第119話 互いに補い合うのが会社なのですから
私達は作戦会議をした時、
ソラちゃんは社長が言ってきそうな脅しのパターンを一通り話してくれていた。
私達の作戦会議は社長に筒抜けだ。
しかし、だからこそ敵との無駄な会話は省ける上に、
相手を動揺させられるという利点がある……と、
ソラちゃんは会議のおつまみとして買っておいた寿司を
ドヤ顔で食べながら言っていた。
それで、社長がしてきそうな脅しのパターンは大まかに分けて三つあるらしい。
先ず一つ目として
『デウス・エクス・マキナ=ウォッチを使えば、
貴方の命など思うがままですよ』と言ってくるパターンだ。
これはあの"無くなった未来"でカスミが言っていたが、
デウス・エクス・マキナ=ウォッチは私の生き死にを操作出来るのではなく、
時間の逆行を行って死んだ事を無かった事にするアイテムだ。
つまり、私の自殺を止められるものではないので、この脅しは通用しない。
二つ目はソラちゃんや真人さんではなく、
世界各国にいる"ガチャを引いた人間"を人質にされるパターンだ。
ソラちゃん達はカスミがくれた御札によって
操られる術式を解除しているが他の候補者達は別だ。
なので、社長が『その人達を操って酷い目に合わせますよ』と言ってくる恐れがあるが、
これもソラちゃん達を庇う時の台詞である『私自殺するよ?』を言えば回避出来る。
だから、この脅しも通用しない。
三つ目は『カスミには言っていませんでしたが、
私は貴方を止められる秘密兵器を隠し持っていたんですよ』と言ってくるパターンだ。
凄くアホっぽく聞こえるが、このパターンは実はかなり厄介だ。
何しろ私達は運営がどんな手段を持っているのかを全く分かっていない。
後出しジャンケンをされても無効には出来ない立場だ。
絶対にないとは言い切れない。
しかし、そうは言っても人格を壊したり、
殺すような強引な方法は禁止されているのであれば、社長の取れる方法は限られてくる。
例えば私の身体や脳を操作して、正規の使い方で〈成長玉〉を使わせるとか、
モンスター等を使って無理矢理言う事を聞かせるとか……そのくらいだ。
でも、カスミの話が本当なら、
私を洗脳する為に積み重ねていた術式とやらは
まっさらに解除されているらしいし、洗脳はそう簡単に出来ない筈だし、
モンスターを使った脅しも私が自殺を仄めかせば解決だ。
そもそも三つ目のパターンは所謂悪魔の証明なのだし、
防ぎようのない手段を取れるのなら最初からやってる筈。
なので、出来るものならやってみろと、
強気な態度で応えるようにした方が良いというのが、ソラちゃんの見解だ。
他にもいくつかのパターンをソラちゃんは私達と社長に向かって説明していた。
そして、社長はそれを全て聞いていた筈。
だからこそ、目の前の哀れな男はこんなにも何も言えずに苛立っているのだろう。
『…………あの女狐め……』
押し寄せる感情に耐えきれなかったのか、
社長ははっきりと恨み言を電話越しに吐き出した。
いい気味だ。少しは私の気持ちが分かった?
そう私は意地悪くほくそ笑んでいると、
暫く黙って怒りを抑えていた社長が、唐突にフッと笑った。
『……仕方ないですね。人手が減ってしまうので、
この手は使いたくは無かったのですが……』
「……?」
様子が変わった社長に私が若干困惑していると、
突如ガチャ筐体の液晶画面に映像と音声が流れ始めた。
その液晶にはカスミとヒガンが戦っている様子が映し出されていた。
あれから数時間は経ってるのにまだ戦ってたのか……。
森の中を木にぶつからない様に器用に飛び回りながら、
カスミとヒガンは己の武器をぶつけ合わせている。
二十を超える数の水の槍がカスミによって放たれるが、
ヒガンはその全方位から襲いかかる槍を
大剣で華麗に捌きつつ、隙をついて大剣を振るう。
そうして大剣からは赤褐色の三日月が放たれ、カスミを両断しようと迫るが、
カスミはその飛ぶ斬撃を複数本の槍を盾にして防いだ。
筐体に写されている映像ではそんな高レベルな戦闘が繰り広げられており、
戦闘の激しさが伝わってくるようだった。
病院ではここまで激しいものではなかった事を考えるに、
二人ともあれで手加減をしてくれていたみたいだ。
しかし、何故これを社長は私に見せる?
何の意味があって……?
『佐藤真知子様。貴方様のとても頼り甲斐のある相棒である笠羽様が、
私がやると思っていなかったパターンが一つごさいましたよね?』
「……? そんなのいくらでも──」
そこで私の言葉を遮るように、
社長は勝ち誇った口調で嫌らしくこう言った。
『この"裏切り者"を殺し、貴方達にこれ以上
余計な情報を教えない様にする……というパターンですよ』
「──!!」
そこまでするか、こいつ!!?
