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僕とベルの『自白会』  作者: 一生春(イチキ ハル)
8/9

~「僕の心の」「私の心の」~

第六話「待ち合わせ」

第六話「待ち合わせ」

喫茶「珈琲屋」から﨑野君と私は帰り道に、仕事内容や人気のメニュー、接客の仕方など、

とりあえず基本的なことを﨑野君から訊き、手帳にメモをしていった。

やはり、どんな事でも「前もって何でも話を訊ける経験者」がいるのは、頼もしい。

特に今回はアルバイトだから、深夜帰宅する親に許してもらわなきゃどうしようもないけど、

高校進学した時に

「鐘もバイトくらいはしたほうがいいぞ。働く経験は早い方がいい。小遣いより、給料でお金を使う時間の方が人生で多いからな」

とお父さんに言われたことがあったので、大丈夫だろう。

その内、﨑野君の家に向かう別れ道に来て、私も家に着き自室に入った。

すぐに部屋着に着替え、明日までに絶対に終わらせなきゃいけない事があった。

――――――――﨑野君の詩集ノートだ。

私は忘れていたとか、怠けていた訳ではなく、毎日自室で読もうとしても、理系も文系も平気な﨑野君の詩は、完全文系の私が今まで読んでいた詩集とは内容も書き口も感覚も全くかけ離れていて、それに詩ではなく、むしろアイデアメモという言葉の方が合っている。

だから、ベルもこのノートの言葉の様に、何か発想や気付いたりしないものかと、つい一遍一遍で考えたりしてしまうのだ。それが私が読むのに時間が掛かった一番の原因だ。

あと少しだけ読み終えていない。

このままではさすがの﨑野君でもやるせない気持ちになってしまうだろう。

何しろ創作はその人の知識や経験だけではなく、その人の人生に密接した感情や環境や立場や人間関係で触れたあらゆるものを使って湧き上がらせる。故に本人の写し鏡となり、本人の本心が、本人の自覚なく表われたりする。逆にその写し鏡を誰かに見せるというのは、見せる意思がある事でもある。

だから、その受け身となる人は受け止めて欲しい人ともいえる。

﨑野君にとって私はその中に入ったと言える。

まだ一晩あるけど、明日からは『﨑野君』は、「珈琲屋」では『﨑野先輩』なのだから!

だからちゃんと受け止めなければ!

ベルはさすがに焦りで残りの詩が何遍あるのか確かめて見ると、たったの四編だ!

目薬と適度な集中をするように大好きなカモミールのアロマをノートにの横に置いて、

読むことにした。


〈思考〉

神様が出来ない

悪魔も出来ない

生き物。そう特に人間にしか出来ないこと

自身で考え己の行動を決める

善悪の思考


〈本能という摂理〉

親は海

子は川

海が雲を作り

大地をまんべんなく雨打つ

すり抜けた雨は川になり

繰り返すことで

川は大河という大人になる


海が嵐を作り

伴い、川は濁流に化す

親子喧嘩がお互い荒れるように


〈1/3という人間〉

1/3は1を3つに割ったもの

3を掛ければ1になる

けど1/3=0.333333333・・・・・

0.333333333・・・・・×3=0.999999999・・・・・

1にはならない

人間の力を思い知らされてしまう


〈鍵14〉

僕は『鏡』

じゃあ、ベルは?


ん! なんで﨑野君の詩集ノートの中に私がいるの?

もしかして私に前から興味を持っていたの?

それと・・・﨑野君が『鏡』? 

どういう事?

それに〈鍵14〉って題名、何の事?


鍵・・14・・・?、僕は『鏡』・・・・?

あれ、このノートも・・・・。

――――――って! まさか!嘘でしょ?!

