ、そうよ! テレビを見てたら急に映像が替わって、
なんか国会議事堂をジャックしたとか言ってきてて……」
「国会をジャック!? ……まさか、あの女マチコさんを囮に使った?
だとすると、カスミがこれから言う事は……
やっぱり、人類の共通の敵を社長にして……」
ポタポタと水滴を身体から落としながら、
顎に手を当てて独り言を呟きながら、ソラちゃんは裸のまま考え込む。
……このままだと床に水溜りが出来そうだ。
私はおずおずとソラちゃんに声を掛ける。
「あの……ソラちゃん。先ずは身体を拭いて服を着ない? 風邪引くわよ?」
「えっ、でも……わ、分かりました。直ぐに戻ります!」
一瞬だけ放送を聞きたがっていた様子だったが、
私の視線から察したのかソラちゃんはダッシュでお風呂場に戻っていった。
そんなソラちゃんを横目に見ながら、私は生中継と書かれている放送を注意深く聞く。
『──この度、我々"植木鉢"はガーパイス株式会社により、
国の官僚の皆様が"ガチャアイテム"という物によって催眠に掛けられ、
警察等の国家機関が、私用に使われている事を突き止めました。
つまり……この国はガーパイス株式会社の都合の良いように使われていたのです』
「……いや、あんたらがやってたんでしょうが」
カスミは自分がやった事をまるで他人事かのように話している。
恐らく"植木鉢"という組織の社会的信用を
民衆から勝ち取ろうとしているのだろうが……
実情を知っている私にとってはほとほと呆れる主張にしか聞こえない。
カスミは何をしようとしているの?
なんで、こんな話を?
『更に、ガーパイス株式会社はSNS等には不都合な書き込みは出来なくなるように、
インターネット上に情報規制を敷いておりました。
そこで、我々はガーパイス株式会社が持っていた
独自技術を解析し転用する事で、対抗出来る技術を確立させました。
その後、官僚の方々へ掛けられた催眠を解除し、行政機関を元に戻した上で、
つい三日前に情報規制を解除させる事に成功致しました。
その為、今ではネットやSNSでガーパイス株式会社の悪行について、
皆様が投稿出来るようになっている筈です』
「……それを自分達の手柄にする訳ね……」
本当にカスミ達の反乱によって起こされた事なのかは、
定かではないが……一先ずはそういう事らしい。
そうなるとカスミが引き起こしたあの時の爆発は、
自殺する為のものではなく、社長に対する偽装工作の為の
カモフラージュだったと言う事なのだろう。
そして、三人で国会議事堂に集まっている所を見るに、
偽装した理由はカスミが一人で自由に行動出来るようにして、
三人を社長の魔の手から逃れながら作戦を進める為のものだったという訳だ。
……私は見事にそのダシに使われたって事か。
『そして、官僚の皆様でだけでなく、民間人の方々も洗脳されておりましたが、
我々は、その方々も既に解放しております。
皆様、ご家族やご友人の中に急に奇妙な行動を
起こすようになった方はいらっしゃいませんか?
是非、その方々にご連絡を取ってみて下さい。
もう正気に戻っておられる筈です』
「……!」
そんな情報は情報規制が解除された三日間の中で見た事は無かった。
私は急いでSNSを開いてみてそれを調べてみると、
『自分はなんてことをしていたんだ』等と後悔し、
懺悔している投稿が出てきているのをチラホラと見つけられた。
どうやら本当にカスミ達の手によって、
〈枯葉〉にされてしまっていた人達は解放されたらしい。
『その方々は〈枯葉〉などという蔑称でガーパイス株式会社には呼称され、
自分の意志ではないままに、様々な悪事に加担させられ続けておりました。
実に許し難い蛮行であり、非道極まる行為です』
「……ほんと、よく言うわ……」
「ま、マチコさん! さっきなんてカスミは言ってました!?」
そこで、ドタバタとソラちゃんがパジャマを着て戻ってくる。
髪にはバスタオルが巻かれているのは変わってないし、
身体をキチンと拭けてなかったのか、
パジャマは所々濡れて色が濃くなってしまっている。
慌てる状況なのはそうなんだけど、
風邪を引いてしまいそうで心配になる……が、一先ずは情報共有か。
「えっと、今言ってたのは運営の悪口もSNSに書けるようになったのと、
〈枯葉〉の人達を解放したって情報だったわ」
「! ……そうですか。このタイミングでそうしたとなると……
予想通り、カスミとその仲間達は"正義の味方"になるつもりみたいですね」
