~「こんな僕を助けて」「こんな私が助ける」~
第三話 「あふれるもの」
「(さて、今日はどうしようか?)」
亘にとっては徹夜など慣れっこだ。それと引き換えに昨日のように、ノートを忘れたりする代償が待っていたりするのだが。
だが、今日はおそらくその様なことにはならないだろう。
放課後のベルとの約束だ。
これもおそらくだが、察しがついている。ベルの事だ。自分を質問攻めにするだろう。
ただ、ベルは自分が普段見ている感じでは話し相手の対象が、男女分け隔てなく話す方タイプなので、つい、ポロッと昨日や昨夜のことを話しかねない。
そこが裏表なく、誰にでもいい印象を持たれている理由でもある。
「ベルは何でも隠し切れない程友好的な女子」
という印象が周囲に定着しているのだ。
だが、それは違った。
死にたい程の悩みがベルの心にはくすぶっていたのだ。
そして、昨日の放課後に至る事になった。
普通「死にたい願望」がある人は個人差はあるが、「死にたいと思う過程」がある。
勿論、衝動的な死に方をする人だっている。しかし、そういう人でも「つらい」「苦しい」「嫌だ」という思いが次第に積もり積もって、「心の器の耐えられる重さ、量」に段々ひびが入っていき、次第に脆くなって、ある瞬間その人にしか分からない音を立て、崩れ落ちてしまい、自我が保てなくなってしまう。それはその人の人生に対して、もう帰る道が無い状態にある、「死」への道筋だ。だから、そういう人にとって、「生」へ戻れという、「死」への否定的な言葉は、余計に聞きたくない言葉にしかなく、「生」も「死」ですらも選べない状態に陥らせてしまう。もうどのような例などの言葉で「生」を選ばせようにも聞こえず、「死」を選ぶ状態になる人になってしまっているのだ。
昨日のベルの行動も昨夜のRINEの言葉も氷山の一角だろう。そういう事であろうというのは、一番自分が分かっている「つもり」だ。
というのも、全く自分の予想もしない場合だって十分あり得るからだ。
そこを勘違いしてしまうと真逆の方向に進みながら、近づいている気になってしまうことだって、最悪の場合あるからだ。
亘の「どうしようか」、にはその危惧が込められているのだ。当たり前だが、そこまで気が回るのは、亘自身が「生」へ帰るか帰れないか自分では分からないが、何とか「気力だけで引き返して」来たことがある、意識や心というものよりも強いものを持っていたからだ。
だから、昨夜のベルからの連絡が来るまでに「このような感じ」位のふくみのあるルール作りをしていたのだ。ただここでも万が一の想定をしなくてはならない。そう、全くもって話しが嚙み合わない時=ベルへの「至らなかったことがある場合」である。
これはもう亘の判断を自分で信じるしかない。
でも、「その恐れ」は先程述べた通り「万が一」のレベルまで下げられる程なのは、ベルにとって「亘でしかありえない」し、「亘だから出来る」ことの証明がされているからだからだ。
だからまずはベルが自分と居て、安心できることが最優先なのだ。
でも、もうそれは良かった。昨日で、昨夜から今朝で、ベルのコミュニケーション能力が自分がからかわれてしまう程に、最低限自分だけ位だろうが、回復していたからだ。
「ベルは強いな・・・」
『そんな』にかぁ、と言わんばかりに、亘は一番手っ取り早い「『あの時」の自分と比べること」で、実感していた。自分より、思わず感嘆の言葉が出るほど、ベルは強い。
「(だからこそ、ルール作りをした方が良いと思い立ったのだろうな。でもきっと、もし自分の方が遥かに弱い事をにベルが気づいたら、もしかしたらベルは・・・)」
そこで考えを無理にでも止めた。やりきるしかないな、と思い、ちょっとだけだが空を見た。
「雨か・・・」
さっきからなんか冷たいものが当たると思っていた。
「えっと、折り畳み傘・・あれ?」
ないか。やっぱりそうきた。まあいいや。もうすぐ学校。走ればいい。
***************************************
都咲高校では各教室の中に傘立てがある。それは学校全体の床がほとんどコンクリート素材だからだ。その理由として、学校の校舎出入り口付近に傘立てがあると、全校生徒並びに教職員が一斉に雨が降る度にその出入り口付近に置いて、見間違えどころか、まず水浸しになるからだ。
ベルは後から、傘をさして学校に入ってきた。だが、亘はびしょ濡れだ。
その時、亘は教室でタオルで頭と体を拭いていた。あれ、とベルは言った。濡れてしまったのなら傘がないのか、けれど、濡れた時用のタオルを、しかも間違えたのだろう、あれはバスタオル(亘は帰宅部なので、そもそも運動部の生徒がよく持っているスポーツタオルが無い)で拭いている亘がやはり「不思議」だったのだ。
