第112話 しかし、滞在時間が長いですね
「…………"めいそ"って、何?」
「ご説明致します。命素とは命の素と書いて"命素"と呼びます。
その意味は命の源。あらゆる事象、物体、生物の土台です。
人間で言うのであれば、一個体の身体を構成する
血肉や骨を形作る為に必要となる根源的な要素であり、
ありとあらゆる元素や原子の元となる物質です。
この世界の人々はこの物質の事を全く認知しておりませんが、
命素さえ操作出来るようになれば、この様に──」
言葉を区切ったカスミが自分の胸の前で、両手を円をつくる。
すると、両の掌の中へ青白い雷がバチバチと集まっていき、
集まった雷は球体になるように凝縮されていき、その形となって固まった。
「────人智を超えた力を行使する事が出来ます」
雷で創られた球体は、まるでガラス玉のような見た目をしていた。
分厚く青白いその中に、激しく脈動して蠢く雷が閉じ込められている。
凝縮されて固まらされた、異形の球体。
そんな代物が目の前で出来上がった事に、私は唖然としてしまう。
けれど、本当に驚くべきはその前にカスミが言った事だ。
彼女はその命素という物質を操って、
こんな非現実的な物体を創り出したと言っていた。
それは、今までの運営がガチャアイテムを
生み出してこれた秘訣なのではないのか?
まるで"魔法"のような力を運営が行使させ、様々なアイテムを生み出し、
様々な現実離れしている事象をこれまで起こしてこれた理由が、
たった今……軽々しくも明かされたという事ではないのだろうか?
──一体、どうして私達に話した?
この話が本当であれば、
命素というのは運営を"運営"足らしめた究極のダークマターだ。
そんな物を自分達だけで独占しているのであれば、
私達には内緒にして置いた方が、色々と都合が良い筈。
カスミがこれを語った理由は……何なんだ?
私は不可解な行動を取ってきたカスミに、少し慄きながらも口を開く。
「…………言って良かったの? それ?」
「はい。これからご説明させて頂く内容では、
必要な前提知識となりますので、予めお話させて貰いました。
その知識を踏まえて申し上げます、佐藤様。
貴方があの御方の試練にて使用した技──"飛風"は、
佐藤様ご自身の命素を使用して発現させるものなのです」
「……!? そんな危ない事してたの私!?」
あれは私の中の命素──"自分を構成する要素"を
削って使用していたものだったって事!?
そんな自傷行為に等しい事をしてたなんて……私はよく無事だったな……。
「いえ、本来であれば危険性は限りなく低いものです。
原理として生物が保有する命素は時間が経てば自然回復するもので、
一定のラインまでは使用し続けても全く問題ございません。
当然ながら無理に使用すれば危険となりますが、
飛風による命素の使用量は〈灯り石〉によって
一定値になるように管理されており、
本来であれば危険な数値分の消費をするより前に、
使用不可となるセーフティが掛かる仕組みとなっておりましたので」
しかし、カスミはそう解釈した私の思考を読んだのか、直ぐに否定してくる。
だったら脅かすような言い方しなくても良いのに……
そう思ったが、カスミは更に否定するように話を続けた。
「しかしながら、飛風を使っていく内に、
佐藤様はご自分で命素をコントロール出来るようになっていき、
最後には〈灯り石〉のセーフティを無意識化に
"外して"使用出来るようになっておられたのです。
試練の終了時までセーフティを解除して飛風を使い続けた
佐藤様の命素量は、危険な段階まで消費されておりました。
一週間もの間佐藤様が目覚めなかったのは、それが主な原因となります。
勿論、肉体の損傷や〈成長玉〉の過剰使用も要因ではごさいますが」
「…………まさか、私が試練の時に合言葉を言わないで
"飛風"が使えたのも、自分で命素を操れるようになってたからなの?」
「はい。佐藤様は"飛風"を発動する際に
動かしていた命素の動きを無意識ながらに理解され、
強い意志を行使して利用出来るようになったのだと思われます。
その為、発声せずとも"飛風"を使う事が出来たのでしょう」
まさか、そんな事をやっていたとは……自分では全く気付かなかった。
でも、いざ言われてみると──
まぁ、そうなんだろうなと不思議と納得出来てしまった。
これも"なんとか当たり"によって身に着けてしまった
"知識"が原因だったりするんだろうか……。
「この世界の人々が自分で命素を操れる様になる事は、
本来であれば有り得ない事です。
弊社はガチャアイテムを皆様に提供する事によって、
命素を操作する技術を身に着けられない様に促しておりましたので。
ですが、佐藤様は類稀なる才能により、
その技術を身に着けられました。弊社は……それを恐れているのです」
「えっ……?」
自分達の弱点を晒すかのような発言をしたカスミは、
私の動揺を気に留めようともせず、続けてこう言った。
「佐藤様。その才能を無くさず開花させる為に、
どうか……これから私が行う事を、よく見ていて下さい」
何処か様子が変わったカスミが懐から取り出したのは〈成長玉〉だった。
カスミはその〈成長玉〉を普通に使用するのではなく、
〈成長玉〉を掌の上に乗せ目を閉じた。
それから暫くすると、〈成長玉〉がボロボロと崩れていき、
徐々に黒い煙へと変わっていった。
黒い煙はモンスターを倒した時に出てくる時の、あの煙によく似ている。
やがてスーパーボールの様な見た目だった〈成長玉〉は、
完全に黒い煙と化した。
そして、カスミが目を開くと、その煙は彼女の掌に集まっていき、
黒い煙は改めて球体へと生まれ変わった。
大きさは全く同じではあるが、
見た目が黒く濁った見た目になった"それ"を、
カスミは自分の胸へと押し当てる。
すると、黒い玉はカスミの身体へと吸い込まれていった。
そこまでやって全ての工程が終わった様で、
カスミはふぅ……と一息つく。これは何をしていたんだろう……?