私は気が付くと立ち上がっていた・・・。

**************************************************************

都咲高校の放課後、私と﨑野君は、私の初アルバイト先『珈琲屋』に来ていた。

履歴書は書く時にとても緊張したけど、自分の特徴を書く欄で正直何と書いたらいいか、はっきりとした言葉が浮かばず、

「明るい性格で真面目です。本と音楽と料理が好きです」

としか書けなかった。

自分でも自分自身を紹介する言葉としては少なすぎる、もっと何かアピールするものがないのか、と嘆きに近いものを感じてしまった。

そんな不安な気持ちでお店の前で、さっきから何回目かの深呼吸をしていた。

「落ち着いてきた?」

﨑野君はずっとその間側にいてくれていた。やっぱり優しいな。

「う、うん。だ、大丈夫」

そして私が扉を開けようとしたら、

「ちょっと待って。ベル」

と、﨑野君に呼び止められた。

「な、何? ちょっとビックリしたよ」

「ああゴメン。でもかなり顔色が悪いくらい緊張してるし、震えてるし。ベルの力が出せなかったら、どうしようって思って」

あ、私そんな状態だったんだ・・・。

ホントだ、手が知らない内に震えてる。

手だけじゃない、体が僅かに震えてる・・・、

どうして? 私、こんなに弱かった・・・?

学校にいた時はまるで感じてなかったのに、

どうしよう、なんで怖いんだろ・・・・?

怖い? 何が? それは、ここで﨑野君と働けなかったら、だよね?

今がこんなんじゃ・・・、このお店で何にもできないじゃない・・・、

これじゃ・・・﨑野君と働けないよ・・・・・。

――――トスン。

え。

何かが乗っかる感じがした。

肩と背中に温かい感じがじんわりとしてくる・・・。

この感じ・・・、﨑野君?

私は思わず後ろを振り向いた。

ちょっと後ろで﨑野君が照れくさそうにワイシャツ姿で立っていた。

「自信のないやり方だったんだけど。どう、かな?」

え、あ・・、﨑野君の制服のブレザー・・・?

「私の肩に後ろから乗っけてくれたの?」

「うん・・・まあ・・・。女の子に触る訳いかないし・・・、やっぱり、嫌だよね!ゴメン!どっか放っちゃっていいから!」

「・・・嫌だよ・・・」

「・・ごめん・・・」

「放るだなんて・・・・」

「・・・え」

「人の優しさを放るなんて・・・・」

「・・ベル・・・?」

「だからこのまま暫く着させて? 﨑野君のブレザー」

「・・うん」

私は履歴書と一緒に﨑野君のブレザーに包まれるように、ギュッとしがみついた。

・・・・・やっぱり、優しい温もりを感じる・・・。

伝わる。

きっと、﨑野君も私と働きたいんだよね?

だからこうして﨑野君なりに、

『頑張れ』を言ってくれるんだよね?

『ベルは弱くないよ』て、励ましてくれるんだよね?

『だから怖がらなくていいんだよ』て、応援してくれるんだよね?

―――――――『承りました』

私がどん底の時笑顔で約束してくれた、夕焼けの学校の階段の言葉。

どうしたら、そんなに簡単に人に優しく出来るんだろ?

―――――――やっぱり、崎野君は『不思議』だよ。・・・一緒にいたいよ。

私は最後にもう一度深呼吸をした。

「・・・うん! もう大丈夫!ありがとう!」

「え、ホント、よかった」

「ごめんね。﨑野君には頼りっぱなしで」

「そんなことないよ。頑張ろう?」

「うん」

それから、マスターさんとの面接は滞りなく受け答えが出来て、採用となり私はホッとした。面接で採用と言われた時は、あれだけの解放感と達成感と充実感から思わず、よかったぁ。と声がこぼれてしまっていた。

それからマスターは﨑野君に、

「今はとりあえず亘につけばいいさ」

とだけ言って、豆と食材を受け取りに行ってしまった。

﨑野君はいつもああいう感じだから。とだけ言っているし、本当にそうなのだろう。

私の仕事はとりあえず崎野君のお手伝いから始める事になった。

あとは全て﨑野君が説明してくれた。

マスターは、倉賀山吹くらが やまぶきさんというお名前で、一代でこのお店を構えた方で、いわば珈琲の専門家だ。従業員は倉賀さんを「マスター」と呼ぶようにと言われた。元々はマスターと、マスターの家族五人でお店を営んでいたのだが、それぞれの目的があって、今はマスターと﨑野君で切り盛りしているらしい。

