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アグリニオン戦記外伝 Ⅳ  作者: 田丸 彬禰


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フランベーニュが誇るふたりの魔術師の会話

 フランベーニュが魔族と停戦協定を結び、ベルナード率いるフランベーニュ軍が撤退を開始した直後、ブリターニャが突然追加で徴兵を始めた。

 これが将来のフランベーニュ軍の侵攻に備えるための予防的措置というのであれば放置していても構わない。

 だが、フランベーニュ上層部は感じ取っていた。

 ブリターニャのフランベーニュ領への再侵攻の可能性を。

 そうであれば、こちらも相応の措置が必要となる。


 王都から使者が飛ぶ。

 そして、その命によりベルナードは当初の予定を変更し、王都を経由せず直接国境に近い要衝プレゲール城に入り、軍を展開させたところで、ようやく兵たちの帰郷を許す。

 そして、自身もグミエールを臨時指揮官に指名して王都に戻り、家族と再会する。

 むろん何かあればすぐに戻るつもりでいたのだが、結局ブリターニャにその動きはなく、三日間の休暇を満喫することになる。

 その後ベルナードと入れ替わる形で休みに入った魔術師長アラン・シャンバニュールも夢に見た孫を抱くことができた。

 ただし、そこはベルナードの知恵袋。

 シャンバニュールは休みの間、二回にわたり宰相オートリーブ・エゲヴィーブと会談を持っていた。


 フランベーニュ王国の王都アヴィニア。

 その一角に建つ海軍司令部。

 多数の守備兵がいたことから暴徒の襲撃を免れたここが臨時の王宮となっている。

 その一室が宰相の執務室であり、現在ふたりの魔術師が顔を合わせている場所でもある。


「……実を言えば、私はブリターニャの攻勢の可能性を疑っている」


 シャンバニュールはそう切り出す。


「魔族だけではなくブリターニャにとっても手一杯のこの時機に新たな戦線を開くことなどあるのかと」

「言いたいことはわかる。だが、それはフランベーニュ側の視点ともいえる。考えるべきはブリターニャの視点」


 エゲヴィーブは茶をひとくち含み終わるとそう言った。


「フランベーニュが魔族と完全停戦した。そして、前線から軍を引く。そのような情報を手に入れたブリターニャがどう考えるか」


「自軍によるフランベーニュ領侵攻。さらに戦場の騙し討ち」


「これまではフランベーニュにその余力がなかったが、魔族との戦いが終わったことにより余剰戦力が出たとなれば、いよいよその報復が来る。そう考えてもおかしくない」


「しかも、これから魔族との決戦が控えているブリターニャにとってフランベーニュとの国境は裏口。魔族との戦いが始まってからフランベーニュによるブリターニャ領進攻が始まったら、今のブリターニャ軍では防ぎようがない。そこで慌てて徴兵を始めた」

「ということは、ブリターニャは攻めてこないと?」

「普通は。だが、あのアリスト・ブリターニャがいる」


「あの男ならこう考えていることだろう。安心して魔族討伐に出かけるには目障りはフランベーニュ軍を叩く必要がある。そのための最も有効な策は……」


「前回のブリターニャによる我が国への侵攻。その最終段階で起きたことを再現する。つまり……」


「我が軍を集め、一瞬で葬る」


「エゲヴィーブ殿。ひとつ聞いていいか」


 エゲヴィーブの言葉が終わったところでシャンバニュールが問う。


「そういうことであれば、徴兵そのものが陽動ということにならないか?」


「ブリターニャの徴兵があらたな出兵計画だと読んだ我々はベルナード将軍配下を国境近くに送り込む。そこに現れたアリスト・ブリターニャの一撃で殲滅する」


「ということは、近づかないことこそが最良の一手ということ……」

「ありえる。だが、そう言い切れないところがこの策が妙手である所以というところか」


「たとえば、そう思わせ我々が近づかせず、ブリターニャは悠々と侵攻してくる。事前に情報を掴みながら攻撃を恐れそれを許したとなれば軍の醜態。罠かもしれないと思いつつ、前線に行かねばならない」

