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僕とベルの『自白会』  作者: 一生春(イチキ ハル)
9/9

~「僕だって・・・」「私は・・・」~

第七話「二人」

第七話「二人」

「珈琲屋」での私と亘の時間はその後約2時間位だった。

マスターが店に帰って来る前に接客の仕方を『﨑野先輩』から教わった。

お客様への応対とお会計の二つだけだったが、私が大きな思い違いに気付いたのは、お会計だった。

それは、このお店ではレジは一切使わない、というか必要がない事だ。

初めて来店した時も、テーブルで支払い、その時に『﨑野君』は電卓でお勘定をしていたのを今の今まで忘れていた。

そしてそういった事から、個人経営店ではフランチャイズチェーン店の様なマニュアルはないこと。だから、そのお店での営業の仕方は、法律上以外、ほとんど経営者のマスターが決めればそのやり方がお店の営業方針になる。宣伝やお店からのお知らせなどのやり方も全て、コンビニやファミレスなどのやり方とは異なっていい訳で、むしろその自由さが責任という事でもある。

 だから、私がお店に「こういう事があるといいかもしれない」とか、「こうした方がもっと良くなる」といったアイデアは、マスターは熱心に聞いて下さるのだという。

この方針には私は正直驚いたのと、嬉しいという気持ちでワクワクした。

マスターは自身のお店の営業に自分だけの意見だけではいけないと常に考えていらっしゃるらしく、お店にいる全ての人の意見やアイデアに耳を傾けるという人なのだという。

そして、その事を念頭に置いているからこそ、私の意見やアイデア、考え方に期待している事はまず間違いないことだ、と﨑野先輩は言って・・・、いや、おっしゃってくれた。

私は﨑野先輩が、常日頃人の話を聞いているのがよくわかってきた。

自分に誰かが話してくれるのは勿論、信用されている、頼りにされている、だけではなく、

「自分にとってもどうしたらいいか? 自分ならどう思うか?」

のテーマみたいな事が、提示されることでもあるという事だ。

こんなにも大切な事を﨑野先輩は、マスターから学んで、行動している。

それなら確かに、学校で『質問箱』の異名を付けられても全くおかしい事ではない。

むしろ当たり前で、自然な事だ。

私のお父さんが言っていた、

「忙しい人に仕事を頼め」

という理屈はこういう事を見越しての事だったんだ。

私は自分が働く身になって、初めて気付けた意義は本当に大きい。

お父さんやお母さんは、

「働くと毎日が勉強だ」

と言っていたのが今ではよくわかってきた感じがする。

私は本当に幸せで、ありがたい事だな、と心から自分の両親に今更ながら感謝したいし、親孝行もしたい。勿論気持ちだけでなく、自分の成長だって見て欲しい。かなり気が早いけど、お給料をちゃんともらえる様になったら、まず両親と﨑野先輩、いや、この場合、亘、でいいのかな。それにマスターにも何かしらでお礼がしたい。

