勇者と魔族の冒険譚 冒険譚語り
「リアル冒険譚の感想を伺いましょうか?」
フィーネからやってきた、「リアル」という異世界の言葉を含めたこのリクエストを拒む理由はグワラニーにはない。
「いいですね。それは」
ニヤリと笑ってそう言うと、少しだけ時間を使いここまでの旅を振り返る。
「魔族と勇者の旅。少なくても、吟遊詩人たちがいい稼ぎができるくらいの話題が提供できたはずですから、冒険譚としては悪くないものではなかったといえるのでないでしょうか」
前置きとしてそう言ったあと、グワラニーは目を閉じてもう一度旅の余韻に浸る。
そして、言葉を続ける。
「本来であれば順を追って話をすべきなのでしょうが、とりあえず思いつくままに話をしたいと思います」
「まず、思うのはやはり、本物の冒険譚は、吟遊詩人が語るものとは別物であったということです」
「彼らの語る冒険譚は、理想を口にしながら剣を振るい魔法を唱えれば、すべてが叶う。そして、常に完全な成功で終わる。しかも、きれいに」
「ですが、現実は……」
「そうはいかない」
「そういうことです」
「軍隊同士の戦いにおいて、一方的な殺しなど特別なことがないかぎり起きることはない、さらに、人間と魔族との戦いは戦いが終わったあと必ず凄惨な儀式が待っている。それを吟遊詩人は語らない」
凄惨な儀式。
それは捕らえられた者への拷問と処刑。
もちろん今回もそれはあった。
それでも、今回はいつもよりマシといえる。
ベルナードの命により、捕らえられた魔族はすぐさま斬首したうえ、すべて土葬したのだから。
「……ついでにいえば、これはどこかで読んだ異国の冒険譚の話ですが……」
「そこでは多くの剣士が高く飛び上がるのです。そして、敵を斬る。こちらではないですね。まったく」
そう言ってグワラニーは笑う。
もちろん、その異国からやってきたフィーネも。
だが、その話の面白さがまったくわからぬ者もいる。
もちろん純然たるのこの世界の者たちだ。
特に剣を振り回すことを生業、というか、生きがいとしている三人の剣士たちにとって笑えぬどころか看過できない話だった。
その先頭を切ってブランが口を開く。
「むろん吟遊詩人の話は大袈裟であることは俺だって知っている。それに、あれは酒場の余興であり、それに真面目に文句を言うなど興ざめが過ぎることもわかっている。だが……」
「敵の前で飛び跳ねるというのはまったく理由がわからない。いったいどのよう目的でそれをおこなうのだ」
「一応勢いをつけるという意味もあるようですが、やはり見栄えというのが一番の理由でしょう」
「飛び跳ねることで見栄えがよくなるのか?」
「ええ」
腑に落ちない。
それを身体全体で体現するブランの問いにそう答えたのはフィーネ。
ちらりとグワラニーを見たフィーネは黒い笑みを浮かべる。
「彼らは重い甲冑を着たまま数ジェレトの高さまで飛び、周辺の敵をなぎ倒すのです」
数ジェレト。
一ジェレトは別の世界の一メートルになるわけなのだから、それは数メートルということになる。
ちなみにフィーネがこちらの世界にやってきたときの、その世界の走高跳びの世界記録は二メートル四十五センチ。
その数字だけをみれば出来なくはないように思えるが、彼らは盛大に助走を取るうえ、身軽。
甲冑をつけ武器を持ったまま、僅かな助走で同等以上の高さを飛ぶ。
それがどれほどの困難かはいうまでもないないだろう。
ちなみに、この世界には個人の能力を上昇または下降させる魔法は存在しない。
つまり、純然たる個人の力でそれを成し遂げなければならないわけで、それが可能かどうかはいうまでもないだろう。
そうなれば、当然こうなる。
「あり得ん」
「まったくだ」
「俺たちだって一ジェレトの高さも飛べない」
「しかも、そこから敵をなぎ倒す?冗談でもできない」
「そのとおり。それどころか宙に浮いている間、そいつは隙だらけ。斬られることはあっても斬ることは無理だ」
「そもそも地に足をつけなければ力が出ない」
フィーネからやってきた荒唐無稽なその追加情報に黙っていられなかったのか、喚くように否定の言葉を並べるブランにファーブとマロが加わり反論の大合唱となる。
だが……。
「……だから、冒険譚なのでしょう」
「それでも限度はあるだろう。少なくても俺はそのような話の主人公にはなりたくない」
言っていること自体は正しいのだが、その様子は滑稽そのもの。
冷たい目で三人を眺めていたフィーネの言葉に納得しがたい三人を代表するようにファーブがそう言うと、フィーネの冷たい視線に強烈な嘲りの成分が加わる。
「それは大丈夫。そのようなことをやるのは本物の勇者であって、あなたたち糞尿剣士には敵の前でお漏らしをして嘲笑されることはあってもそのような華麗な技を披露する役は回ってきません」
この世界における本物の勇者たちに向かってフィーネはそう言い放ち、騒ぎ立てる三人を一瞬で黙らせた。
ひとりの女性と三人の若者による小喜劇を鑑賞し終わると、グワラニーはさらに言葉を続ける。
「ついでにいえば、その異国の冒険譚では、長々と文句を言わないと魔法が発動しない。少なくても展開する魔法を口にしなければならない」
「ですが、こちらで展開する前にその名を聞くのはひとつだけ」
