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第110話 英雄には相応しい報酬を


────知らない天井だ。


こんな台詞を自分が言う……いや、思う側になると、

なんとも言えない悲しさと虚しさが込み上げてくる。

そんな状況にいなくてはならなかった事を、

否が応でも教えられている気がするからだ。


溜め息をつき、天井から目を離して辺りを見渡す。

どうやらここは何処かの病院の一室のようだ。

個室となっている病室の様で、六畳程度の広さしかなく、

私が寝てるベット以外はテレビと小さい冷蔵庫が

一緒になっている戸棚があるだけだ。


部屋の中には私の他に誰もいない。

間の悪いことに誰もいない時に目が覚めたらしい。

まぁそういう事もあるだろうと私は特に気にせず、

自分の身体が動かせるかどうかを確かめてみる。


──よし、手は動かせる。腕も上げれる。


続いて上体を起こしてみて、

色々と動かしてみるがどの動きも問題ないものだった。

若干のぎこちなさはあるが、痛みもないし違和感もない。

上半身は回復したと言っていいだろう。


…………ただ、問題は脚だ。


デュラハンを抑え込んで、

ズタボロになってしまっていた私の片足は……

今、どうなってるんだろうか。


まさか、無くなってたりするのかな……?

一応、あの時には無くなる事になる覚悟はしていた。

ただ、こうして全部終わって向き合うとなると、

少し……いや、かなり二の足を踏んでしまう。


しかし、現実を見ないまま、これからの日常を過ごす事など出来ない。

一呼吸おいて、私はゴクリと喉を鳴らしながら

脚が隠されている布団を手で掴み、今一度覚悟を決める。

そして、私は目を閉じながらも勢いよく布団を捲った。


「───ええぃ!」


恐る恐る目を少しずつ開けていくと、

そこには戦う前と全く同じ姿をしたピカピカの脚があった。

どこも怪我はしてないし、骨も見えてない。

しっかりと自分の意志で動かせる、私の足がちゃんとそこにはあった。


「はぁあ……良かったぁ……」


その事に心底ほっとして、脚に触れながら深い溜め息をつく。

あの状況で何で無事なんだとは思うけど、

まぁいつもの如く運営がどうにかしたのだろう。

それか通りすがりの誰かが〈回復薬〉を

たっぷり使ってくれたとか……いや、これは高望みか。

というか、そもそも誰も傷付かないように、

東京ドームにモンスターを集めて全滅させた訳だし、

あそこに誰かが入ってきていたら本末転倒だ。運営で間違いないだろう。


「……感謝……するべきかな?」


両手を頭において身体をベットに倒しながら、私はそう呟く。


治してくれたのは有り難いとは思うけど、

ここまでの事は全部あいつらが招いて、私が尻拭いをしただけだ。

まぁ、東京ドームの一件は巻き込まれにいっちゃったけど、

あれだって私が立候補しなければ大勢の人が亡くなっていた筈だ。

だったら、当然の施しを受けたと言っていい。

寧ろもっとサービスして貰って然るべきだ。


例えばそう──東京ドームの修理費も負担してくれるべきだ。

ドームを壊滅させた事によって起きるであろう、

色々と面倒な手続きも全部運営がやるべきだ、うん。私は悪くない。


…………そうだ、あれからどうなったんだろう?


ドームにいたモンスターは何とか全滅させたから、

無事に試練は終わったとは思うけど……

一先ずはソラちゃんと真人さんの無事を確かめないと。


二人と連絡する為に、私は病室で自分のスマホを探す。

現在、私はスーツは着ておらず、

誰かが着せたと思われる病衣を着てる状態だ。

なので、スマホが入ってる筈の

自分のスーツを探していたのだが……

そのスーツがどこにも見当たらない。


というより、この病室には私の私物が何も無かった。

スマホもバックもなければ、

カスミから受け取ったジェラルミンケースもない。

全部東京ドームに置きっぱなしになってしまったんだろうか?


「いや、マジで困るんだけど……? 財布もバックに入ってるし……」


変な気遣いは沢山出来るのに、

こんな初歩的な気遣いすらしてくれないのかあの運営は。


これからどうしろっていうのよ?