自分の力でできる事があるという幸せに感謝しなければいけない。

そしてこれからちゃんと働いて、働くことで責任をとって、責任をとることで成長がしたい。

成長が出来たらその成果が出せたことに、感謝したい。その過程に関わった全ての人に。

――――――感謝をする。

それが今の私に出来る事なのだろうし、今から改めてしなくてはならないことだろう。

私は本当に今まで大きな勘違いをしていた。

「自立」することは何処かで一人で生きていける様になることだとばかり考えてきた。

でも全然違う。

全く違う。

それは単なる「孤立」だ。

「自立」に一番必要なのは、自分が何かあったらちゃんと「人に頼れるかどうか」何だと思う。それには、頼ることを受け入れてくれる人達がいるかどうかという事。

そうなる為には、普段から信頼される生き方を、つまり社会での人間関係がちゃんと築けていける、責任をとれるに値する事を、日常生活で得られるようにしなくてはダメだ。

そして普段から人に感謝するという礼儀を心掛けなくては到底やっていけない。

だから自分から信頼しないと何にも得られない。

自分以外に頼れなかったら、自分ではダメなことがある時点で、最悪死んでしまう事にもなる。

それだけ人と関わることはお互いが社会で命綱を繋いでいる事にもなるんだろうし、それが無いだけで不安や危険に冒されるのは当然だ。

もし「孤立」した考え方で生きていたら、自分が危険を察知する事すら無理だろう。

だから「人は一人では生きていけない」という言葉の重みを今からでも刻み込んでいくべきなんだと私は思った。

きっと、社会で言われる『自覚』というのは、「自立」から言えるそれらが全て出来て、しかも全てに於いて社会から認められて、初めて本当の『自覚』という事だろう。

それだけこの「珈琲屋」でのアルバイトはどんな事でも意味があるだろうし、私が『自覚』する為の第一歩で、スタートラインなんだ。

だから、私は履歴書に私自身が書いた「真面目」という言葉に臆さず、少しずづ行動で表さなくてはならない。

自分で言った事くらいの事が守れないのなら、もうその時点で私は誰からも見放されても何にも言えない。

今日はマスターと﨑野先輩に自分がやる仕事を言われただけだが、明日からはその仕事をこなす努力をするのは当然だ。

私からここで働こうと思ったのだから。

私をここで働く気にさせてくれた、﨑野先輩や仕事を与えてくれたマスター、それに今になってだけど、色々と助言してもらった両親に感謝しないと私はバチが当たる。

私は「『珈琲屋』で働くこと」を選んだんだのだから。

なのに、私は・・・・。

***********************************

私は亘との帰り道で、

「明日の朝一番、学校の校門が開く時に待ち合わせ。お願いね?」

とだけ亘に言って帰り道は別れた。亘は、

「何で?」

と言ったので、私は、

「その時に全部言わせて! 大丈夫! 全然心配する事じゃないから!」

とだけ言った。というかそれを言うだけで精一杯だった。

働く決意は出来たけど、正直その前に自分から亘に、キスと告白をした事は、頭から離れなかった。しかも私に亘が一目惚れしていたなんて、思いもよらなかった。

他人からはきっとドラマかマンガによくある話だと言われるだろうが、自分がその類でよく観たり読んだりするのは順序が逆だ。しかもあの時、私を動かしたのはほとんど私が想い募って我慢がならなくなってしまったことだろう。もし亘が私を好きでなかったら、受け入れてくれなかったら、私は亘とどうなってしまっていたかだって、危うい行動だったハズだ。私は自室に入るなり、

「あ~~~・・・・私が全然大丈夫なんかじゃないよ・・・」

と、私の部屋の扉でズルズルと腰が抜けてしまった。

確かに両想いだったことはわかった。けど、その結果に助けられたわけである事には変わらない。

私、これからも亘に対する思いとどまれない度に、まるで襲い掛かるようなことをしてしまうのだろうか? キスをした時、亘の肩で自分の手が震えていた時に思ったのは、紛れもなく私が亘を逃がさないようにしようとしたのに気が付いたからだ。

これがもしドラマやマンガなら、一方的に力で相手を押し倒すことと、全く同じこと、いや実際にそうしたのだ。

あの時、その事に気付き、少しでも自分を止めたのが、せめての救いであった。

いや、もっと言えば亘自身の想いに救われた。その気がなければ私の結果は男子を襲おうとした女子というだけになる結果だってある。

つまり、同意がないまま私は亘を仕事場でキスまでとはいえ襲い掛かった、ということになる。

・・・私の大切な﨑野君、亘、に対してだ。

何が、「初めてだから」だといっていいのか・・・!

何が、「心に入れた」だ!

