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第100話 あれ、間違えた?

【????】



「────一体どういうおつもりですか?」


「あれ? 来るとは思ってたけど、そこまで怒る事だった?

 君のそんな顔始めて見たよ」


「当然です。これは貴方様と結んだ契約を反故にするに等しい行為なのですから。

 その御蔭で、苦労して育てた人材が数千単位で再起不能となってしまいました。

 これは全て、貴方様の責任なのですよ?」


「……え? い、いやいや、君達がご執心のあの個体は勿論、

 上位個体も全員生きてるじゃないか? 

 あれらが強くすれば君たちの計画も上手くいくって聞いてたから、

 計画を早めて上げようと思って僕も手間を掛けてあげたんじゃないか。 

 ほら、見なよ。僕の計画通りにあの個体は

 ドーム内に送った魔物達を綺麗に全部片付けた。

 きっと"命素"も豊潤に取り入れられた事だろう。

 これは充分な成果じゃないのかな?」


「いいえ。確かに肉体的な強化は見込めましたが、

 その結果、彼女の精神は深刻なまでに削られ、

 更に多くの者が立ち上がれなくなってしまいました。

 ただでさえ彼女達には無理をさせていたのです。

 このままでは計画そのものが破綻する恐れがあります」


「えっ!? そ、そこまで人間は脆い生き物なのか!? 

 住むところが無くなって同族がほんの少し死んだだけじゃないか!?

 住めるところなんてまだいくらでもあるし、

 そもそも人間は何十億と個体がいるのに、たかが数十万くらい……」


「その程度の知識も無いまま、勝手に計画に変更しないで頂きたい。

 人間は……いえ、生物というのは、

 たった一つの命すら酷く大事に思うものなのです。

 決して貴方のように数字で物事を捉える事など有り得ない」


「…………そういうものなのか」


「それに、貴方様が世界中に魔物をばら撒いた為、

 私達はその対応に追われ、彼女達の"身の回り"の安全を確保出来ませんでした。

 なので……本当に取り返しがつかない事態になりましたよ。

 これも全て貴方様の責任です」


「……悪かったよ。それで、これからどうすればいいのさ?」


「…………正直な所、ここから挽回はかなり厳しいです。

 私達が出来る事と言えば、これ以上の被害を無くす事だけ。

 後の事は、"彼女"次第です」


「うーん……でも、あの人間は君の思い通りに動くんだよね?

 なら、大丈夫なんじゃないの?」


「貴方様の言う通り、彼女は現在まで私の思い通りに動いてきました。

 ですが、それは私が誘導しているだけで、

 理想通りに動いてくれているのは、他ならぬ彼女自身の意志によるものなのです。

 今回は……いや、もしかしたら……いえ、やはり理想が高過ぎます。

 下手な希望は持たない方がよろしいかと。

 では■■様、後始末をお願い致します。宜しいですね?」


「……仕方ないね、分かったよ。はぁ、人間は複雑だなぁ……」







血で濡れた瓦礫の中で見知った人が動かなくなっている。

その現実離れした光景は私の思考を真っ白にして、酷く目を見開かせてくる。


彼がいつも着ていたあの全身タイツは無惨に破れ、

身体の至る所に数え切れない痣や傷があり、

頭を覆っているマスクは右半分が砕けている。

その砕けたマスクの中には彼の、猛原くんの、

生気を失った目があって……明らかに死んでいると分かる。


どうして、猛原くんはここにいたの?

彼は目の前で襲われてる人を無視して避難するような性格じゃなかった。

ましてや報奨金なんて欲しがる事も無かった筈なのに……。


────違う、そうじゃない。


きっと猛原くんは他の人を助けにここに来たんだ。

襲撃にあったと聞いて、そこの人達を助けようとして彼はここにやってきた。

ここで猛原くんは勇敢に命をかけて戦い、

そして……力及ばず死んでしまったのだろう。


「──私の、せい?」


私があの時、彼に諦めないようにと言ったから……

猛原くんは人助けをしようとここに来た?

