第114話 ヒガン、様子を見に行って下さい
カスミが独り言を呟いているのを聞いて、私は我に返る。
そういえば、質問に答えていなかった。
「えっと、出来たみたい……だけど?」
「はい。拝見しておりました。今後〈成長玉〉を使用する際は
以上の手順を踏んでからご使用頂ければと存じます。
そうすれば佐藤様が弊社によって
身体の制御を奪われる心配は無くなりますので」
「そ、そう……」
思わず素直に返事をしてしまった。
そもそもこうする事が出来たからと言って信用する事は出来ない。
けれど、私は自分が呆気なく超常現象を引き起こせた事に驚かされ、
身構えずに話を聞く姿勢を作らされてしまっている。
「……ま、待って下さい。そうは言いますが、
マチコさんはもう既に何個も〈成長玉〉を使ってきました。
今更自衛しても意味がないのでは?」
「その心配は不要です。既に佐藤様を治療した際に、
佐藤様を縛る術式は完全に除去しておりますので。
これから通常のやり方で〈成長玉〉を使用しなければ、
何も問題ございません」
「…………そうですか。でも、他の人には
その術式の解除をとやらは行ってないですよね?
マチコさんの仲間は、貴方にとっても居てくれた方がいいと思いますけど、
その対応はしてくれないんですか?」
暗に私も自由にさせろと、ソラちゃんは言う。
確かにソラちゃんが操られて私に襲い掛かった場合、
私は絶対に彼女を攻撃出来ないだろう。
そういった手段を未然に防げるのであれば、是が非でもやって貰いたい。
「ご安心下さい。こちらのアイテムを
使用すれば術式を解除出来ます。どうぞ受け取って下さい」
「……準備していたのは、嘘では無さそうですね」
そう言ってカスミが更にスリットから物を取り出す。
カスミがソラちゃんに手渡してきたものは、
夕焼け色に染められた"御札"だった。
中央には明らかに日本語ではない言語で文字が書かれており、
上部には複雑な魔法陣のような模様が描かれている。
──日本語ではない、か。
さっきから気になってはいたけど、やっぱり運営って……。
ソラちゃんは御札の使用方法をカスミから聞き終えた後、
その御札を天井に向けて掲げて「解除」と言った。
すると、御札を彩っていた"夕焼け色"が浮き上がり、
夕焼け色の光の帯となってソラちゃんの身体の中へと入り込んでいった。
それが終わった後、光となった色は
すっかり抜け落ちており、御札は真っ白になっていた。
っていうか、ソラちゃんは躊躇せずに使ったけど、
カスミを信用したのだろうか?
一連の現象を見届けた私は色々と心配になったので、
ソラちゃんに大丈夫かと尋ねると、
カスミに聞こえないようにする為か、ソラちゃんは私の耳元で囁いてきた。
「……取り敢えず、もうここは場の流れに任せる事にしましょう。
ここでアイテムを使った所で今までも散々使ってますから今更の心配ですし、
一先ず運営がどういった考えなのかを探るべきです」
……身も蓋もない話だが、確かにそうだ。
ここはこの猿芝居に付き合うしかないのだろう。
そう思い直し、私もソラちゃんと同じく流れに身を任せる事にした。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません。
術式は破壊する時に起きる現象は観測が可能なのですが、
計画の為に蓄えていた命素を割り当てる余裕がなく、
観測する為のアイテムを作成する余裕がございませんでした。
重ね重ねお詫び申し上げます」
「……嫌味にしか聞こえませんね」
カスミが私達のひそひそ話に対してそう答える。
不思議な道具やら、命素やら、術式やら──
現実味のない言葉ばかり耳に入ってくるので、
私は口直し代わりにいい加減気になっていた質問をカスミに尋ねる事にした。
「……ねぇ、あんた達ってさ。もしかして、この世界の住人じゃないの?」
「…………」
「おぉ、マチコさん。それ聞くんですね。わたしもずっと気になってました」
カスミは私の質問に僅かにたじろいだが、驚きはしなかった。
会話の仕方から別に隠してはいないとは思っていたし、
彼女にとっては予め身構えていた質問だったのだろう。
「……はい。私共はこの世界の住人ではありません。
私共は別の世界から逃げてきた、
この世界でいう所の"異世界人"となります」
はぐらかそうともせず、カスミは明確に答えを返してきた。
こんな超技術を持ってる奴らが、
この世界の住人なわけないとは考えてはいたけど……。
まさか、異世界からなんてね……もはや逆に現実感があるなぁ。
「それで、逃げてきたっていうのは?」
「そのままの意味となります。
私共と社長は元々住んでいた"私共の世界"を征服しようと企んでおりましたが、
最終的に敗れてしまった為にこの世界へと逃げてきたのです。
私や他の社員はその頃から社長に脅され、付き従わされ続けてきたのです」
「……敗走してた時に、貴方は社長から逃げられなかったんですか?