亘はよくそういう小さい子供のような、意外な部分を見せることが度々あった。
例えば、亘は花粉症なのだが、今日は凄く花粉が多い、と言ってポケットティッシュを多く持ってこないで普通サイズのティッシュ箱ごと持ってきたりしたこともあった。
他の生徒から、分からなくはないけれどお前それごとって、と言われると、どれくらいかむのかわからないし、大は小を兼ねるというだろ、と言って、しきりに鼻をかんでいたりする。
だから、クラスのほとんどが、いや、亘の行動が目に入ると先輩後輩、教職員の皆、亘のこういう効率優先主義の性格で、けれど普通の生徒達には珍しい「不思議」さは、ベルは、昨日のことは無しにしても、完全に別の意味で、自然にベルのツボにはまったらしく、ベルは自分の席に着くと、頭を机に突っ伏して一生懸命にこらえながらも、体が震える程に隠し笑いが止まらなかった。
「(あ~もう、ホンットに、尊敬してるんだけど、ギャップ?、不思議?、な人だ!)」
そう思い、もう一度亘を見ると、頭を拭くのはいいが、どんどん髪の毛が大変なことになっていっているのを、本人は完全に自覚していない。でも、必ず亘はちゃんと、いつも気づき、きちんと授業には臨むのだが、もしも、という感情が見た人にとってハラハラさせてしまうのだ。
「(もしあんなの先生見たら・・・。だめだ! 﨑野君見ると、強烈にあれが焼き付いて、私は授業が受けられないくなる!)」
と、ベルはまた机で突っ伏して、隠し笑いの声を凝らした。本当は申し訳ないのだが、見てしまっただけでこらえられないのだから、とても近づくことができないでいる。それに、ベルや、他の生徒にとっても、亘は後で本当にちゃんとするので、そういう時の亘の行動を邪魔してしまうと、効率優先主義の性格を持っていて、ほとんど確立している亘に、悪いような気もしてくるのだ。それに、今は亘のその性格がたまたま「他の生徒に比べて」あのように見えているだけで、きっと今の亘に何か言うと、みんなは自宅でボサボサにならないの? と逆に不思議がったりすることになるだろう。
つまり、「いつもの、そしてごく普通な『﨑野亘の姿』」なのだ。
みんなそれがわかっていて、中には、それほどまでにマイペースで、ほとんど周りを気にしないでいられる亘が羨ましい、と思う生徒も結構多いのだ。特に自分は神経質でキリキリしてしまう、と思うタイプの生徒や、人に流されたくないな、と思う生徒からは結構悩みを打ち明けやすく、自分の考えの整理整頓をしてくれて助けられた、しかもそれが上手だと言われるのだ。
けれど、亘自身はいたって「普通の事」なので、またどうぞ、などと、どこかの商売上手な占い師みたいに冗談交じりに笑顔をみせたりするのだ。
そこまでベルは考えると少し後ろで亘の声で、
「あー・・、そうだ、髪の毛・・」
と、案の定、亘は髪型を整えた。
ベルはホッとしてそのまま亘を見ると、既に教科書とノートを鞄から取り出す事に行動に移っていて、あれ筆箱がなんで弁当の風呂敷の中なんだ? などとガタガタと鞄を調べている。
そこで、やれやれとベルは前を向くと、
「(でも、私が教壇に隠れていたことも見抜かれたんだよね・・・)」
と、ベルは何気に昨日の「王子様的﨑野君」を思い出し、周りの席の生徒に内緒で今朝までの『﨑野亘君』と入力し直したのRINEを見返した。
「(この指摘の仕方も『﨑野亘君』なんだよね・・・しかもこれは私しか知らない「本当」の・・)」
と、ベルはちょっとだけだが頬を赤らめた。
そういえば、いつかうちのお父さんが言ってたっけ、仕事とプライベートのON/OFFのスイッチが上手く切り変わらない、て。
あと﨑野君、授業で理系の先生が不意に指したと思ったら、的確な正解を答えたり、時には先生も知らない事をサラリと口にしたりする所もあるんだよね。
思い返せばまだあるな、一年の時、﨑野君と一緒のクラスだった女子の間から、林間学校の肝試しで本当に怖くなった女子がいた話も結構噂になってたことあったなぁ。
確か、帰りが遅いのを﨑野君だけが気づいて、多分あの辺りだろ、とかいって、﨑野君以外は逃げ出したくらい、あの場所はもう通るのをやめにしよう、という所に一人で探しに行って、怖くて何処かまで逃げてしまい、自分が何処にいるのか分からなくなって混乱状態の女子を探し当てて、連れて帰ってきた話とかあったな・・・。
それで、暫くその女子、﨑野君によく話しかけてたりしたな。あの時はありがとう、って。でも、﨑野君はその時も、やっぱり余りにも「普通」の反応だから、未だにその女子が、
