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第122話 あの女、面倒な事を

片付けが終わってから真人さんと別れて、

私はソラちゃんと一緒に自分の部屋に帰った。

少し落ち込んでいるような気がしたので、

「一緒にお風呂でも入る?」と気晴らしに誘ったが、

裸を見せるのは恥ずかしかったのか、ソラちゃんは顔を真っ赤にして断って、

「さ、先に入ってて下さい!!」と言ってリビングに籠ってしまった。


仕方ないので私はお風呂に一人で入る事にした。


いつも私は一人だけなら面倒なのでシャワーだけで済ませるけど、

ソラちゃんが泊まる時は、ちゃんとお風呂にお湯を溜めてから入るようにしている。


風呂桶を使ってお湯を掬い、バシャリと素肌に流すと、

シャワーとは違った気持ち良さを感じられ、

ちゃんとお風呂に入っているという実感が生まれてくる。


それにしても、折角ユニットバスじゃない部屋を借りてるんだからと、

買っておいたこの風呂桶だが……最後に使ったのはいつだっただろうか?

仕事帰りで疲れてるのにお風呂なんて溜めている余裕は無かったから、

これを使った記憶は殆どない。

こうして活躍の場が出来たのは間違いなくソラちゃんのお陰だ。

友人が出来たからお風呂を楽しめるようになったという事なのだろう。

何とも有り難い話だ。


そうして身体を洗い終わって湯船に浸かろうとしたが、

考えなしにお湯をじゃぶじゃぶと使っていたからだろう。

いつの間にか湯舟のお湯は半分以上無くなっていた。


「…………また忘れてた」


このミス、ソラちゃんが泊める時に毎回してる気がする。

こんなの考えなくても分かるだろという話ではあるのだが、

ずっと私はシャワーで済ませていたし、ついつい油断してやってしまっている。


さて、どうしようか。

いや、普通に足し湯をしながらお風呂に入れば良いんだけど、

そうすると、『お風呂にお湯を足します』というアナウンスがリビングに流れる事になる。

その音声はリビングで寛いでいるソラちゃんに確実に聞こえるだろう。


そうなると、ソラちゃんに「あの人、また使い過ぎてお湯足してる」と思われてしまう。

別にそれであの子は嘲笑ったりはしないだろうし、

何も言わないだろうけど、単純に私が恥ずかしい。

ここは蛇口からお湯を出しながら、お風呂に入ろう。


そして、湯舟にちょうど良くお湯が溜まったのを見届けた後、

私は何食わぬ顔でお風呂から上がってリビングに行くと、

ソラちゃんが微笑ましいものを見るような顔で、

こちらを見ている事に気が付いた。


えっ? まさか、バレてる……!?


「……マチコさん。上がったんですね」

「え、えぇ……いい湯加減だったわよ……?」

「そうでしたかー。それはわたしも楽しみですねー。

 じゃあ私も入らせて貰いますかねー?」


動揺している私の適当な返事を聞いたソラちゃんは、

棒読みな口調でそう返してきた。

や、やっぱりバレてる! で、でもなんで……!?


そして、困惑している私にソラちゃんは近づいてきて、

肩に手を置いて、耳元でこう囁いてきた。


「……音でわかりますよ♪」

「──!」


……そうか! お湯を溜めてる音か!

お風呂場とリビングはそう離れてないし、その音が漏れてたのか……!

くそっ! やられた!


答えをASMRで告げたソラちゃんは、

鼻歌を歌いながらお風呂場へと消えていった。

やっぱりソラちゃんには嘘は通じなかったかぁ……。

私は軽く後悔しながら、テレビの電源をつけて

何気なしにニュースでも見ることにする。


『──未確認生物によって引き起こされた被害件数は

 日本だけでも一万件を超えており、

 世界では更に多くの被害が報告されているとの事です。

 しかし、人的被害の報告は多くなく、

 多くは住居等の建物への物的被害によるもので──』

「……流石に、運営でも隠し切れなかったみたいね」


テレビから流れるニュースキャスターの話を聞きつつ、

私はキッチンの上にある戸棚からポテチを取り出しながらそう呟く。


……いや、それともこの情報の流出はカスミの仕業? 

この放送もカスミが流させたもので運営の評判を落とす為のものなのかもしれない。

そう思考しながらも、私はポテチをテーブルに置いて座布団に座り込み、

ポテチを開けて口へとつまんでいく。


──でも、やっぱり違和感があるんだよね。


いや、テレビのニュースやSNSで運営は情報の制限を設けていたから、

カスミが反旗を翻したこのタイミングで、

運営を批判させるようなニュースが報じられているのは自然な流れなのは分かる。

だから別に、"このニュース"に違和感がある訳じゃない。

私の感じている違和感は……もっと根本的な部分にあるような気がする。


…………そもそも最初から、運営は本当に

自分達の評判が下がるような状況を恐れていただろうか?

確かに花の候補者を理不尽な目に合わせておきながら、

その人達からの批判はネットなどで拡散されないようにしていたが、

口封じの手段としてはそれだけだ。

物理的な手段や、他の超常的な手段を用いたりして、

私達の口を必死に塞ごうとはしていない。


思い返せば第一イベントが始まる前から、

運営は警察にアイテムを渡していると察せられる情報を残していたし、

他にもガチャ運営が怪しいと思う情報はいくらでも転がっていたように感じる。

国も運営に支配されている可能性が高い状況下で、

口封じの手段が足りなかったとは考えづらい。

それこそ警察を使って防ぐ事も出来た筈だ。


──まるで、わざと批判の伝達を止めずに、

あくまでも"遅らせる"だけに留まらせているような対応だ。


ソラちゃんも当初からその事は怪しんでいたし、

カスミがこうして反旗を翻していなかった間も、

運営がしていたのは批判が前提のような動きだった。


そんな状況をあの社長が許容する意味はあるのだろうか? 

それこそ洗脳でもして私達を喋れない様にしておけば

良かったのではないだろうか?


「……うーん……わっかんないなぁ」


つまんでいたポテチを指で挟みながら、私は床に転がって独り言を言う。

きっと、ソラちゃんはその理由を分かってるんだろうなぁ……。


──私も、もう少し思い出して考えてみよう。

運営は最初から強い戦士を育てる為に花の候補者を選んでいると言っていた。

私は"なんとか当たり"っていう戦士の素質を持つ人間だから、

その候補者に選ばれているという事だった。

運営は私が"なんとか当たり"だと、どうやって知ったのだろう?


……いや、そもそもこの前提は正しいの? 


運営は私を花の候補者だと決めたのは、本当にそれだけの理由だったの? 

本当に、私以外には都合の良い"強い戦士"の候補者はいなかったのだろうか?


「────待って」


そこで、私はふと気付いた。


「いるじゃない。私なんかよりも、もっと適役な奴が……!」


私と同等だった強い戦士であり、戦いを望み、

それを喜びとする強い戦士が欲しい社長にとって、誰よりも最適な駒。



────甘音クチルという、"強い戦士"が。



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