そう言ってグワラニーは自身の左手を掴むデルフィンを見やる。
むろんそれは彼女が唱える「カマイタチ」を示している。
「私は標準的な人間の魔術師はそうでないのかもしれないと思ったのですが、やはり違うようですね」
「それは魔法を使えるようになった直後に私も思いました」
「念じるだけで魔法は発動するのかと」
そう言ってフィーネは薄く笑う。
「まあ、今はそれが普通になり、強さごとに呼び名が変わるその冒険譚の方がおかしいように思えます」
「微妙な強さを調節できないので不便ですし。少なくてもあれは物語の中ではやめた方がいいですね」
「強さが数段階しかない魔法などどう考えても実用的ではない」
「そうですね」
本物の魔法を触れているフィーネの言葉にグワラニーは大いに同意し力強く頷く。
「それから英雄譚に登場する武器も現実とは随分と違います」
「久々に見ましたよ。槍」
グワラニーはこの世界ではほとんど目にかからない武器の名を口にした。
「……この世界で剣士が使う武器は本当に剣だけですね」
彼の知っている世界では剣とともに槍も活躍していたため、その不思議さを込めてそう呟くと、割り込むように言葉を挟み込んできたのはファーブだった。
「戦斧があるだろう。それから錘も」
「そうですね。ですが、槍は使わない。存在する武器を使用しない理由は?」
「相手の剣が届かないところから攻撃するあれは腰抜けの武器だから剣士は誰も使わない。それは魔族も同じだろう」
……なるほど。
知っている顔で頷いたものの、実をいえば、グワラニーにとってこれはあたらしい情報であった。
……今まで聞く機会がありませんでしたが、そういう理由でしたか。
「弓は?」
「あれは魔法ですべて防がれる」
「しかも、あれは覚えるのは大変なうえに金がかかる。威張っているだけのおまえは知らないかもしれないが、昔戦いで弓をしていた頃は戦いが終わるとみんな回収に行っていた。弓矢は高いからだ。そこで殺される奴も結構いた」
「つまり、効果はなく、金はかかる。いいことなしの武器だ。その点、剣はいい」
ふたりの仲間の言葉を締めくくるようにファーブがそう言うと、グワラニーはついでとばかりにもうひとつの疑問も俎上に載せる。
「盾は?」
だが、その言葉は三人分の嘲笑で応じられる。
「どうやって持つのだ?」
「そう。魔族は知らないが俺たちは腕が二本しかない。剣を持つだけで終わりだ」
「片手剣という選択肢は?」
「そんな軽い剣は魔族相手に通じるはずがないだろう」
「なるほど……」
納得するように短い言葉で応じたグワラニーは一度息を吐きだす。
「まあ、知識を色々手に入れましたし、今後に役立つ細工をフランベーニュ軍内部に仕込むことができたのはもちろん成果といえるものです。ですが……」
「せっかくこの世界……ではなく、このような環境を得られたわけですから、やはり冒険譚として語られるようなことはしたい。そのようなことは希望としてもっていたわけで、それが叶ったのは喜ばしいことです」
「しかも、本来であれば、最大の敵である勇者一行の方々と旅をする。これは常識的には絶対にありえないことであり、これだけでも冒険譚の題材になりえるものといえるでしょう」
「そこで小さいながらも多くの戦いを経験し、最終的には戦争相手のもとで策を講じる。しかも、捕虜になったわけでもない状況で」
「冒険譚としては十分に満足できるもの。というより、これ以上のものを望んだらバチが当たりそうです」
「……そうですか」
「そういうことであれば、あなたをリアル冒険譚に誘った者として喜ばしいことだったといえるでしょう」
フィーネはそう言って軽く笑みを浮かべる。
「もちろん、今回の見返りに魔族の国を旅する権利を寄こせなどと無理難題を言うつもりはありませんのでご心配なく」
「ということは、私を旅の仲間に加えた目的は果たせたというこということですか?」
「まあ、そうなりますね」
「具体的にそれは何かをお聞きしてもいいですか?」
「もちろん」
グワラニーからやってきた問いにフィーネはあっさりと肯定の言葉で応じた。
そして、そのままそれを口にする。
「この旅によって私はフランベーニュ軍の侵攻地域の最深部まで転移できることになりました。これは非常に大きいことです。なにしろ今まではその大部分を徒歩での移動を余儀なくされていましたからこれによって大幅な時間の節約になります」
「もちろんこれは野盗狩りに参加すれば手に入れることができました。あなたを誘う際に『策を講じる者が必要』と言いましたが、実際のところ、あなたがいなくてもほとんどのことについて対応できたと思います。さすがにあの渓谷での手際は私には考えつかなかったのですが」
「あなたを誘ったのは、私たちというか、私が魔族の将アルディーシャ・グワラニーとの接点があることを宣伝したかったというのが一番の理由でしょうね」
「それによってフランベーニュの為政者たちが私に警戒する危険はありますが、あなたの実力と現在の戦況から考えて、私を利用しようとする方向に動く可能性の方が高い」
「当然、私にものを頼むときには相応の代価が必要になります」
「私にとっては望ましい状況といえるでしょう」




