第115話 いい度胸ですね
運営の社長の目的が異世界への侵略だと聞き、
私は絶句していたが、それと同時に納得もしていた。
そもそもガチャ運営はもう既にこの世界においては
充分に"人智"を超えた力を行使出来ている。
その上、国の重要機関を操って自分達の手駒にしてるとくれば、
この世界はもう既に運営に支配されていると言って良いだろう。
であれば強い戦士を作りたいと考える理由は
この世界にはないと考えるのが自然だった。
だからこそ納得出来てしまって、
カスミが言っている言葉には信憑性があると思える。
だが……彼女の説明にはなんとなく違和感がある。
その冷静な態度か、未だ足りない説明のせいかは
分からないが……何処かおかしい気がする。
そんな疑念に不思議がっていると……
ふと、ソラちゃんが私をジッと見つめている事に気が付いた。
ソラちゃんの行動に私は首を傾げたが、
私の視線を受けた後には目を離して、ほんの少しの間だけまた下を向いた。
そして、何も見なかったかのようにカスミへと向き直り質問を再開し出した。
──何か、悩んでいたみたいだったけど……。
「…………運営の目的は分かりました。
ですが、それなら最初からわたし達を
〈枯葉〉の人達のように洗脳し、従わせた方が早いのでは?
わざわざ操らないで自由に過ごさせる意味はなんです?
貴方の社長は人をイジメるのが趣味なんですか?」
「いえ、社長にはその様な趣味はございません。
主な理由としましては、〈枯葉〉のように植え付けた偽物の人格では
この世界の住人には余り持ち合わせていない感情である、
闘争心を非常に保ち辛い為です。
また、怪我などを負わない軽い戦闘であれば問題ないのですが、
〈枯葉〉のように本来の人格と違う植え付けた人格で
命を賭けた戦いを強いられた時、上手く戦闘出来ないばかりか、
本来の人格が戦闘経験に耐えられず、
最悪の場合には自我が崩壊する恐れがある為、
〈枯葉〉にするといった洗脳する手段は取れないのです」
「……だったら、完全に人格を消去した後に
新しく人格を植え込めば良いのでは?
出来ない訳じゃないのでしょう? それをしない理由は?」
「……その様に、人を"殺害した"と判断出来る手法は
"あの御方"によって禁じられているからです」
また出た。あの御方だ。
禁止されているとか、協力がないと計画を進められなかったとか聞く感じ、
やはりあの御方とやらは運営よりも上の立場にいる存在なのだろうが……。
「"あの御方"……わたしや真人さんを別の未来で殺した張本人で、
貴方達の協力者って話でしたね」
「はい。社長は笠羽様のおっしゃっている通り、
元々はこの世界中の人々を完全な操り人形に仕立て上げ、
効率良く計画を進めようとしておりましたが、
あの御方によってそれは禁じられてしまい、
仕方なく〈枯葉〉や〈成長玉〉といった人を殺さないようにする
"回り道"を用意して計画を進めるしかなかったのです」
「……? いやいや、殺さなければ許されるってどういう事ですか?
優しさがあるのなら洗脳自体も止めさせるのが普通ですよね?
どんな判断なんですか?」
「元々はあの御方も人々を洗脳する事も快く思ってはおりませんでした。
しかし、ある"手助け"をさせて頂いた上で、洗脳は一時的なものとし、
異世界侵攻という目的が達成されれば五体満足で解放すると約束した事で、
不本意ながらもご了承して頂いたのです」
「…………はぁ?」
ソラちゃんが心底嫌そうにそう疑問符を返したが、私も全く同じ気持ちだ。
結局自分の意思もなく、戦争を仕掛けに行かされるのは変わらないのに、
どうしてそれを良しと出来るのだろうか?
人としての感情が欠如してるとしか思えない。
余りに杜撰な優しさ……いや、そんな感じじゃない。
それはまるで、自分の玩具を嫌々ながらも貸す子供のようだ。
そういえばあの邪神の口調も子供と思しきものだった。
もしかして……あれが協力者だったりする?
「あの御方による協力は、
私共がこの世界で命素を操る為には必要不可欠です。
その為社長は直接的な手段は取れず、
迂遠なやり方を取らざるを得なかったのです」
「……成程……取り敢えず理解はしました。
それで……あの御方って誰なんです?
そいつに貴方達がした"手助け"って何なんですか?」
「それは──」
カスミが答えようとしたその瞬間。
ガラスが割れたような音が辺りに響き、部屋の中に強風が吹き荒れた。
しかし、不可解なことに病室の窓は割れておらず空いてもいない状態だった。
それに壁に穴が開いたりもしていない。
だけど、この感覚を私は知っている。
これはあの未来でガチャ空間が破壊された時に受けた感覚だ──!
「ぐっ……! 何が起きて……!?」
「っ、隔離空間が……!」
そして、今度は本当に壁が破壊されて突風が吹き、
強引に誰かが病室へと入ってきた。
ガラスの破片とコンクリートの瓦礫が
私達にぶつかる前にカスミが手を前に翳す。
すると、私達全員を覆うようにして円状の青白い膜が出現し、
向かってくる飛来物から私達を守ってくれた。
青白い膜が役目を終えて消えると、現れた誰かの姿が見えた。
逆立った真っ赤な髪に暮色の瞳を持った、均整のとれた身体つきの若い男だ。
カスミと同じデザインのスーツを着ているので、
あの服が運営のスタッフであるという証なのかもしれない。
つまり、状況から鑑みるに、恐らく現れたこの男は
カスミの暴走を止める為に社長から遣わされた者なのだろう。
──いやいや、なんでバレてんのよ!?
運営にはバレないように対策を施しているって話じゃなかったの!?
侵入してきた男は自分のつり目を更に吊り上げ、
その整った顔つきを歪ませてカスミを睨んでいる。
カスミはそんな男の姿を見て辛そうに顔を歪めた。
そして、厳しい視線をカスミに送りながら、現れた男が重々しく口を開く。
「────世間話は終わりだ。カスミ」