ここで私はあることを決めなくてはいけないと気付いた。

マスターは「マスター」。

それなら、﨑野君は何と呼べばいいのか? ということだ。

お客様の前では、「君」ではおかしいし、ましてや呼び捨ては失礼だ。お店では﨑野君は目上の人だから。

けれど、﨑野君は「自由に呼んで言いよ?」というので「﨑野先輩(私が決めた)」と呼ぶことにした。

そうしてまず、従業員用室の説明を受けた。

従業員用の部屋は更衣室(エプロンの着けるか、外すだけ)兼、休憩室兼、練習室になっており、入って右側の奥にシンクとガスコンロが設置してあり(ここでコーヒーの淹れ方を営業時間外に教わるのだという)、その右側に冷蔵庫が一基ある。この冷蔵庫は主に従業員用の飲料ペットボトル、食べ物、お菓子など自由に入れていい事になっている。早速、﨑野先輩にアドバイスを乞うと、

「まずはスポーツドリンクかな。あとは判断力と集中力を高める甘いものは、僕は杏仁豆腐にしてる。杏仁豆腐の豆腐は『杏仁』は『きょうにん』というアンズの種の中のある白い種のことでね。それを粉末にして牛乳や脱脂粉乳、ゼラチンとかを混ぜて固めた物なんだ。だから、栄養価とか乳製品のカルシウム、コラーゲンとかもあるから僕はお薦めするよ。少量で体調管理に結構役立つのがナッツ類とドライフルーツかな。あとはマスターも僕も口にするのが、「モーニング」で朝早くて低血圧気味の時に、小さい梅干しを砂糖をチョンチョン、とつけて食べると、短時間で血圧が上がるし、ちょっとした疲労回復にもなるよ。たまたま旅館の仲居さんから教えてもらったんだけどね。これは特に休日営業日の早番の時とか僕はお世話になる。朝から大忙しだから」

や、やっぱり訊いておいてよかった・・・。さすが、先輩だ!

その反対側の壁沿いに、従業員用の洗面台とトイレと清掃用具置き場、そして六つのロッカーが設置してある。マスターの家族は今はこのお店の珈琲豆の農園の仕事や、豆の買い付け等で世界中を飛び回っている。さっき言ってた目的はそういうことか。そのロッカーの中にハンガーとエプロンが掛けてあり、その下に荷物置き場と個人用の金庫(貴重品用の鍵付き)、ロッカーの扉には鏡がある。

仕事時間の一時間前には、ここに来てメニュー表を確認しながら、コンディションを整えるそうだ。一時間という時間は、﨑野先輩によると『珈琲屋』のメニュー表の確認時間を考えると、最初は厳しい時間に感じる程だと言う。

部屋の中央には簡易ベッドとなるソファーがコの字型に設置してある。空調も自由だそうで、﨑野君は体調が悪い時に五分だけ横になるのだそうだ。あと勿論、気分が悪くなったお客様はとりあえずこの簡易ベッドで休んで頂くことになっている。

エプロンのサイズは膝上位に丈が来ると、接客の際に適しているだろう、というマスターの判断だったという。何か落ちていたら拾う時に引っ掛からないし、長い丈だとテーブルから飲み物をこぼれた場合、もしつい自分のエプロンから拭いてしまったらお客様に失礼になる。そういうことも考えるとお店の従業員室でエプロンを拭くのに掛かる時間も、エプロンが長い程時間が掛かるのは当然だ。けれど、その丈だとエプロンよりお客様のテーブルや食器などの方がこぼれた物に意識がいきやすいから、自然とまずお客様の衣服、次にテーブル、最後に床という心理が働くし、それが咄嗟の時に必ず出来る様になる為の訓練材料だと思って欲しい、とマスターから言われたらしい。

確かに優先順位を間違える事はどんな仕事でも考えておかなければならない。仕事は社会の中でお金という給料が貰えるくらいの社会責任を果たして、はじめて働くと言える、とお父さんから聞いたことがある。だから「ただ働き」というのは職場という社会に認められることはない働き方なんだ、とも教えてもらった。お給料が貰える前提という考えは、社会に認められてから考える事だともお父さんから教えてもらった。

つまり私にとってこのエプロンがマスターと私のお父さんの言う通り、「社会に認められる働き方をする為のまさに『訓練』の道具」なんだね・・・。なら、今はこのエプロンに育ててもらわなきゃ!

