第118話 さて、どうするべきか
三人で天高く腕を上げて指揮を高めた後、
英気を養う為にお寿司を買ってから一度、
真人さんの部屋まで帰って作戦会議を開いた。
そこでこれからの計画を話しながらお寿司を堪能した後、
私達は服屋と雑貨屋店へと赴いて、真人さんの服を買った。
服を着てもらう為、真人さんには尻尾を腰辺りに括り付けて貰い、
全身を上手く隠せるサイズの厚手のコートと複数枚のシャツ、
それとズボンを着させて、顔を隠すための被り物を被って貰う。
こうする事で一見すると腹が出てる面白おじさんに……
どうにか辛うじて見えなくもない。
こんな格好をして貰った理由は勿論、
リザードマンである真人さんの正体を隠す為だが、
そうする理由は一緒にガチャ空間に入って貰う為だ。
作戦を立て終わった私達は三人揃ってあのガチャ空間に赴くつもりだが、
私がいつも使っているあの空間は人通りが結構ある普通の街道だ。
リザードマンの真人さんが通れば通行人の悲鳴が上がるのは間違いない。
なので、こうして少なくともモンスターを
見つけてしまったという反応は無くせる格好をしてもらったのだ。
因みに被り物はワニの覆面だ。
……それする意味ある?って感じだが、
それくらいしか真人さんの"強面フェイス"を
隠せるものがなかったので仕方ない。
少なくとも、そのリアルな造形美は幾分かは隠せるだろう。
歴然たる危険人物となった真人さんと共に、
準備を整えた私達はガチャ空間がある場所へと赴く。
今の真人さんは人気絶頂のアイドル並みに
物凄く通りかかる人達の視線を集めているが、まだ悲鳴は上げられてない。
ヨシ! 大丈夫ね!
「…………通報される前に早く入りましょう。マチコさん、真人さん」
「……う、うん」
「あ"あ"」
覆面を被っているせいで声が籠もってしまっている真人さんと一緒に、
私達はそそくさとガチャ空間があるであろう場所に足を運んだ。
そうしていつも通りに私はガチャ空間へと入った──が、
直ぐにそこで違和感を覚える。
「…………二人とも?」
そして、後ろを振り返ると、私の両隣にいた筈の二人はいなくなっていた。
どうやらこの空間には私しか入る事を許可されてないらしい。
「……はぁ」
でも、この状況は予想してなかった訳じゃない。
こうなるかもとは予めソラちゃんからも聞かされていたし、
少し驚きはしたが狼狽えてはいない。
早く検証を終わらせて二人と合流すればいいだけだ。
それで、一人でガチャ空間へと入った私だったが、
中に入った時、何処となく空間の雰囲気が違うような気がした。
明確に何が違うのかは分からない。
多分、私達が怪しい会話をしていたから
運営が警戒して空間に何か施したのかもしれない……用心しないとね。
「……さてと。じゃあ、早速引くとしましょうか」
カスミのあの言葉と思いが本物であるのか、
それを確かめる為、私はほんの少し緊張しつつガチャを引く。
毎度流れるチープなSEと共に、アイテムが排出される。
ゴトリと筐体の排出口にアイテムが落とさせれる。
そして、そこにあったのは──〈衛種剣モラスチュール〉だった。
これで三本目である。
「……いらなー……」
まぁ、確実に〈成長玉〉が出るとは決まっている訳じゃないので、
別のアイテムが出る可能性があるのは分かってたけど……三本もいらないでしょ?
