第113話 なにか、おかしいですね
「……立ってばかりではお辛いと思われますので、こちらにてお寛ぎ下さい」
ソラちゃんから嫌味を言われた後、
カスミは話を逸らすように私達をベットに座るように促した。
え、ベットで寛げって言われても……と少し困惑していたら、
カスミが何も無い空中を切り裂くように腕を振った。
そして、カスミが切り付けた空中には、
なんと灰色がかった"スリット"が入った。
そのスリットにカスミが手を突っ込んで取り出すと、
厳かなデザインをしたテーブルと椅子が出てくる。
テーブルと椅子を床に丁寧にセッティングした後、
カスミはスリットから続けてまた何か取り出す。
今度はティーポットとソーサーに置かれたティーカップだ。
4つあるカップをテーブルに置いた後、ポットを傾けて液体が注がれていく。
その液体の見た目は紅茶によく似ていた。
どうやら寛げというのは用意したここでという話だったらしい。
やがて、全てのカップに紅茶が注いでから、
カスミは手のひらを上に向けて手招く。
「この世界で仕入れました最高級の紅茶です。
どうぞお召し上がり下さいませ」
「…………これも貴方が用意した運営対策の一つですか?」
「広義的にはそうなります。御三方が少しでも気持ちを楽にして頂ければ、
私も喜ばしく思いますので。そして当然ではごさいますが……」
言葉を区切ってカスミはカップを一つ手に取り、紅茶を優雅に嗜んだ。
その後、ほっと一息ついてカスミは無表情に言う。
「この様に毒は入っておりません」
「……そ、そう」
さっきのって毒見だったのか。
余りに自然にやるものだがら、てっきりティータイムを
我慢出来ずに自分から飲み始めたのかと思った。
でも、毒見をされた所でこれは──
「はぁあ……カスミさん。
申し上げにくいんですけど、この紅茶は頂けないです。
運営のスタッフである貴方なら
毒を掻い潜る方法なんていくらでも用意出来そうですし、
そもそも貴方達から貰う紅茶なんて飲みたくないですからね」
どう断ろうかと悩んでいたら、
ソラちゃんが私の言いたい事をストレートに言ってくれた。
その言葉を受けたカスミは少しだけ悲しそうに頭を下げる。
「…………失礼致しました。
では、紅茶はそのままにして頂いて結構ですので、
私の説明をお聞き頂ければと思います」
恭しく礼をした後、自分のカップを置いてからカスミは話を続ける。
「お伝えしたい事は山程あるのですが、
その前に、何故私が佐藤様に弊社の束縛から
逃れて欲しいと思ったのかについて述べさせて頂きます。
理由は単純で、佐藤様ならば、
"社長の計画"を止められると考えたからになります」
「…………社長の計画を、止める?」
「はい。これまで弊社が行った計画の全ては
社長の独断で行われた事で、私や他の社員は皆、計画に反対しておりました。
しかし、社長は私共の意見を聞き入れようとせず、
それどころか……反対すれば私達を殺すと脅し、
無理矢理計画に参加させたのです。
これまで私は計画に加担されられる最中、
ずっと反旗を翻す機会を伺い、その機会の為の準備をしてきました。
そして、反旗を翻す機会が……今、この時なのです」
…………何を言ってるの、こいつ?
散々弄んでくれた挙げ句に聞かせる話がこれなの?
信用出来る筈がない。
どうせまた掌で転がして嘲笑おうとしているのだろう。
無性に腹が立った私は二人の会話に割り込む。
「随分と杜撰な作り話ね?
もしかしてこれまでやった事は自分とは関係ないって言いたいの?
今更、自分が仕出かした悪事に怖くなったって訳?」
「いえ、私はただ"自らの意志で実行していた訳ではない"という、
"前提"をお伝えしたかったのです。
私は社長の計画を止めて、この世界の人々を解放したいと思っており、
佐藤様に行なった数々の過ちも……私は片時も忘れた事はありません。
償えとおっしゃるのであれば、直ぐにでも命を絶つ所存です」
そう語ったカスミの表情は冷静そのものだったが、
それでいて覚悟を持っているようにも見えた。
顔付きから演技で言っているようには見えないが……実に受け入れ難い話だ。
私達に都合が良過ぎる話だし、
今までこいつらがやってきた事からすると、
物凄く胡散臭い動機にしか聞こえない。
そもそも今まで散々やってきた事は全部社長の独断だったなんて言われても、
運営の一員であるこいつを許せる訳がない。
今まで受けてきた数多くの仕打ちを思うと、
私には彼女の姿が責任逃れをしようとしている様にしか見えなかった。
「……で、その話を信じろって?」
「無理があるのは重々理解しております。
なので、信じる必要は御座いません。
私の身の上話など、もとよりどうでも良い事。
重要なものはこれよりご説明させて頂く事です。
どうか、私の話を聞いて下さい」
「…………」
いけしゃあしゃあと耳障りな言葉ばかり。
この女は人の情緒というものを知らないの?
今更、こんな話を聞いたら私がどう思うとか、何も考えないの?
「マチコさん……無理はしなくて大丈夫ですから、
話を聞きたくないのであれば……」
「……ううん、大丈夫よ。じゃあ、さっさと話して」
「有難う御座います。それでは最初に一つ確認させて頂きたいのですが、
佐藤様は私が〈成長玉〉を変化させた方法をご覧になられて、
変化させる"やり方"を理解する事は出来ましたでしょうか?」
「はぁ? あんなの一回だけ見せられた所で、理解出来る訳……」
────いや、もしかして……?
「……あんた、〈成長玉〉はまだ持ってる?」
「はい。こちらに」
「え、まさか……マチコさん……?」
感じ取った予感を確かめる為、
私はカスミが先程見せた通り、〈成長玉〉を掌に乗せて目を閉じる。
"飛風"を使った時の感覚を思い出しながら、〈成長玉〉に意識を集中する。
そうする事で身体の中から湧き上がってくる"何か"と、
〈成長玉〉の中にある"何か"が交わっていく。
そして、〈成長玉〉が崩れていき、黒い煙へと変わった。
「…………っ!?」
「……まさか」
次は黒い煙に意識を集中する。
空気中を漂う黒い煙へと、自分の中にある"何か"が這い出て、結合していく。
結合させた黒い煙に、ぼんやりと自分の手足の一部のような感覚を覚えた後、
私は黒い煙を操って収束させる。
やがて、黒い煙は完全に球体へと形を変えた。
「…………出来た」
「……うっそぉ……」
「これは、驚いたな……」
やり方なんて分からなかった筈だったのに、こんなにも簡単に……。
自分でやった事の筈なのに、他人事のように感じる。
まるで魔法使いにでもなった気分だ。
「…………やはり、貴方こそが……」