第124話 なんだこれは
あの涙から一週間が経った。
私はこの一週間、基本家でダラダラしながら
出前やら宅配やらを頼んで暮らしている。
幸か不幸か時間が出来てしまったので、積んであったテレビゲームや、
宅配で頼んで買ったボードゲームとかで時間を潰して、
私はニート生活を満喫していた。
その生活に時々真人さんやソラちゃんも参加していたが、
真人さんは基本的にマンションの屋上で素振り等の戦闘訓練に励んでいた。
ソラちゃんはその訓練に積極的に混ぜて貰い、
二人で組手をやってたりしていたらしい。
特にソラちゃんは強い相手と戦ういい経験になったようで、
ちょっと強くなった気がしますと嬉しそうに語っていた。
私も参加させて貰おうとしたのだが、
ソラちゃんから「いえ、色々と不都合がある恐れがあるので止めて下さい」と断られたので、
大人しく部屋でゴロゴロせざるを得なかった。
また、ソラちゃんは特訓をしてる間真人さんと色々と話をしたようだった。
それでタイミングがなく、聞けてなかった運営や命素といった
重要なものの情報を聞いたらしいが、真人さんがそれらの情報を話そうとすると、
最初に会った時と同じ様に、重要なワードを話そうとした際に
"不自然な間"で補完されてしまい、情報を得る事は出来なかった。
因みに真人さんはそれを無意識にやっていたらしい。
これも運営のリスクヘッジの一環だろうとソラちゃんは語っていた。
そうしていく内に意外と体感的には早く一週間が過ぎたのだが、
今のところカスミから連絡は全くない。
ニュースやSNSでも一応調べてみたが、
それらしい情報は見つからなかった。
────だが、一つおかしな事が起きていた。
つい三日前に、運営の批判に関する情報規制が世界中で解除されたのだ。
それにより今まで抑制された運営に対する不満や、
運営にされた数々の人的被害に関する報告が幾つもネット上やテレビで取り上げられ、
今や運営であるガーパイス株式会社の信用は地の底にある。
運営を捕まえようとしない警察にも矛先が向かっているが、
民衆の怒りが一番に集中するのはやはり運営だ。
今日この日も、ガーパイス株式会社の玄関前には
プラカードを掲げた被害者達が殺到し、
抗議しようと躍起になっている様子が
放送局や動画投稿者達によってライブ中継されている。
こんな事が起きれば運営の犬になっている警察は尚更黙っていない筈だが、
警察はこの暴動を鎮圧するつもりはないらしい。
ただ、自分達の職務を放棄して見て見ぬ振りをしているようだ。
政府もこれに対して何の声明も出さず、反応すら示さなかった。
ガーパイス株式会社の玄関口には謎バリアが張られているみたいなので、
中に入る事は出来ないから放置しているだけなのかもしれないが……
いずれにせよ、風向きが変わってきているのは間違いない。
けれど、さっきも言ったが、"私達"には運営からのアクションはない。
カスミからも、社長からもそれらしいものは一切こなかった。
社長からの嫌がらせが全く無かったのは酷く意外で、
逆にそら恐ろしいものを感じたが、一先ず私はその事に安堵するように努めている。
…………一体いつまで待てばいいのだろう?
イベントでの賞金とか諸々があるから、ある程度の期間は耐えられるけれど、
何年もこのままは流石に金銭的にも精神的にもマズイ。
「まったく……どうなったらこの生活終わるのよ……」
私はカーペットの上で横になってテレビを見つつ、
高級バナナを食べてそう呟いた。
……別にバナナを選んで食べてる理由に深い意味はない。
暇が出来てしまったこの時に、ちょっとだけ奮発して良い物を食べようと思って、
選びたくなったのがこれだったというだけだ。
この一週間、運営が私を一番の候補者に選んだ理由をずっと考えていたけど、
結局思い至らなかったので自分が如何に脳筋ゴリラだったのかと
痛感したからという理由で選んだわけではない。
ウホーバナナウメェー。
「…………マチコさん。寝ながら食べるのはお行儀が良くないですよ」
そう私に抱き着いているソラちゃんが、若干呆れながら言ってきた。
ソラちゃんはあれから私の部屋で暮らして貰っていて、隙あらば私に引っ付いてくる。
トイレとかお風呂とかの時間以外はこうして遠慮なく腰に抱き着いてきたり、
腕を絡ませてきたり、と……まるで子供みたいに甘えてきてくれる。
その様子はただただ可愛らしくて幸せなので、私も止める気は全くない。
「別にいいでしょー、自分の部屋なんだしー。
ほら、ソラちゃんも食べてよ。あーん」
「えっ!? いいんですか!? あーん♪」
私が食べかけのバナナをソラちゃんの口元まで持っていくと、
ソラちゃんは喜んでバナナを食べてくれた。
なんかイチャついてるカップルみたいになってるけど、
ソラちゃんのこの様子を見るに、
台本を進める事自体は私にとって危険ではないのだろう。
それがカスミの台本であろうと、ガチャ運営自体の台本であろうとだ。
「うーん、美味しいー♪」
「そうよねー、流石高級品なだけはあるわー」
「六本で一万円超えでしたっけ? 確かにそのくらいの美味しさですよねー」
カスミから貰った宝箱に入っていたのは現金だった。
金額にして五百万円。ついに私の年収を超えてきたと貰った時は、
何とも複雑な気分になったものだが、
こういう時にこそお金は使うものだと思ったので、
この一週間はこうして無駄に高いものを食べ漁っていた。
……そういえば運営からもそうだけど、
こんなにダラダラとしている間、会社からも連絡は全く来ていない。
無断欠勤をし続けているので一報があってもいい筈だが……