自分を変えようと前に進む為に、

猛原くんはここで人を救おうとして命を落とした?

だとしたらそれは……私の言葉に感化されたからって事?


私があの時、彼に力になると言わずに、

情け容赦無く夢を諦めるように言っていたら、

猛原くんが死ぬ事も無かったのでは──?


「……うっ……ぉええ……」


そこまで考えた時、私の中から強烈な吐き気が込み上げてきて、

立っていられなくなってしまう。


違う、違う……そんなつもりじゃなかった。


寧ろこんな最期にさせたくなかったから、私は彼を鍛えようとした。

なのに、彼が活躍したくなる機会を無理矢理与えてきた奴らが悪いんだ。私のせいじゃない。


私のせいじゃない、私のせいじゃ────


「はぁっ、はぁっ……」


責任から逃れようと、私のせいじゃないと繰り返して否定する。

否定し続けている最中、暗くなった彼の目が私に向けられた気がした。


その目が、私に暗に告げてくる。



『お前のせいで』



「あ、あぁあああああ!!!」


私は彼の目から逃げる為に、

震えて崩れそうになる脚を必死に動かし続ける。

息を切らしながら早くここから離れようと、

がむしゃらに走り続け、気付いた時には彼が居たドームは遠く離れていた。

離れた事に気付いて脚を止めると、その途端に脚に力が入らなくなって、

私は膝から崩れ落ちてしまう。


「うっ……ぁあぁああ……!」


私から勝手に涙と声が溢れてくる。

手で顔を覆うようにしてそれを抑えようとしたが、

一向に収まりそうになくて、私は自分の身勝手な感情のままに泣き続けた。


──逃げてきてしまった。


あそこから逃げても、罪悪感から逃れる事は出来ない。

彼を死なせてしまった事からは逃げられない。

なのに、私は……目の前の現実に怯えて逃げてしまった。


現実を見るのが怖くて、

自分が止めれた悲劇を見るのが嫌で、

私は彼から逃げ出してしまった。


「ごめん……ごめん……猛原くん……ごめんね……」


もう届く筈のない謝罪が、私の口から弱々しく垂れ流されていく。

彼に言っているのか、自分を慰める為に言っているのか、

分からないままに言葉が溢れて止まらない。

そうしてぐちゃぐちゃになった心では立ち上がる事が出来なくなり、

私はその場で泣き続けてしまった──







──それから、どれくらい経ったのか分からない。


ふと、気付けば周囲から断末魔は上がらなくなっていて、

建物が破壊される音もしなくなっていた。


辺りを見渡せば、雑草のように何処かしらに

湧いて出ていた筈の魔物達は皆嘘のように消えていて、

モンスターに襲われている人もいなくなっていた。

瓦礫と化した建物や人の遺体が散見する事をもし除いていいのなら、

平和になったと言える状況だ。


モンスターは多分、運営が片付けたんだろう。

自分達がやった事にしろ、やられた事にしろ、

この地獄を収束出来るなんて……はは、流石だなぁ。


「お父さん!! お父さん!! しっかりして!!!」

「だ、誰か手伝って下さい!!