「えっと……さっきのは?」
「先程行ったのは、〈成長玉〉に込められた"身体調整機能の取り除き"です。
〈成長玉〉はその玉に込められた命素分、
我々が定めた各パラメータ毎に使用者を成長させられるものですが、
それと同時に使用者の意思で成長出来ないように
制限をかける為のアイテムでもあるのです」
「──っ!?」
「は……!? な、何よそれ!?」
またとんでもない情報が飛び出してきた。
それは、例えるなら〈成長玉〉には
運営の奴隷となる為の首輪の役割があったという事だ。
これは明らかに私達に伝えては不味い情報だろう。
何を狙ってカスミは私達にこんな情報を渡すんだ……!?
「〈成長玉〉により身体能力調整を行ってきた理由はいくつもあります。
人間一人ひとりの命素保留量には差があるのですが、
〈成長玉〉による成長方法であればパラメータとして
身体能力が確認出来るので効率的な管理がしやすく、
弊社にとって理想的な戦士を造りやすいという利点があります。
また〈成長玉〉の中には使用者の精神を操る為の術式も込められており、
摂取すればする程にその術式は強固なものとなり、
少しずつ戦う事への拒否感を無くしていき、
いずれは戦いを楽しめるようになっていきます。
つまり、〈成長玉〉とは弊社にとって
都合の良い"駒"を作る為のアイテムなのです」
カスミは矢継ぎ早にそう説明した後、深く息を吐き出した。
そして、意を決したように告げてくる。
「しかし、仕込まれた術式を破壊すれば、
〈成長玉〉は文字通りステータスを成長させる為だけの道具となり、
運営に縛られず自由に行動する事が可能になります。
佐藤様──どうか、自由になって下さい。
それが、私が今日貴方へ伝えたかった事。
私自身の……"カスミ"としての望みです」
「は、はぁあっ!!? 何を言って……!?」
「…………」
今日、この日以上に私は自分の耳を疑った事はない。
自由になって欲しいだの、私個人の望みだの、
あの運営のスタッフから出てきた発言とは到底思えない人情に満ちた言葉だ。
その言葉が靴底で踏んだガムのようにベットリと、私の心に貼り付いてくる。
────気持ち悪い。
何を企んで唐突にそんな事をいうんだ?
信じて貰おうとして言っているなら虫が良すぎるし、
今更無理だって事くらい分からないの?
酷い嫌悪感が胸で渦巻く。
私はその暗い感情に従ってカスミに嫌味でも言ってやろうとする──
が、その前に状況を見守っていたソラちゃんが口を開いた。
「貴方、そんな事を言って平気なんですか?
この会話は運営によって傍受されてると
わたしは考えていたのですが、それは防いでいるとでも?」
「……はい。この日の為に、
私は弊社の監視を潜り抜ける為にあらゆる手段を用意しました。
例えばこの病室には"隔離空間"という、
外界と隔絶する為の結界のようなものを施しております。
効果は会話内容の隠蔽と工作。
監視映像への誤認誘導等となっておりますので、
この空間では盗聴や盗視の心配は必要ございません。ご安心下さいませ」
「全く信用出来ませんね。大言壮語も甚だしいです。
貴方一人だけ立ち向かえる程、
"運営"というのは小さい力しかないんですか?
普通そうは思えませんよね? はっきり言います。
今貴方がやっている事は運営の計画の一環でしかない。そうでしょう?」
「……信用して頂けないのも無理はありません。
ですが、どうか話だけでも聞いてくれませんか?」
「えぇ、是非。存分に話して下さい」
「……はいっ?」
「えぇっ!?」
断固拒否するであろうと思っていた私、それとカスミも驚いて声を上げた。
そこは話聞いてあげるんだ!?
しかし、ソラちゃんはわざとらしく意地悪そうに笑ってこう続けた。
「その分、ボロが出るのを楽しみにしてますからね?」
「…………有難う御座います」
……やっぱり敵には容赦ないなぁ。