「後はテーブルの割り振られたテーブル番号と、接客の仕方の基本だね」

「お願いします」

と従業員室から﨑野君と私が出てくると、無人の客席フロアで私は急にまた別の緊張感がした。けれど、心地いい緊張感だ。結構今の私は生まれて初めての「職場」にいる事で張り切っているんだな。ここまで来たんだ、やるんだ。仕事を。

「ここのフロアは全部僕達でやることになるんだ。大丈夫だから落ち着いて聞いてね。後返事はここではまず『はい』だよ?」

「はい、わかりました」

「ベル? ここでは返事は誰に対しても、『はい』、の後は『承知いたしました』か教わるときは『よろしくお願いいたします』だよ?」

「はい。承知いたしました。よろしくお願いいたします」

「じゃあ簡単に説明すると、マスターが品を出す丸いカウンターがこのすぐ左側にあります。このカウンターを時計回りに辿って突き当たる所から見えるテーブルが『1番テーブル』。それを覚えれば後は単純に、反時計回りにテーブルを数えていきます。僕が適当にテーブルを指さしていくから『何番テーブルです』と答えてください、と言ってもお客様がいらっしゃる間はテーブルも床も指さしちゃ駄目ですよ。あと例え間違えても、覚えるまでは続けます」

「はい、よろしくお願いいたします」

「じゃあ、いきます。はい」

「7番テーブルです」

「正解です。今度は、はい」

「11番テーブルです」

「その調子。はい」

「2番テーブルです」

そのまま全テーブルをランダムに答えていく。これは大丈夫だな。

「じゃあ、はい、はい、はい」

「9番テーブルです、4番テーブルです、10番テーブルです」

「よし。合格です。もう大丈夫」

「ふう~・・・」

大体二十分間くらいに、指されるテーブルの組み合わせパターンも変化させつつ、なんとか出来た。遊び感覚ってかなり有効なものだなあ。

「じゃあ、6番テーブルでちょっと休憩します。あ、休憩中は言葉遣いはいいからね?」

「はい」

溜息交じりに席に着くと、なんだか急に体に緊張感が解けて、全身に余計な重力みたいな負荷が掛かっているようになってしまった。

「一息入れよっか。コーヒー淹れてくるね?」

「はい。あ、えと、うん、ありがと・・・」

それから暫く、お湯の沸く音、コーヒー豆を挽くコリコリという音、ドリップにお湯を注ぐコポポポ・・・。という音がして・・・なんだか・・・・眠くなってしまいそう、というか、本当にコーヒーの香りって、フワリとして・・・・気持ちが緩まっていく・・・。

よく眠気覚ましに飲むって言われるけど、そういうのだけじゃないよね・・・。

なんか心に寄り添うような安心感を感じるな・・・。

喫茶店にいるのに今このフロアにいるのは私一人で、﨑野君のコーヒーの香りに包まれている。他の音は何もしないし、すごく特別な世界にいる。

本当にすぐ目の前に駅があって、帰りを急ぐ人達もいて・・・。

私は椅子の二人分のスペースに、ほんのちょっとだけこの空間に溶けていたくて、まるで自分の部屋のベッドの様に静かに体をのせた。

「いいな・・・」

それだけしか言いようのない時間だった。

コト。

と﨑野君が二杯のコーヒーを持ってきてくれた。

「大丈夫?」

そんな優しい声と共に﨑野君も向かいの席に座った。

「この時間が、僕も好きなんだ・・・」

ポツリと雨の一滴みたいに言う。

私は頭だけ﨑野君に向けて、視界に﨑野君を入れてみる。

すると、﨑野君も同じように椅子に背中をくっつけるようにして、ただぼんやりとして目は開いていても何も捉えていないような・・・そんなにいつも疲れていたんだね、﨑野君。