負けて逃げてるのなら社長も余裕が無くなっているでしょうし、
足を洗う機会はありそうなものですけど」
「あの頃は私以外にも、多くの者が社長によって、
無理矢理服従させられておりました。
現在弊社に所属している社員は、
敗走時に他のメンバーを逃がす為の囮として僅かに残った者となります。
その為、弊社に本当の意味で勤めている者は少なく、
人数としては社長を除き三人しかおりません」
「三人!? そんな人数でどうやって世界規模の会社を経営……
いえ、まさか〈枯葉〉にされた人達を使って……?」
「はい。笠羽様がお察しの通り、我々は労働力をカバーする為に、
〈枯葉〉の方々や庭師の庭などの下部組織の方々を雇わせて頂いております。
これまでのイベントの成功はその皆様方による働きによって成り立っておりました。
しかし、イベント開催等の社長の計画を進めて頂きながらも、
私は秘密裏に離反する計画を同時に進めていたのです」
……まるで興味のない小説の発表会を聞いてる気分になってきた。
だが、動向を探す為にはしっかり聞くべきだし、
私はつまらなさと腹立たしさを我慢して話を聞き続ける。
「世界中にいる"協力者"の方々の数はとても多く、
社長一人で全てを管理出来るものではごさいません。
その為、社長の目が届かないように計画を進める事は充分に可能でした。
敵は社長ただ一人である事、そして皆様のご協力して頂いたからこそ、
私は社長に気付かれる事無く、この場を設ける事が出来たのです」
「…………ほんと、相変わらず人でなしですね。"貴方"達は……」
「……はい。申し訳ございません」
ソラちゃんの言う通り……
一体どんな神経してたらそんな風に人を道具みたいに扱えるんだ。
大義の為に使ったとか言われても、虫唾の走るだけだ。
これ程作り話であって欲しいと思う話もない。
「……話を戻します。社長と私達三人はこの世界に逃げてきた際に、
この世界の住人は命素を使用せず、只々持て余している事に直ぐ気が付きました。
命素を利用出来ない事は、理性を持つ生物にとっては
明確な弱点であり、つけ入るには絶好の隙です。
そして、社長と私達は皆様が命素を操れない事を利用し、
水面下で様々な計画を画策し実行してきました。
各国への強制的干渉、隔離空間の生成と設営、
ガチャ筐体の大量設置、アイテムの生産と補充、
花の候補者の選定──等々、社長が叶えられなかった野望を実現する為、
私共は日々仕事をこなしておりました」
「……そうやって、今度はこっちの世界を支配しようとしてるって事?
なんとも回りくどいやり方ね……」
「いえ、それは違います。弊社がこれまでこの世界で行った事、
ひいては実行しようとしている事は、
あくまでも土台作りでしかありません。
詰まる所、社長の目的は全く変わっていないのです」
「? それって……」
嫌な予感がしながらも、
まだはっきりとはカスミの言いたい事が理解出来ていない私の隣で、
ソラちゃんが苦々しく顔つきを変化させた。
「……あぁ、やっぱりそういう事なんですね。
貴方達にとってこの世界は……巨大な兵営地でしかないんですね」
「…………笠羽様の認識は間違っておりません」
「兵営地? ソラちゃん。それって、どういう……?」
「マチコさん。こいつら運営は"強い戦士"が欲しくて、
花の候補者達と定めた人達をアイテムやイベントで育ててきました。
そして、運営は別世界で世界征服に失敗して追手から逃げておきながらも、
最終的な目的を変えずにいる……それはつまり──」
「!! ま、まさか……」
私がやっと理解した事でソラちゃんは、
一瞬顔を伏せた後に頷いて、憎々しげな表情を浮かべながら答えを述べる。
「運営の最終目的は──
この世界の人達を従順な兵士に育て上げ、別世界へ再び侵攻する事です」
────最悪だ。