零れ落ちた言葉 Ⅰ
ナニカクジャラでおこなわれたグワラニーとフィーネによる異世界からこの世界にやってきた日本人同士の始めての会話。
一部の者にしか関わりのない非公式なものではあるものの、歴史的重要なものであり、もちろん当事者たちにとって重要な出来事であった。
しかしながら、その内容とはいえば、いくつかを除けば取るに足らないものばかりであった。
それは初対面というわけではなかったものの、このような会話をすることが初めてだったということもあり、お互いに相手を警戒したたことがその理由だったといえるだろう。
では、その取るに足らない話とは何か?
それは……。
「……ところで……」
「魔族の将として戦うという元の世界では絶対にありえない体験をしている感想を聞かせてもらいましょうか?」
フィーネからやってきたその問いにグワラニーは一瞬だけ戸惑う。
隠された意図があるのではないのかと。
だが、答え方を間違えなければ問題は起こらない。
そう判断したところで、グワラニーが口を開く。
「何事も体験しないとわからないものだということでしょうか」
「というと?」
「あなたが元の世界のどのような本を読み、どのような映画を鑑賞していたのかは知りませんが、私は異世界を舞台にした冒険譚小説を比較的好んで読んでいました」
「読んでいるときにも多少感じていましたが、実際に軍を動かしてみるとそれ以上に補給の重要さを感じました」
「小説の中で地味な補給を延々と語るわけにはいかないのはわかりますが、剣を振り回すだけで物事がすべて解決するなどということは机上の空論以外の何物でもないですね」
「あとは移動。大軍を移動させる困難さ。これはひしひしと感じました。ゲームや小説では簡単にできる大軍による遠征は実際にそれをやるためにはとんでもない量の食料を調達し、軍資金も必要で国家財政に大きな負担を与える。まして、作戦が失敗し得るものが何もないときには国家そのものが傾きかねない。そして、その準備が出来ても今度は移動そのものにとんでもなく時間がかかる。草原地帯はもちろんそれなりに整備された街道での行軍でもそれは変わらない。大軍を移動させる困難さは実際にやらなければわからない。そして、数万の軍を短期間に大移動させた羽柴秀吉とその属僚がいかにすばらしい才の持ち主なのかがその体験によってようやく理解できました」
「それから荷馬車の不便さもあります。積み荷が思ったほど多くないうえに悪路に弱い。まあ、後者については道路の整備によって多少は改善されましたが」
「それで、そちらはどうですか?」
実際に感じたことであるものの、秘密にすべきものに触れない範囲で話をしたグワラニーはお返しとばかりに同じことを問う。
もちろんフィーネもそれ相応の警戒をする。
そして、口にしたのはこのようなものだった。
「この世界を見ると、魔法は便利である一方、技術の進歩を阻害しているように思えました」
「医術や薬学などはその見本のようなもの。一応それなりの知識がないと治癒魔法は身につきませんが、それでも、それによって多くのことは治してしまうためその進歩は遅い。魔法を使えない者がその道を切り開くものの、その知識を魔術師が搾取している構図もよくないですね」
「まあ、こんなことはあなたならとっくに気づいていたでしょうが」
そう言ってフィーネは笑った。
もちろんグワラニーも。
「歯の治療を治癒魔法が出来ることを知ったときは魔法の存在を感謝しましたが」
「それは私も思いました。ですが……」
「たしかに見た目は中世レベルでも、向こうの中世にすでにあってこちらにないものはたくさんあります。それはなんでも魔法で出来たしまうということも大きく影響している」
「必要は発明の母というのは本当のことのようですね」
「まあ、私は自分自身の利益になること以外には元の世界の知識はこの地に落とす気はありませんが、どうやらあなたもそのようですね」
「そうでなければ、あなたの軍で火薬が使われているでしょうから」