この世でたった一人だけの、私の・・・、私の命の恩人に・・・、

私は自分に愕然としてしまった。

自分があんなことをするなんて・・・。

確かに初めては初めてだ。

今まで、私自身は本当にそういう趣味や考え方ではなかった。

﨑野亘という男子を信頼してきて、憧れてもして、守られもして・・・。

そして、その結果が﨑野亘を逃げられないよう押さえつけて・・・、

キスをした。

告白をした。

例えそれが受け入れてたとしても、こんなやり方は・・・私は・・・・・。

もうその堂々巡りだった。

私は私が一番嫌いなやり方で、大切な、一番大切な人を、大切な人と積み上げてきた時間を、

―――――その全てを。

私はどんな事をその後決意したからといっても、

「私は、最低だ・・・」

衝動に駆られてしまったら私という人間はもう歯止めがきかない、そういう事が私と大好きな﨑野亘にはもうわかってしまった。

﨑野亘はもしかしたら、またケロッと許してしまうかもしれない。

あの時の、自分も想いを言えたから、と。

でもそれは、「あの人」だったからというだけだ。

けど、忘れちゃだめだ、その前に「もういいよ」とはっきり言った事を。

私は、机の上にある、その彼の詩集ノートを思わず手に取った。

そして、『私にとっての﨑野亘君との始まり』である、その何物にも代えがたい彼の気持ちの証のノートにしがみついた。

また、崩れる様に今度は膝から床に落ちた。

「私はここまでしてくれた人に・・・・・! なんで! あんなやり方をしたのよ!!! なんで! なんで!・・・・・」

その後は、もう自分が許せず、

ただ後悔で私は泣き崩れた。

・・・・・・何時間、そのまま泣き崩れたままだったんだろう?

ノートに抱き着いたまま、気が付いたら、窓の外はただの真っ暗闇だ。

もう、いい加減こうしてるのは止めよう・・・。

アルバイトの採用に喜んでくれた両親が夜勤の休憩で一旦帰ってくる。そして夜食だけ食べたらまた仕事に戻る。そうしたらまた一人だ。だから、その前に玄関の灯だけは点けておかないと。

私はノートを抱いたまま玄関の灯を点けた。

その時家の扉の半透明のガラスの向こうに誰かが座り込むように寄りかかっていた。

思わず玄関から後ずさった。

どうしよう・・・。

怖くて足がすくんでしまった。

灯を点けるまで気が付けなかった。

するとその人影はゆっくり立ち上がった。その動き方は・・・。

え・・・、いや、「あの人」はこんな事する人じゃない・・・・。

そうは言っても外は今でもこの時間はかなり冷え込む。

それが「あの人」なら・・・、私は一応チェーンロックのまま、ゆっくりと開けた。

「・・・・ごめん。こんな時間に」

そう言って、寒さに凍えて震えている「あの人」は立っていた。

やっぱり、﨑野亘君だった。

**************************************

それから凍える﨑野亘君をとりあえず私の部屋に入れて、レンジでミルクを温めたり、この間しまったストーブを出したりと、私はドタバタした。

ようやく、彼が温まるまで小一時間程かかった。私は何でこんな時間に彼がこんな時間にいたのか全然わからなかったから、とりあえずその事を訊くと、

「帰り道、泣いてたから。せめてどうしたの、とだけ聞きたくて・・・そうしたら中からすごい泣き声が聞こえて・・・・とりあえずチャイムも鳴らしたけど、泣き声は全然収まらなかったから、僕は何かそれだけ、鐘に悪い事をしてしまったんだって、思って。そう思ったら、きっともう口も利いてくれないんじゃないかって。僕は何をしてしまったんだろうって。本当に何にも気づけない自分が悔しくて・・・」