 妻が……ここで下敷きになって……誰かぁっ!!?」

「嫌! 起きてよ、起きて……! 嫌ぁああああ!!」


「…………は、ははは……」



────もう、何も考えたくない。



「…………ソラちゃんを……探さなくちゃ……」








ソラちゃんはあの場所から動いていなかった。


あれからかなりの時間が経っている筈なのに、そこから動いていない。

家までの道のりはもう何もない。

ただまっすぐにソラちゃんが待っている私の家へと帰った。


そこにある筈の笑顔をまた見たくて、

言う事を聞かない忌々しい身体を引き摺りながら、

やっとの思いで家へと帰り、漸くソラちゃんと真人さんの姿が見る事が出来た。


でも、二人は何故か、地面に横たわっていた。

両手を胸の前で組んでいて微動だにしない二人。

その二人を前にして、知らない人が屈んで静かに手を合わせている。


高級そうなスーツを着て、現実離れした美貌と

青みがかった銀色の長い髪をたなびかせた麗人。

その人が私が近付いてきた事に気付いて祈りを止め、

立ち上がって、深く頭を下げた。


「…………お待ちしておりました。佐藤真知子様」


上げた顔は何処となく疲れている様に見える。

髪が若干ボサボサで目には深いクマが出来ているから、

実際そうなのかもしれない。

その人が私を見つめながらゆっくりと口を開き、

再び深く頭を下げて言った。



「この度は私共の不手際で、

 笠羽絵美様と真人様の尊い命を奪う形になってしまい、

 申し訳ございませんでした」



どこか遠くから、そんな声が聞こえた気がした。



「────ガチャ運営のスタッフ、よね?」

「はい。その通りでございます」


それを聞いた瞬間、私は目の前の女の胸ぐらを掴んで押し倒した。


押し倒された女は感情が欠如してるかのように、

なすがままに私に馬乗りにされる。


ついさっき言われた言葉が、何度も何度も頭の中で反芻される。

その意味を、限りなく無視する様に心掛けながら、

私は腕を振りかぶって彼女に問いかける。


「さっき言った事、嘘よね? ねぇ、そうよね?」

「申し訳ございません。真実です」


私は女の真横にある地面を全力で殴りつけた。

凄まじい音と共に地面は大きくひび割れ、女の髪を激しく揺らす。

けれど女は少しも顔を変えなかった。

機械じみた顔つきのまま、真っ直ぐに私を見据えている。

それが凄く……イライラする。


私はまた腕を振り上げる。

自分の指から流れる血が、女の顔にポタポタと落ちていくのを、

無感情に眺めながら私はもう一度問いかける。


「嘘なんでしょ? …………訂正して」

「重ね重ね、申し訳ございません。

 真実を捻じ曲げてお伝えする事は、私には出来ません」

「──っ!!!」


一度たりとも聞きたくない言葉がまた繰り返された。

私は何度も女の顔に当たるスレスレを狙って、地面を殴り続けた。

殴れる度に地面が揺れて、生じたひび割れがみるみる大きくなっていく。


それでも、女は少しも怯えなかった。

その落ち着き払っている態度が憎たらしくて仕方無い。

私は激しく歯を食い縛り、血だらけになった拳を構えて、

もう一度……もう一度問いかける。


「訂正……しろ……!!!」

「────申し訳ございません。出来ません」

「!!! お……まえぇ…………!!!」


力強く歯を食い縛り過ぎて、口から血が流れてくる。


握りしめている拳をそのまま叩きつけてやりたい。

でも、そうしてしまったら私は認める事になってしまう。


ソラちゃんが、真人さんがずっと動かない理由を。

この女が手を合わせていた理由を。

私がこうして暴れても二人が目覚めない理由を。


否が応でも私は…………認める事になる。


「ふぅー……ふぅー……」


側にいる二人に視線がいきそうになるのを精一杯堪えて、

今度は間違いだったと言わせる為に女の胸ぐらを掴み、再度問いかけようとする。


けれど何故か、言葉が続かなかった。

同じ質問を繰り返そうとしても、口が閉じて言葉が出てこない。


そして、どうしてか私は……関係のない質問をしてしまう。


「……あ、んたなら……あんた達なら……

 人を生き返らせる事が出来る筈よね? 何か、方法があるのよね?

 だって、この腕時計を作ったのは、あんた達でしょ!?

 だったら!! 二人が死んでも生き返らせる事も出来るでしょ!!?