「ということは、ベルナード将軍指揮下の部隊の全部ではなく相手の予想される規模である二十万に勝利できる規模に抑えるほうがいいのか」

「いや。行くのなら全軍だろう。二十万のつもりで戦場についたら目の前にその十倍いたなどとなったら目も当てられない事態になるから」

「悩ましいな」

「全くだ。魔族との戦いに集中すればいいものをこんな時期にまで余計なことを考えるものだ。アリスト・ブリターニャは」


 想定していなかった事態。

 そして、アリスト・ブリターニャという最上級の策士の存在。


 考えれば考えるほど泥沼に嵌っていくことを感じたふたりの魔術師は思わずぼやく。


「そして、ここでもうひとつ悩ましい情報を提供しよう」


 エゲヴィーブがそう言うには苦みが強すぎる苦笑いのまま、披露したのは前回の侵攻前にグワラニーが口にした情報だった。


「グワラニー氏はこう言った」


「どのような状況になっても国境を超えてはいけない。そこにはアリスト・ブリターニャが待ち構えているから」


「むろんグミエール司令官はそれを守った。だが、多数のお調子者がその言葉を無視して敗走するブリターニャ兵を追って国境を超えた。そして、壊滅した。警告どおりだったわけなのだが、この話おかしいとは思わぬか」


 あのときは勢いに押されて、エゲヴィーブを含めてフランベーニュ軍幹部は皆そのまま鵜呑みにしてしまったわけなのだが、少しでも冷静になれば、この話は非常におかしい。


 国境近くまで来ているのなら、そのまま国境を越えその力で無双すれば形勢の再逆転も狙えた。

 それどころか、最初から戦いに参加していればブリターニャの完勝だった。

 それにもかかわらず、最後の最後まで戦いに参加せず、攻撃対象も国境を超えた者だけ。

 山ほどいる国境の向こう側にいるフランベーニュ軍将兵には一切手を出していない。

 つまり、自身が国境を超えることはもちろん、攻撃も国境を超えることは許さないという枷を自身に課していた。


 むろんこれ自体おかしなことであるのだが、その奇妙な枷をグワラニーは知っていた。

 しかも、戦いを始まる前から。


 どうして?

 言うまでもない。

 グワラニーがアリストからそれを知らされていたからだ。


 なぜ?


 エゲヴィーブが指摘したのはそういうことだった。


「……アリスト・ブリターニャとアルディーシャ・グワラニーが裏で繋がっていると?」

「もし、そうであれば、戦いはすでに終わっている」


「アリスト・ブリターニャとその護衛の破壊力はグワラニー氏が将軍アポロン・ボナールに見舞った『悪魔の光』と同格。その巨大な力を持つふたつの勢力が共闘しているのであれば無敵だろう。抗うのが馬鹿々々しいほどに。そうなっていないということは……」


「理由はわからないが、お互いにその力を使用しないよう協定を結んでいると思われる」


「そして、その力は自国と相手の領内でのみ使用できるというのがその内容であろう。つまり、魔族とブリターニャがお互いが相手であるときのみその力は解放される」

「つまり、今回は大丈夫だと?」

「こちらとしてはそう願いたいところだが、ブリターニャにとって状況はあれからかなり悪化している。アリスト・ブリターニャがフランベーニュの地に踏み込んでくる可能性は十分にある」


「だが、確実なのは我が軍がブリターニャ国内に入った瞬間、制限は解除されるということだ。だから、どれだけ勝っていようがブリターニャ領内に入ってはいけない」


「それと、どこであろうとアリスト・ブリターニャの存在に気づいたら逃げるべき。特にそれがフランベーニュ領であったときは間違いなくベルナード将軍を狩りに来ていることを認識すべき」


「承知した」


 シャンバニュールはそう言って直後、わざとらしい咳払いをした。

 むろんそれが仕切り直しの意味であることはあきらか。

 そして……。


「本題にとりあえずケリをつけたところで、先ほどの話の続きをしたいのだが……」


「アリスト・ブリターニャが国境を超えることができないという自身の枷の情報を最大の敵であるグワラニーに流したという件であるのだが、その情報を流したのは『銀髪の魔女』という可能性はないだろうか?」