私達の会話を聞いていたから、嫌がらせに出してきたのだろうか。
地味に腹立つ嫌がらせだな……。
〈衛種剣モラスチュール〉を拾って地面に置き、
気を取り直してもう一度ガチャを引くと、今度はすんなり〈成長玉〉が出てきた。
【R 成長玉 VIT+3】
成長玉はステータスUPアイテムです。
ステータスUPアイテムはお客様の身体能力を高めるアイテムとなります。
使用するとアイテム名に記載されている各ステータス値の横にある数値分、
お客様のステータス値(身体能力)を上昇致します。
VITの場合、お客様の生命力・防御力が増強されます。
「よし……やるか」
私は排出口にあるカプセルを拾い、
〈成長玉〉を取り出して自分の掌に乗せて一度だけ深呼吸をした。
そうして決意を固めた後、私はカスミのやっていた様に、
〈成長玉〉を分解していく。
やがて〈成長玉〉を黒い球体へと変えた時、
突如ガチャ筐体からけたたましい警報が鳴り響き、
筐体の液晶画面の広告は消えて砂嵐へと変わった。
「っ、うるさっ!」
『警告。警告。想定されていない使用方法を検知しました。
直ちに中止して下さい。繰り返します。警告、警告──』
「…………脅しにしちゃ、チャチなやり方ね」
私はその警報を鼻で嗤って聞き流して、黒い球体を自分の胸に押し付ける。
黒い球体は私の身体へと入っていき私のステータスへとなった。
私がそうして〈成長玉〉を使用し終わった途端、
鳴っていた警報がより一層煩くなった。
この慌てているような感じ……もしかして本当に?
『警告。警告。想定されていない使用方法を検知致しました。
直ちに中止して下さい。繰り返します。直ちに中止して下さい。
只今お客様が取られた使用方法は認可されていない方法となります。
許可されていない方法で使用されますと、
お客様の安全の保証が出来なくなる恐れがごさいます。
直ちに中止して──』
「はいはい」
大音量の雑音を無視して、私は片耳の穴を指で塞ぎつつ、更にガチャを回す。
今度は〈成長玉〉のAGL+2だ。
私は同じように〈成長玉〉を黒くしてから使うと、
警報の音量がまた一段と大きくなった。
耳を壊そうとしてるのかと思う程に喧しい音だ。
いや、きっと普通の人間なら鼓膜が破れているだろう。
破れていないのは多分私のVITが高いからだ。
──相当慌てているのが察せられる対応だ。
やり返せた気がして少し気分がいい……のは置いておいても、
まだここは試すべきだろう。
私は三度目のガチャを引こうとする。
しかし、お金を入れてもハンドルが回せない。
回そうとしても途中で止まってしまう様になってしまった。
筐体を操作して強引に止めに来たか。
となると、少しはカスミの言った事も信用出来るのかもしれない。
「……っていうか、お金返してよ」
私がそう呟くと、意外にも筐体から入れた五千円が戻ってきた。
律儀だな……と、ほんのちょっと感心しながら
お札を回収していたら、ブツリと警報が止まった。
そして、筐体から声が聞こえてくる。
『佐藤真知子様。この度は弊社のガチャをご利用して頂きありがとうごさいます。
しかしながら、〈成長玉〉をその様にお使いになられるのは、直ちに止めて頂きたい』
聞こえてきたのは男の声だ。
しかし、電話越しなのではっきりとはしないが、
ヒガンという男の声ではない声に聞こえる。
それにしても、筐体から電話を掛けてきた男の声色は
怒りを抑えながらも平静を装っている様子が伝わってくるものだった。
私はカスミの信頼度メータがどんどん上がっていくのを感じながら、
わざと、心底不思議そうに振る舞って男に返事をする。
「なんで? お金を払って買ったんだし、
使い方なんて指示される覚えはないと思うんだけど?」
『…………誰から、その〈成長玉〉の使用方法を教わりましたか?』
「さぁ? あんたの方がよく知ってるんじゃない?」
『……っ』
男の荒い息遣いが微かに聞こえてくる。
この怒り様……カスミが言っていた情報からすると、
他のスタッフは脅されて従っているのだから、
計画を邪魔されてここまで怒る理由はない。
理由があるのは──そう、"社長"くらいのものだ。