 ねぇ!! そうなんでしょっ!!!?」


自分の言った事なのに、その言葉は自分の心を抉る様に酷く傷つけてくる。

それでも、私はごく普通の……当たり前の事を聞いたつもりだった。

けれど、何故か……女はゆっくりと首を横に振った。


「申し訳ございません。弊社では二人を生き返らせる事は出来ません」

「…………は?」

「佐藤様がお着けになられているその"時計"は、

 正確には生き返れる効果がある訳ではなく、

 佐藤様を軸として時間の逆行を行うものです。

 そして、私共に死者を蘇らせる技術はありません。

 つまり……お二人を、この場で生き返らせる事は私共には不可能です」

「何を……何を、言ってるの?」


ガタガタと身体が震えだす。

服にしがみついた手に力が入らなくなっていく。

理解しないようにと隅に追いやった現実が、

徐々に頭を支配していくのが分かった。


「嘘……嘘よ……あんた達なら……あんた達なら出来るでしょ!!? 

 今まで散々やってきた事じゃない!!!

 神様みたいな力で何とか出来るんでしょ!!? 悪い冗談言わないでよ!!!」


喉が張り裂けそうになる程に叫びながら、

私は目の前の女の胸ぐらを弱々しく握り締める。

滲んでいく女の顔を、どうにかまだ見ようと顔を上げながら、

私は望みを掛けて言葉を続ける。


「今更出来ないなんて、勝手な事言ってんじゃないわよ!!! 

 あんたらなら出来る筈でしょ!!? 出来ないなら……なんで……!! なんで!!!」


でも、話していく内に手には力が入らなくなり、

私は縋り付くかのように女を両腕で力無く叩いた。

その反動で私を弱々しく繋ぎ止めていた枷が外れ、

言わないようにと抑え続けてきた言葉が、するりと零れた。



「なんで、二人を殺したのよ……?」



─────私の問いに返事は無かった。


その沈黙の意味も知らないまま、

私は項垂れて涙を流して、漸くしっかりと二人を見た。


……死んでいる様には見えない、綺麗な死体だ。

血溜まりの中で死んでいる訳でもなく、

身体の何処にも傷跡はない。表情も穏やかなものだ。

きっとこの女によって、二人は状態を整えられたのだろう。

その明け透けな清潔さが、却って惨たらしくて……焼け爛れた様に胸が苦しくなる。


「返してよ……私の友達を……返して……」


女に振り返って独り言のようにそう呟きながら、

私は力無く女の胸を叩き続ける。

二人が苦しんだ分、こいつを痛がらせてやりたかった。

しかし、叩く手には力は入らない。

駄々をこねる子供のように、小さく腕を振り続ける事しか出来なかった。


そうしていたらベルトが緩んだのか、

腕から腕時計がするりと落ちた。

地面に落ちてカツンと音を響かせる様子を、私は呆けたままに眺めて──



「…………あぁ、そっか」



どうして、今まで思い付かなかったんだろう。


考えてみれば簡単な事だったのに、

なんで私はこんなに気付くのが遅いんだろう。

二人を生き返らせる……いや、救える方法は最初から、ここにあったのに。


「…………〈冠天羅〉」

「っ!!!」


私は"時計"を改めて腕に着けてから、〈冠天羅〉を呼び出す。

胸から飛び出してきた〈冠天羅〉を掴み、少しずつ鞘から抜いていった。


ソラちゃん。真人さん。猛原くん。

そして、私が見捨てた大勢の人々。

全員を救う方法は最初から用意されていたんだ。


どうしてこの女がそれを直接言わなかったのかは知らないけど、

そんな事はどうでもいい。

ただ私がやりたいのだから、やればいい。


抜き身の刃を自分の首に当て、片手を刃に添える。

私は深呼吸を繰り返して、皆を救う為の覚悟を決めていく。


脳裏に浮かぶのは皆が笑っている幸せの光景だ。

大丈夫、幻じゃない。これは未来だ。

終わる為の行動なんかじゃない。

前へと進む為の、生きる為の一歩を、これから踏み出す為のもの。



だからこれは"自殺"じゃない。

自分を、皆を生かす為の──"勇気"だ。



「ぁあああぁああぁあああああっ!!!」

「……勇者の……器」




そして、私は自分の首を切り落とした。




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