そう言った後、ソラちゃんは眉間にシワを寄せて、
冷ややかな視線を画面の中にいるカスミに向けた。
この言い方からすると、
ソラちゃんはカスミ達がこうするだろうと分かっていたらしい。
なんとなくそうだろうとは思っていたが、予測出来ていながらも、
社長への対策を踏まえて黙る他なかったというのはかなり辛かった筈だ。
……自分達の悪行を糧にして、
新しく立ち上げた組織を希望の船に見えるようにするなんて、
反吐が出る程のマッチポンプだ。正義の味方が聞いて呆れる。
「……カスミは世間に信用されると思う?」
「恐らく、されます。これまで私達を含め、
世界中の人々は運営によって様々な問題を起こされて、
精神が擦り減る地獄の日々を強制的に過ごしていました。
そして、モンスターによる災害が発生し世界が著しく困難に陥った後に、
"わざと"3日間という期間を設けて情報規制を解除し、
人々の不満と怒りをネットに書き込ませ、無意味な暴動を起こさせました」
確かにこの三日間、人々の混乱は酷いものだった。
世界中でガーパイス株式会社に対する不満が爆発し、
SNSでは止めどない批判が殺到し、
会社のビルを破壊しようと暴動が起きたりしていた。
もはや、ガーパイスは人類共通の敵と言っていいだろう。
「それは人々に僅かな希望を見出させる意味合いと、
自分達では問題を解決出来ないという事を
知らしめる意味合いが含まれていました。
そして、救いの手が見つからないと人々が思い悩んでいた最中、
こんな目が潰れる程に眩しい存在が現れたんです。
人々は嫌でも信じたいと思うでしょうね」
「…………カスミは、そこまで計算してやったっていうの?」
「この状況ならほぼ間違いないかと。
そんな血も涙もない作戦を取れる奴です。
敵になるにせよ、味方になるにせよ、この女は信用しない方がいいですね」
「……酷い話ね……」
カスミの狡猾さに驚きながらも引いていると、
連絡を取り合う時間を計っていたのか、
わざと演説を中断させていたカスミが、再び口を開き出した。
『ご確認頂けましたでしょうか?
さて、ここまでお話させて頂きましたが、
皆様は我々の事を何者かと訝しんでいる事かと存じます。
我々は…………皆様と同じです。
我々はガーパイス株式会社によって虐げられてきた者達です。
我々はあの男に復讐する為に、今日この日まで爪を研いできました。
皆様を解放出来たのも、我々があの怨敵に殺されずに済んでいるのも、
ここまで念入りな準備をしてきたからに他なりません。
反逆の時は、今この時から始まっているのです』
一段と顔を真剣なものにして、カスミは演説を続ける。
嘘はついていない、追求されても逃げれられる上手い言い方だ。
真摯な態度で接してくれていると感じさせる演技と相まって、
私達のように情報を持っていない人達なら彼女を信頼してしまうかもしれない。
『あの災害の日を思い出して下さい。
凶暴なモンスターが街中に突然現れ、
不幸にも襲われてしまった方々は大変恐ろしい体験をした事でしょう。
あの悲劇もガーパイス株式会社によって引き起こされました。
しかしながら、モンスターによって誰も殺される事はなかった。
それは現れたモンスター達は何処かへと忽然と消えたからであり、
何処かへと消えたモンスターが誰かに倒されたからです。
それは何処なのか。そして、倒した誰かは何者なのか。
その答えを、皆様の中でもご存知の方は多い筈』
「…………ん?」
あれ……なんか、嫌な予感がする。
とびっきり最悪な、嫌な予感が───
『ネットに拡散されたあの動画は多くの方がご覧になって頂き、
この3日間で既に数億回の再生数を記録しております。
きっとこの放送を見ている大勢の方が
あの御方の勇姿を見て下さった事でしょう。
そう! まさに彼女こそが皆様を救った御方であり、
我々が誇る救世主なのです!!』
私の予感の答え合わせをするかのように、
声を張り上げてカスミが大仰に手を天に向けた。
その上げられた手に呼応してカスミの後ろに巨大なモニターが出現した。
モニターには私が東京ドーム内でモンスターと戦っている映像が映し出されていた。
その後に、その映像が私の顔がドアップで映っている所で止まる。
そして、カスミが最高潮のテンションでこう叫んだ。
『彼女の名は佐藤真知子!!
我々、"植木鉢"に所属する──世界を救う英雄です!!!』
「はぁあああああ!!?」
何勝手に巻き込んでくれてんのよぉおお!!?
「……ゲス女が……」