「そんな・・・また私、何にも気づかなかった。ごめんなさい!・・・私は自分がしちゃった事で後悔してて・・・」

「?・・・いったい何をしたの?」

「それは・・その、昼間のアノことだよ」

「・・・もしかして、キス・・・?」

「・・・うん」

「僕に・・キスしたのを後悔して泣いたの?」

「い、いや、そうじゃなくて相手が﨑野君だからとかじゃなくて・・・そういう問題じゃなくて・・・」

「じゃあ、・・キスの後、僕が鐘の気を悪くすることをいったとか?」

「いやいや、本当に私が悪くて・・・」

「鐘が?」

「うん、そう」

「何を悪いと思ったの?」

・・・私はもう観念して言った。

「﨑野君を、私、思わず襲っちゃったじゃない」

「・・・鐘は襲ってなんかないよ?」

「・・・え、いや、だって私、押さえつけて、そのまま」

「もしかして、鐘は意識なかったの?」

私は本当にうなだれて、ゆっくり頷いた。

「あ、あのさ、鐘さ、あの時すっごく優しく微笑んでいたんだよ? あれが無意識だったの?」

「微笑む? 私が? 獰猛じゃなくて?」

「あの表情のどこをどう間違えたら、獰猛になるんだよ? むしろ真逆の、なんて言うんだろ、女の子っぽい、照れた顔?」

「私、そんな顔してた?!」

「あれは、誰が見たって、恥ずかしそうに照れた顔だったよ」

そういう﨑野君まで、照れくさそうだった。まるで、こんなことを言わせないでくれ、と言いたげな、それこそ恥ずかしそうに、照れた顔で。

「あんな顔されて近づいてきたら、誰だってキスされるくらいわかるって」

﨑野君はそこまで言うと、その瞬間の事を思い出したかのように顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。﨑野君のこんな可愛い顔、初めて見た。そんな顔されたこっちの方がなんだか溶けてしまいそうな程、嬉しくなる。

ーーーーー私は、許された、というより、勘違いだったの?

心と体中の鎖の様な、凍り付いた締め付けが、それこそ溶けるようだった。

よかった・・・。

本当によかった・・・。

まだ私は﨑野亘君の側にいていいんだ!

今までの私として、側にいていいんだ!

締め付けていた自分自身は自分からしか見ていなかったんだ!

そう思えた瞬間、急に私はさっきまでの私は何だったんだ、と思った。

それと、同時に恥ずかしくて堪らなかった。

「アーーー! 私ってばホントにバカだ!」

「それはこっちのセリフだよ! 勘違いで思いつめて女の子の家の前でへたり込んでたんだから!」

「ゴメンゴメン! だから、また今みたいに﨑野君って呼ばせて!お願い!やっぱり、二人の時じゃないと、亘、って呼べないよ。恥ずかしくて!」

「ううん、こっちこそゴメン! でもそれなら僕だけには鐘、て呼ばせてよ? 僕は鐘のこと、鐘っていう方がしっくりくるから」

「うん。じゃあ、私の事は鐘って必ず呼んで!」

「うん、ありがと。じゃあ、僕は今まで通りで。けど、僕たちは両想いなのは、巻き戻しは絶対ダメだからね!」

そこで今朝の事がよぎった。あれを、忘れてはいけない! 

「はい。わかりました。改めてヨロシク・・・えと、『鏡』君?」

﨑野君はそれまでミルクのマグカップを持っていた手をゆっくりと降ろしていった。

「もしかして、あの事を思いだしてくれたの? じゃあ!」

「私は『桜』でいいんだよね?」

﨑野君はまたもかおを赤くした。

「何だ。それを早く聞きたかったよ」

「そうよね・・・。何で思いだせないまま、2年生では同じクラスになって」

「声かけようとした途端、自己紹介をされて・・・」

「私なら怒ってたよね」

「僕も正直忘れられてるなんてね。だから隙あらばあの時みたいに、ちょっとでも伝わって欲しくて」

「でもわざわざ初対面の女の子に『自分の顔を見て見なよ』ってかなり失礼なんだけど?」

「・・・結局思いだしてないんだ」

そう言うと、﨑野君は今度は不満そうに、かなり寂しいような、同時に悲しそうな顔になってしまった。

あ、あれ? そんな顔されたらこっちも悲しくなる・・・。

「僕は、告白したんだよ?」

「え?! そうだったの! ごめんなさい・・・本当に私また気づけなかったんだ・・・」

「僕があの時『鏡』を出して言ったのは、『自分の顔を見て見なよ。こんなに喜怒哀楽を僕に女の子が見せたのは君が初めてだよ。これからも君の側で見ていたい。・・・だから僕を君の側にいさせて貰っていい?』だよ」

﨑野君は全部覚えているらしい。そ、そんな事を言っていたなんて・・・。

「昼間に『珈琲屋』で言った『一目惚れ』は、その時なんだよ・・・」

「・・・そんな・・・私、そんな大切な事を聞き逃してただんて・・・・。本当に、本当に、ごめんなさい!」 

「わかった、わかった。だからさ・・・・これからは本当に改めてヨロシクね。鐘。僕だってもう離しはしないよ。覚悟して」

「・・・うん。私こそ側にいたい。約束するね」

明日は二人で私が告白された校門の桜の下で、待ち合わせだ。


―――――――――――――――――――――――第七話 「二人」


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