安堵するフランベーニュ
アリストの死によって終結したブリターニャと魔族の戦い。
フランベーニュが魔族軍の勝利の報に安堵のため息をついた側であったのは間違いないだろう。
なにしろ、必要だったとはいえ、アルサンス・ベルナードがあれだけの煽り文句をアリストに投げつけたのだ。
勇者が勝利した暁には相応の報復は免れなかったことだろうから。
むろんそれは当事者たちも十分に承知していた。
魔族軍の勝利とアリストの死を知ったときに、ベルナード本人は苦笑いしながら、魔族の軍の勝利を祝うように杯を掲げ、半ば押しつけられて王位に就いたフランベーニュの新王アーネスト・ロシュフォールも「こんな気持ちで結果を待つくらいなら自分が戦ったほうがまだマシだ」という言葉を口にして胸を撫でおろしていた。
だが、ロシュフォールも元は生粋の軍人。
本来持つ軍人の本質で言えば、圧倒的な力を持つ勇者とグワラニー軍が正面からぶつかればどうなるかという気持ちは抑えられなかったのも事実である。
まもなく勇者と魔族軍の最終決戦が始まるというところで開かれた今後のフランベーニュの対応について協議する会合。
本来、国の行く末を協議する場にもかかわらず、始まってまもなく話題がその戦いそのものへと移っていったのはその表れといえるだろう。
「……そもそも今回の戦いはどちらが有利なのでしょうか?」
その会議に発火装置付きの最高級の薪を投じたのは、実はアリストの抹殺リスト上位に名前が記されていたミュランジ城城主クロヴィス・リブルヌ。
むろん、それはその場にいる者全員の関心事項であり、話は一瞬でそちらへ傾き進んでいく。
そこでまず発言したのはベルナード。
「一応言っておけば、私がアリスト王子に送った挑発文は、あの小僧が勝つ前提というわけではない」
「簡単にいえば、アリスト王子の刃を魔族側に向けるために、戦いの最中には攻めないと約束しただけだ」
「つまり、実際に勝つのはアリスト王子だと?」
「……残念だが魔術師の数が一枚足りない」
ロシュフォールの問いにベルナードはそう呟く。
「我々もブリターニャとの戦いで十分にわかっただろう。勝利のカギは相手より優秀な魔術師の存在であり。同等の力であった場合にはその数が勝利に深く関わってくることを」
「魔族はひとり、勇者はふたり。そうなれば厳しいのは魔族。もっとも、小僧本人が最高位の魔術師三人と同等の力を持っているのであれば話は変わるのだが」
一同が頷く中、口を開いたのは宰相の地位にあるオートリーブ・エゲヴィーブだった。
「まず、前提であるグワラニー氏が魔術師かどうかだが、おそらく違うだろう」
「そうなると、ベルナード将軍の言うとおり、アリスト王子が圧倒的有利。そう思えるのだが、実はそうでもない」
「いや。ハッキリ言えば勝つのはグワラニー氏だろう」
「どういうことですか?つまり、グワラニーは数の不利を埋め、勝てる秘策を用意しているということですか?」
驚いたリブルヌの問いにエゲヴィーブは薄く笑ってこう応じる。
「そう難しいことはない。というより、我々自身それを体験しているだろう」
「おそらくあれはグワラニー氏による我々を使った実験だったのだろう。その結果で確信を深めたグワラニー氏はその手を使って勇者を仕留めるつもりだろう」
「いったい何を言っているのか私にはわからない。宰相。もう少しわかりやすく説明してくれ」
ロシュフォールからの言葉にエゲヴィーブは小さく頷く。
「それこそブリターニャに我々が圧勝した要因。そして、あれこそがグワラニー氏が対勇者用に用意している必殺の策だ」
「そして、その核になるものは……」
その言葉とともに全員が前のめりになる。
その様子を十分に楽しんだところでエゲヴィーブはゆっくりと口を開く。
「二度にわたるブリターニャ軍との戦いで我々が圧勝できたのは、最初の攻撃で敵の魔術師を狩ったからだ」
「だが、相手の魔術師だって馬鹿ではない。当然防御魔法を展開している。いや……」
「通常は双方が全力で防御魔法を展開し、魔術師はその中から攻撃魔法を放つ。そうなれば、自身の防御魔法で攻撃魔法は大幅に減衰する。だから、攻撃は届かない。その状態で攻撃が可能なのは、この世界で三人」
「当然私もその状態で攻撃をおこなえば、ブリターニャ軍の防御魔法を突破することはできなかった。たとえ、相手の魔術師より数段上であっても」
「だが、自身が防御魔法を纏わなければどうなるか?」
「言うまでもない。自身の力が相手を上回りさえすれば相手の防御魔法を突破し攻撃できる。すなわち、敵魔術師を狩り取ることができるわけだ。ただし、逆に攻撃されればひとたまりもないのだが」
「つまり、魔力を消し相手に察知されずに隠れたうえで、相手を全力で攻撃する。こうであれば、敵を殲滅できる」
「グワラニー氏はその策を我々に伝授し、それによって我々は勝利したわけなのだが、それとともに、グワラニー氏は試したわけだ。実際にこの策が実戦で通用するかを」
「そして、おそらく我々の勝利で使えると確信したグワラニー氏はその策で勇者に挑む」
「私の見立てではグワラニー氏の隣にいる少女はこの世界最高の魔術師。もちろんアリスト王子やフィラリオ家の令嬢も含めても」
「成功すればアリスト王子は確実に仕留められるというわけだ」
エゲヴィーブはそこで一度言葉を切り、全員を見回す。
「ただし、今回ばかりはグワラニー氏の部隊も相当被害が出るはずだ」
「半数は失う。特に魔術師は相当やられるはずだ」
「勇者一行と戦うのだ。それくらいの損害は覚悟しなければならないし、場合によっては味方を勇者の餌として差し出す。それくらいの気持ちがなければならない」
「まあ、その程度のことはグワラニー氏もわかっているだろうし、彼の部下たちならその役を買って出るかもしれない」
そう。
エゲヴィーブは、あくまで正面からぶつかった場合を想定しており、クアムートでの最後の打ち合わせでまさにエゲヴィーブが口にした戦い方を示したグワラニーも戦いに臨んだ者のうち相当数が家族のもとには帰れないと踏んでいた。
特に魔術師はふたりの魔術師の居場所をあきらかにするための囮になるため、半数どころか魔術師長アンガス・コルペリーアを含むほぼ全員が消えることもあり得るとしていた。
そして、実際に両者はぶつかればその想定数と変わらぬ被害が出たことはほぼ間違いないと思われる。
だが、暫くしたところでブリターニャから入ってきた情報は、のちに賢者の称号を得るフランベーニュ宰相エゲヴィーブを驚愕させるものだった。
まさに想定外。
もっとも、勇者一行のひとりがアリストを殺害するなど想像できる者などいるはずがないのだが。