運営がしないように止めているのか、
それとももう私の席は片付けられているのか……考えるだけで恐ろしい。
「あ、そろそろお風呂掃除しないといけない時間ですね」
私が戦々恐々としていると、
17時頃を指した時計を見たソラちゃんがそう言った。
そして、私から離れて立ち上がり、「お風呂いってきまーす」と言って、
私に手を振りながらお風呂場へと入っていった。
「……うん、ありがとー。お風呂は先に入っていいからね?」
「わかってますよ。有難く入らせて貰いますね♪」
あれからソラちゃんには一番風呂を先に入って貰っている。
先にソラちゃんに入って貰った方が私としては気が楽だし嬉しいので、
そうして貰っているのだが……ソラちゃんがいるこの一週間、
私は本当に遊んでしかいない。
それは私が掃除とか料理とかやろうとする前に、
ソラちゃんが必ずやってきて
「私がやります!」と言って頑なに譲ろうとしないからだ。
手伝おうかと言っても、「ゆっくりしてていいですよ」と
言われてしまい、何も出来なかった。
お陰で私は何もせずとも衣食住を堪能してしまっている。
……流石にこれが一ヶ月、一年と続いたら、
駄目人間になって戻れなくなりそうだ。
だから、私も何かしたいとは思っているのだけど……。
──でも、きっとあの子に尽くす事を止めさせるのは逆に負担になる。
あの子は私に自分の考えを充分に伝えられない事を気に病んでしまっている。
気にしなくてもいいとは言ってあるのだが……
どうしても思い悩んでしまう様で、ずっと私のお世話をする事で、
その煩わしさと悔しさを紛らわそうとしているみたいだ。
普段はそんな風には見えないのだが、
ふと、笑った時に最初にあった時と同じ笑顔に戻っている感じがある。
さっきバナナを食べてさせた時とか、
私からソラちゃんに何かする時は素直に笑ってくれてるみたいなので、
そこまで深刻な精神状態ではないとは思うけど……やはり心配だ。
「ホント、いつ連絡を寄こしてくるのよあいつら……」
大事な相棒が弱っていっているのに、
何も出来ない自分に苛立ちながら
独り言と一緒に溜息を吐き、私はテレビを見続ける。
ライブ中継されている映像では、集まった人達がひたすらに罵声を上げて、
見えない壁を様々な方法で壊そうとしている。
バットや鉄パイプ等で叩きつける人や、
剣や弓といったガチャアイテムらしき物を使って
壊そうとしている人もいるが、一向に壁が壊れる気配はない。
『こんな世紀末な出来事が平和だった日本で
起こっているというのに国は一向に動かない』と現状を憂いつつ、
アナウンサーと専門家が答弁を交わす。
『議会や公安に問い合わせたり、取材を試みても一切返答はない』
『議員や警察に所属する個人に取材をしようとしても、
どうしても今は答えられないと断られてしまう』
『国そのものが何者かに制御されている様にしか見えない。
その何者かは間違いなくあの会社だろう』
『あの会社のせいで国民全体が不安を覚え、疑心暗鬼になっている。
これは明らかに異常で今すぐに解決しなくてはならない状況だ』
そうして交わされる会話の中では、
番組に出演する誰もが静かに怒っていて、恐れを抱いている様子だった。
この人達の気持ちは痛い程わかる。
わかるからこそ、早く答えが欲しい。
そう願っていると──何故か、唐突にテレビの音が聞こえなくなった。
「……?」
私はそれを疑問に思いつつ、
リモコンでテレビの音量を上げてみて確認しようと思ったが、
直ぐにミュートにはなっていない事に気が付いた。
微かにテレビから砂嵐の音が聞こえてくるからだ。
やがてテレビにはノイズが走って画面が乱れていき、
顔が崩れたアナウンサーが金魚のように
口を開いては締めている光景が写し出されていく。
不気味な映像に悲鳴を上げそうになる前に、
写っていた映像がブツリと切れて新しく映像が映し出される。
そこで見た物に、私は酷く驚いた。
「……嘘、カスミなの?」
新たなに写った画面に佇んでいたのは、なんとカスミだった。
自爆して死んだ筈だというのに、彼女の身体はどこも怪我をしているようには見えない。
ただ、着ているスーツは質が良さそうなのは変わらなかったが、
いつも着ていた物では無くなっており、
スーツの襟には植木鉢のような形をしたラペルピンがつけられていた。
彼女の佇まいも希薄な感じではなくなっていて、堂々とした雰囲気が感じられ、
まるで別人になり変わってしまったかのようだ。
目のクマもなくなり若干ボサボサだった髪もしっかりと整えられており、
清廉潔白なイメージを充分に持たせてくる。
そんな人物が議場の壇上で、
まるで国のトップに立ったかのように両腕をついて口を開いている。
そして、カスミの左右には同じデザインのスーツを着た
あのヒガンという男と、知らない女が立っていた。
カスミを入れて、三人の人間がそこに立っているという事は……
まさか、あの三人が運営の社員?
あの女の人、どこか見覚えがあるような……?
っていうか、写ってるこの場所って……もしかして、国会議事堂?
な、なんでそんな所にカスミがいるの?
状況を全く飲み込めないでいる私がただただ狼狽えていると、
カスミが整然とした口調で口を開いた。
────そして、私は驚愕のニュースを知らされる事になる。
『この放送をご覧の異世界人の皆様、初めまして。私はカスミと申します。
この度、我々"植木鉢"はこの国、ひいては世界を奪い返す為、
本日はここ、国会議事堂を占拠させて頂きました。
以後、お見知り置きを』
「──はぁ!!?」