とにかく情報が欲しいと思い、

私はナースコールを鳴らして看護師さんを呼ぼうと子機を探す。


しかし、それすらもこの病室には存在しなかった。

スイッチどころか、コードすら見当たらない。

テレビのコードはあるのに、

肝心のナースコールがないなんて……悪い冗談が過ぎる。


「何の嫌がらせ? ったく……どうなってるの?」


こうなったら直接聞きに行こう。

そう考えて私はベットから起き上がり、

部屋から出ようと病室のドアに手をかけた……が、

その同じタイミングでドアが独りでに開いた。


「……えっ」


そして、ドアの向こうにいたのはソラちゃんと真人さんだった。



あの時の様に何処も怪我はしていない姿。

けれどあの時とは違うのは、

しっかりと私の目の前で生きてくれている事だった。



「────マチコさんっ!!!」

「真知子殿!! 無事だったか!! ……あっ」


ソラちゃんは私の顔を見た瞬間に破顔して、私に抱き着いてくる。

ソラちゃんがそうする前に、

真人さんは私の肩に手を置こうとしてくれていたけど、

ソラちゃんが先に抱き着いたので、出来なかったみたいだ。


「マチコさん……マチコさんっ……。

 無事で……良かった。うぅ……良かったよぉ……」


それから私を強く抱き締めながら、ソラちゃんは泣き始めてしまった。

この様子だと凄く心配させてしまったみたいだ。

あの時には詳しい話は出来てなかったし……

あんな相談しちゃったら、そりゃ心配するよね……。


「……ごめんね、ソラちゃん。心配させて。

 でも、私はこの通り無事だから。安心して? ね?」

「うっ、うっ……イヤです……まだ安心出来ません。

 安心して欲しいなら、私を抱き締めて下さいよぉ……」

「えぇ? うん、分かったわ。ほら……これで大丈夫?」


そう言いながら私はソラちゃんを優しく抱きしめ返した。

こうしていると、ソラちゃんの体温と柔らかな感触が私へと伝わってくる。

あの惨憺たる結末は無くなり、未来が変わったのだと、確かに感じられる。


あぁ、本当に良かった。

私の努力は……報われたんだ────


「うぅ~、もっと、強くお願いします……」

「ふふっ、ごめんね。今のステータスで

 強く抱き締めると大変な事になると思うから、また今度でいい?」

「え"っ……あっ。す、すいません、気を遣わせてしまって……」


私の言葉を聞いたソラちゃんはそそくさと私から離れてしまった。

自分から言っておいて何だけど、もう少しくっついて欲しかったなぁ……。


いや、また後でやって貰えばいい。

そんな楽しみの為に、私は頑張ったのだから。


「……あ、マチコさん。泣いて……?」

「えっ? あ、あれ? ……ホントだ」


いつの間にか私は泣いてしまっていた様だ。

零れた涙を指で拭き取り、涙を流してしまった事を私は笑って誤魔化す。


「あはは、ちょっと喜びすぎちゃったみたい。

 ごめんごめん、気にしないで?」

「…………マチコさん。お話してくれますよね?

 あの時、私が聞けたのは戦場の概要だけで、

 何故マチコさんがこうして病院送りに

 なってしまったのかは聞けていません。

 事情を詳しく、聞かせて貰えますか?」

「そうだな。色々と謎だらけだ。

 起きてすぐで申し訳ないが、お前が知っている事を聞かせてくれ」

「……あぁー。そう、ね……」


そこまで言われて私は初めて気付く。


自分がやった事を正直に説明したら、

二人から絶対に怒られそうだな、と。


……どうしよう、何か上手い言い訳はないかな?

でも、ソラちゃんにそうした所で意味なさそうだし……うーん。


「? マチコさん、どうしました?」

「えっ!? い、いや、うん、そうね! 話をしないとね? 

 じ、じゃあ、何処から話そうかな~?

 色々とあったから悩んじゃうなぁ~?」

「いえ、お手間を掛けて頂く必要はございません」

「!? この声……!」

「こ、この人いつの間に……?」


聞き覚えのある声がした方を見ると、

そこには運営のスタッフであるカスミ=ヤツシロが現れていた。

カスミは無表情に私達へ、深々と礼をしてから話を続ける。


「御二方には私から詳細をご説明させて頂きます。

 しかし、先ずはご挨拶と御礼を。

 笠羽絵美様、真人様。私はカスミ=ヤツシロと申します。

 とうぞ宜しくお願い致します。

 また、佐藤真知子様。我々の不手際によって起きた事へのご尽力、

 この度は誠に有難うごさいました」


綺麗に頭を下げながらカスミがそこまで私達に言った後、

両手で抱えていたものを私に差し出してくる。


「此度の返礼の品と致しまして、

 弊社一同よりこちらをご用意致しました。どうぞお納め下さい」


そうして渡されたのは宝箱だった。

第二イベントの時に潜ったダンジョンで度々開いていた宝箱よりも、

もっと豪華で細やかな装飾が施されていて、

射幸心を煽ってくるデザインだった。


「……いや、なんで返礼の品が宝箱に入ってんの?」

「こいつ殴っていいですよマチコさん。

 それか窓から放り投げましょう。どうせ死なないですよ」

「完全に人を舐めてるな。はぁ……やはり、

 前の主人は化け物の俺よりも人間の気持ちがわからんのだな……」

「申し訳ございません。弊社の配慮が足りず、

 佐藤様を含め、御三方に不快な思いをさせてしまいました。

 以後、この様な事が無い様ご留意致します」


私達からそうやって批判を浴びると分かっていたかのように、

カスミは機械的に定型文を返してまた頭を下げてきた。

その態度に私はイラッときたが、

カスミの下げた顔が苦しそうにしているのが、ふと気になった。


「……ねぇ、もしかしてこの宝箱って、

 上の命令で仕方なく用意した物だったりする?」

「……いえ、こちらは弊社一同が謝罪の意を込めて、

 ご用意させて頂いた品となります。

 不快な思いをさせてしまい、重ね重ねお詫び致します」

「誤魔化さないでくれる?

 これはあんたがやりたくてやった事じゃない。そうよね?」

「…………申し訳ございません。

 その質問に私からお答えする事は出来ません」


カスミはより一層眉を顰めながら、私の質問にそう答えた。

はっきりと答えたいが、立場上言う事は

絶対に出来ないと有り有りと察せられる表情だった。


「そう……。カスミって言ったわよね?

 一つ、言っておいてあげる。

 一度しか言わないから、よく聞いておいてよね」

「……? はい。拝聴します」

「……あんたのお陰で色々と助かったわ。ありがとね」

「──!!!」


この感謝の言葉に大した意味はないし、

別に運営の一人であるこの女を許した訳でもない。


ただ、色々と道具を無償で貰い、彼女も私のように

運営に振り回されているのかもしれないと思って、

ほんの少し……そう、本当に少しだけ同情しただけだ。

それで雀の涙程度には気が晴れたから、

その分くらいは優しくしてやろうと思って、

気まぐれに言っただけの言葉だった。


けれど、その言葉は彼女にとって……非常に意味のあるものだったようで、

カスミはどうしてか、私達の前で大粒の涙を流し始めた。



「…………身に余る、光栄でございます……」



────この時に彼女が流した涙の意味を知ったのは、本当に後になっての事だった。




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