こういうのをなんていうんだろうな・・・。弱っている、疲れている、休んでる。そんな時間を二人だけで過ごす事ができる相手がいる。一緒にいる。

本当にただそれだけ。

・・・なんか、今ならいいのかな・・・。

「ねえ、亘」

どうしても、そう言いたかった。

もしかしたら、ずっと我慢していたのかもしれない。

“亘”はすー、と頭を向けて、

「なあに、鐘」

と応えてくれた。

そっか。

同じだったんだ。ずっと・・・同じだったんだ。

「やっと、普通に言えた気がする・・・」

「私も、そうだよ・・・」

「この方が、呼びやすいな・・・いまさらだけどね」

「おんなじ」

「学校じゃダメかな」

「そんなの考えなくてもいいんじゃない」

「そっか」

「うん」

「コーヒー、飲む?」

「うん。一緒に飲も」

「うん」

それから二人で同じコーヒーを飲みながら、一緒に外をただ見ていた。

話とか、言葉とか、何もかもが、この時間には勝てない気がした。

ただ二人きり。

そんな時間は今までも幾らでもあった。けど、お互いに弱ってる姿とか許してしまって

いるのは本当にこれが初めてだろう。

二人とも気兼ねなくいる、それが出来る心地よさ。

温かい亘のコーヒーは私にとってなによりのご馳走のようだった。

世界中探しても、私がこうしていられるのは亘がいる場所だけだろう。

それはきっと亘も同じだ。

お互いがその場所を作っていて、その場所に相手だけがいる。

満たされるとか、幸せだとか、時間とか、それすら超えて過ごすだけ。

それが「二人きり」。

ただ、それだけの感覚しかない。

そうして、コツ,コツ、コツ・・・。

とお店の時計だけが、時間を在るものだと肯定し続けていた。

その時計は随分と長い間頑張っていたが、私達には届いていなかった。

確かめたくて、私はこう言った。

「亘とだけだね」

亘は外から自分の視界を切り離して、

「うん、鐘だけだよ」

お互いコーヒーを一口飲んでから、

「マスターは、今いないんだよね?」

「さっきの仕入れはまだ当分かかるね。だから僕と鐘はお留守番」

「接客の仕方は?」

「マスターが帰るまで、おあずけということで。今はこうしていたい」

そういって亘はコーヒーを飲み干した。

そんな亘だけを見たら、私の本能の全てが亘に向けられて、私の全身が亘だけしかいなくなって、私が動いていた。亘・・・と。

亘の唇に私の唇が触れる距離だけ、動いた。それだけの為に。

私の両手は亘の肩をそっと握りながら、震えている。

自分でもあまりに抑えられなくて、私、こんな風になっちゃうなんて・・・。

「初めて、だからね」

「・・・僕も、だよ」

その答えで、私は何もかもが良かったと思えた。

けど、だから、この距離から遠ざかる方が、出来なくなってしまった。

私が亘を私に送りこんでいるようで、そういうことすら抑えられなくなってる。

「私。こうしないと、駄目な気がしたのかもしれない」

「耐えられなかった、ということ?」

「うん」

私は亘の方にテーブルをすり抜けて引き寄せられた。

「僕が、鐘以外見るのも、鐘が知らない僕をみるのも、全部鐘は怖かったんだね」

私の事を言ってる。

「うん、そう、怖かった・・・・ずっと・・・どんな事より、怖かった」

やっと・・・やっと・・・・言えた、私がここに来たかったんだ、私を見てもらいたくて・・・・ここまで、来たかったんだ。もう何にも作りたくなくて・・・。

「どうしても、私は、亘が好きで・・・、それに気づいたら・・・亘との距離が、怖くて、怖くて・・・」

「そうか・・・そうだったんだ・・・」

「うん。『あの時』から好きって思ってたけど、こんなに私って、亘を好きなんて、自分でもわからなくなるくらいになるなんて」

「好きだよ」

「・・・?」

「僕も鐘が好きなんだよ・・・ずっと、入学式から、ずっと」

「・・・入学式?」

私は亘の目だけしか今度は見れないでいる。こんなに近くで、亘を見たのは初めてだった。

「その、一目惚れ、したんだ・・だけど、ずっと鐘は、女子のど真ん中にいて、僕はあちこちから相談されて、気が付くと、鐘は下校していて、僕もすぐにバイトだし」

「ご、ごめんなさい、本当に気が付かなかった」

「もういいよ。僕も今好きって言えたから。ただ、あの目で見つめられた時、僕自身を全部鐘で塗り替えられた感じで・・・動くことができなくなって、そしたらキスで、僕自身はどうなったんだろ、と思った」

「私も自分が、私の全身が亘だけしか把握したくないような感覚になっていて、その」

「こういう事ってあるんだね」

亘の肩に当ててる私の手にとても大きくて早くなっていた心臓の音が伝わってくる。私も自分の心臓の音がはち切れそうな勢いでいる。

「うん。ありがと。見ててくれて、ありがと。それに、何もかも、受け止めてくれて、ホントにありがと・・・ありがと・・・」

ずっと待ちわびていた。

亘は、私の心の中に。

私も・・・やっと﨑野亘の心の中にたどり着いたんだ。

―――――――――――――――――――第六話「待ち合わせ」


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