 そこから語られたのは、あの日ベルナードが口にしたグワラニーとフィーネの関係。


「……本人曰く、下世話な話だそうなのだが」

「なくはない」


 シャンバニュールからの意外な言葉に一瞬戸惑い、それから苦笑したエゲヴィーブが口を開く。


「だが、そうであれば、状況がここまで来ているのだから彼女はグワラニー氏の側に立っているだろうし、そうでなければアリスト・ブリターニャの首は落とされているだろう」


「もっとも、首を落とす機会がないから、まだアリスト・ブリターニャの傍らにいるとも言えなくもない。だが、そこまでグワラニー氏につくす理由を彼女は持ち合わせていないように思える。ただし、あの小娘は何を考えているのかさっぱりわからない。答えをひとつということであれば、わからないということになる」


「……せっかくだからこちらからももうひとつ、つけ加えておこう」


 エゲヴィーブは呟くようにそう言った。

 そして、そのまま言葉を続ける。


「これは今回の戦いに関係ないことなのだが……」


「実を言えば、グワラニー氏は国外に逃げ出したダニエル・フランベーニュに対し、降伏を勧告していた。それはふたりが初めて顔を合わせた時。つまり、まだフランベーニュが貧しくなる前の話だ」


「そして、その時グワラニー氏はこのようなことを言っていた」


「今ここで降伏するのなら、エクラン山地を国境に定めてもよいと。当然ダニエル・フランベーニュはその勧告を蹴り飛ばしたわけなのだが、グワラニー氏は自身の勧告を蹴り飛ばされた後にこのような言葉をつけ加えていた」


「あの時、降伏しておけばよかったと後悔するくらいにフランベーニュは領土を失うことになる」


「ベルナード将軍が魔族軍と停戦する際に示した条件は、ダニエル・フランベーニュが蹴り飛ばした降伏勧告その時示したものと同じ。つまり、こちらとしては最大限の譲歩と思われたあの条件は交渉の始まりでしかない。ブリターニャとの戦いが終わった後に、魔族として正式な領土要求があると思ったほうがいい。しかも、その広さは途方もないものだろう」

「では、もう一度蹴り飛ばして……とはならないな。だが、停戦後に領土の再要求は相応の根拠が必要だろう」


 シャンバニュールの言葉にエゲヴィーブは苦笑する。


「その辺は抜かりない。あの男は」

 

「前国王とダニエル・フランベーニュの署名入りの領土割譲文書。それを隠し持っている。間違いなく」


「それはロシュフォール新国王に話してあるのか?」

「むろん」


 シャンバニュールの問いにエゲヴィーブは短いがハッキリと答えた。


「それで、国王はなんと?」

「正式なものであれば、それを受け入れる。それがどのようなものであっても」


「もともと陛下は誠実で正道を進む人だ。そして、王位についてからはその色合いが濃くなった。陛下はその時こうも言った」


「正当な相手の要求であるのなら、彼我の力関係に関わらず受け入れ、そうでなければ拒否する。そして、魔族の要求が正当であるならばそれを受け入れ、そこで新たな国境を策定する」


 アリターナの件もある。

 それはあまりにも譲歩しすぎではないのか。


 その感情がハッキリと読み取れる表情でシャンバニュールは目の前の男に鋭い視線を向ける。


「それについてエゲヴィーブ殿は意見しなかったのか?」

「むろん誠実さだけですべてが解決するわけではない。だが、今回については有効だと思ったので反対しなかった」


 そう言ったエゲヴィーブはシャンバニュールが納得していないことに気づく。

 数瞬後、言葉を加える。


「現在のフランベーニュの国力。そして、グワラニー氏率いる軍の実力を考えた場合、要求を拒否した瞬間フランベーニュの滅亡が確定する。それに対し、要求を受け入れ国境を確定してしまえば、それ以上の侵攻はない。これはこれまでのグワラニー氏の行動からあきらか」


「同じ人間としては言いたくはないが、もし、魔族とブリターニャの戦いでブリターニャが勝利したら、待っているのはフランベーニュのブリターニャの属国化。それに比べれば、どれだけ小さくなっても独立した国家である方が千倍いい」


「魔族には、いや、グワラニー氏には勝ってもらわねばならない。そして、我々もブリターニャ侵攻を絶対に阻まなければならない。グワラニー氏主宰の楽しい宴がおこなわれる場に参加するために」


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