社長が取ってきたパターンはソラちゃんも予想はしていて、
作戦会議でも話してくれていたが、
これは『情報源となるカスミを殺し、
私達をこれ以上優勢にさせないようにしてくる』というパターンだ。
だが、ガチャ運営は社員が四人しかいない状態で、
業務は〈枯葉〉の人達とか下部組織によって賄われているという話だった。
業務内容は各個人毎の排出ガチャアイテムの選定と生産や筐体の配置等と、
色々あるらしいが、それらをやるようにと指示するのは運営に所属する社員の筈だ。
その管理作業は途方もなく困難であるものだと予測出来る上に、
寧ろ破綻していない方がおかしく感じる。
しかも、運営は世界中で事業展開している会社だ。
いくら〈枯葉〉が有用な人材だからといって、
指示を出して纏められる管理者がいなければ使い道がない。
なので、そんな状態で人材を減らし、
世界各地で働かせている筈の〈枯葉〉の人達の管理をしづらくするとは考えにくい。
だからこそ、そのパターンを選んでくる可能性は低い筈だと、
ソラちゃんは話してくれていた。
──だというのに。
こいつは今、その前提を覆してカスミを殺すと言ってきた。
わざわざ中継を繋いで私に見せたのは、
きっと彼女を公開処刑をする為なのだろう。
なんて奴……!
自分の仲間すらも脅しの道具にしてくるとか……人の心がないとしか思えない。
「……本気? そんな事して、あんたの会社は大丈夫なの?」
『ご心配ありがとうごさいます。ですが、そんなものは不要です。
足りなくなる労働力は残った三人と、
〈枯葉〉達や他のスタッフにより一層"励んで"貰えばいいだけの事。
それに、あの御方も計画が遅れてしまうと聞けば、
ある程度の無理は聞いてくれる筈なのでね』
「…………あんたらのお得意様は、
本当にそんな無理強いを許容してくれるの?
玩具にしてる人達をもし壊してしまっても、笑って許してくれるの?」
『ふふ、貴方がそれを気にする必要はありません。
さぁ──"イベント"の始まりです』
そして、通話越しに何らかのスイッチが押されたような音が聞こえた瞬間、
映像に写っていたカスミが突然胸を抑えて苦しみ出した。
『───ぐっ、あぁあ!!?』
『───!!? カスミ!?』
その苦痛によってカスミは戦えなくなり、地面へと急速に落下していった。
その様子を見て驚愕したヒガンは落ちていったカスミを追いかけ、
地面に落ちる寸前でカスミの身体を掴まえる。
『カスミ! おい! しっかりしろ!』
「……あんた……自分の社員に何をしたの!?」
『私の社員には元々、言う事を聞かせる為の術式を掛けていましてね。
言う事を聞かない様であれば、
いつも心臓の動きを一瞬だけ止めるようにしていたのです。
今回もそれをやったまでですよ。
ただ……今回だけは脅しじゃ収まりませんが、ね』
再び電話越しにスイッチを押した音が聞こえ、
カスミが更に胸を強く抑えて苦しみ出す。
『かはっ──!!?』
『カスミ!!! 糞が!!! あの野郎、やりやがった!!!』
「や、止めなさいよ!!」
『フフフ……佐藤真知子様。止めて欲しいのならば、
言う事があるのではありませんか?』
「くっ……!」
私は悩んでしまう。
貴重な情報源であり、頼もしい味方になってくれる人物が
死んでしまうというのは当然ながら痛い事だが、
それ以上に私はこうして脅しの道具に使われる彼女が不憫でならなかった。
彼女が話した、あの信じ難い話の信憑性は私の中でどんどん増している。
だから、仲間を逃がす為に自分を犠牲にして、
別世界まで無理矢理社長に扱き使われた挙句、
無惨に殺される人生を送る事になってしまう彼女の事を考えると……
見殺しにする気には成れなかった。
しかし、今の私はこの状況を画面で眺める事しか出来ない。
どうすれば……⁉
『フフフ……そうですよね? 佐藤様はとてもお優しい方です。
だから、余りに不憫な彼女を見殺しになんて出来ませんよね?
大丈夫です。貴方がこれまで道理に日々を過ごし、
イベントをこなしてくれれば彼女は死ぬ事はありません。
さぁ……誓って下さい。私は〈成長玉〉を誤った方法では使わないと』
「……っ……私は」
彼女は自分を苦しめた奴らの仲間である事は違わないというのに、
見捨てる言葉を口から出そうとすると怖くなる。
彼女の置かれている境遇は自分に似ている。
運営……いや、この社長に良い様にされ続けた私と、彼女は同じなのだ。
でも……でも、駄目だ。
私はこいつの言葉に従う事は出来ない。
私自身の為にも、ソラちゃんと真人さん達の為にも、
私はここでカスミを見殺しする選択肢しか選べない。
詰まる喉をこじ開け、私は無慈悲な決断をしようとする。
しかし、続く言葉が口からどうしても出ずにいた──その時だった。
『……っ、佐藤様……。
どうか……これから私がする事を……気に病まないで下さい』
「……え?」
『何?』
映像に写るカスミが焦点合わない目で、確かに私に向けてそう言った。
私と同じ様にヒガンもカスミが言った台詞に困惑していたが、
それも一瞬だけだった。
直ぐに言葉の意味に気付いたのか、
ヒガンはカスミを止めようと叫び出した。
『やめろカスミ!!! まだ方法が……!!!』
『──〈起爆〉』
『やめろぉおおおおお!!!』
カスミがその言葉を言った瞬間。
映像が光で埋め尽くされ、
筐体のスピーカーから音割れした轟音が流れた──