「・・・でも何でわかったの? て、﨑野君に聞くとサ、考えたら多分あの辺くらいかなってね、て言うだけでサ・・・」
て、言ってたこともあったんだよね・・・。それから、なんかあったら﨑野君を、なんていうのが少し流行って・・・。
いつの間にか、その内私が感じた「信頼」みたいなのが、女子たちの間に広がって、恋愛対象ではないけど、何かあったら気軽に話せる男子、て言われるようになっていったんだよな。
勿論、さっきの神経質タイプ、流されるなのがイヤなタイプの人達からは、まるで幼馴染みたいに親身に話を聞いてくれるって、言われてるし。
そこまでベルは思うと、自分は本当に人との交流が浅いな、と思った。自分も一応他からは友好的に見られている方だとは思ってはいたが、一緒に話をしても、ほとんど周りと同じ位の深さで話し、個性のレベルも月並みの、ほんの少し上、であることがよくわかってきた。
﨑野君みたいに、
「あのさぁ、﨑野。俺は/僕は/私は、こうこう、こう思うんだけど、お前は/君は/﨑野君はどう思う」
という相談話や悩みの話ではなく、私は、
「○○だよねぇ」
という「同調」の話が圧倒的に多い。
そりゃ自分にも強みはある方だとは思うが、その強みの強さが周りとあまり変わらないと言えば、そうだというしかない。
それに「会話」としての『中身があるか』と言われたら、﨑野君のように話を持ち掛ける側が求める『どうすべきか』というのが『その人にする中身がある話』だ。
でも、私はほとんど「私じゃなくてもいい」話の方が多い。ほとんど『中身がない』。
だから﨑野君は他の人と、存在がまるで違うところが多くて、その「﨑野君らしさ」こそ、「その人を選ぶ意味がある」といえるだろうし、本当に「話したくさせられる高校生」が出来ていると思う。この学校では珍しい秀で方の生徒で、貴重な存在だ。
つくづく﨑野君には敵わないと思う。
本人自身はそれが本当に、のほほんと、マイペースで「普通」だ。
けど、確かに周りの人はつい気軽になってしまう。違いがあり過ぎるのに。
だから、「不思議」なのだろう。
「(・・・いや、それが本当の『魅力』というやつだな)」
ベルはそうやってずっと自分と﨑野君は、こんなに違うのに何故、「同じ事をした」になってしまったのだろう。同じところを探すこと自体が無意味に感じられるのに。
一体、十一年前の﨑野君に何が起きてしまったのだろう。
という思いに取りつかれてしまい、授業どころではなくなっていた。
―――――――そして、放課後。
二人はずっと黒板の方を向き続け、他の生徒が完全にいなくなるまで固まったかのように、じっと待っていた。
ベルは﨑野君にどう、何を聞くかで頭が一色になっていた。とにかくどんな言葉でもいいから、﨑野君の「いきさつ」が知りたくて、我慢が限界まで来ていた。
「(早く、早く!」」
と心の中で湧き上がる言葉をこらえていた。
そしてとうとう、最後の生徒が教室を出た瞬間、ベルは跳ねるように﨑野君の方へ向かおうとしてーーーーーーー!
自分が「その人」を見て、そこにいるはずの「誰か」を見ていたのだ。
「(誰なの・・・! あなた・・・﨑野君・・・・なの?)」
そこにいたのは昨日の笑顔や、朝、頭を拭いていた「姿」、「形」は・・・﨑野君らしいのだが、違う!・・・まるで違う人として見えてしまう、別の・・・﨑野亘、だった」
「ああ・・・ベル、話を始めよう・・・」
・・・・・・・どうして!?
「・・え、・・・・え?」
動けない! ベルは完全に凍らされていた!
でも、「彼の」その状態がいったい、何なのかが、ハッ、と分かった。
「(あの時だ・・・! 昨日、この教室でカッターナイフを持って教壇に隠れていた、私自身の心の姿! 﨑野君は、今にも正気を失いそうなほどの、極度の緊張に襲われてしまっている! 必死に私に話す覚悟のせいで! だったら、今度は私が助ける番だ! 﨑野君を危険な精神状態にさせるわけにはいかない! 助けてもらった恩を頑張って返さなくては!)」
ベルは、のみこまれないように、心に力を込めてそばに寄った。
「﨑野君、私から話させて!」
「・・え?・・・」
彼は、朦朧としていた。
だめだ、﨑野君が壊れてしまう! もういいよ! 﨑野君! わかったから、お願い!
「私から話させてもらっていい?」
ベルは必死だったが、にこやかな笑顔で、『﨑野君のように』優しく言った。
それは昨日の﨑野君同様、ベルの全力で、ゆっくり話しかけて﨑野君の震える手を、優しく丁寧に、自分の手で包んだ。
「・・・そうか、わかった・・・・」
﨑野君の顔色が戻っていく・・・。
ベルはまっすぐ﨑野君の目を見つめた。逸らしてなるものか!
そして祈った。
そう、そのまま・・・、ゆっくりでいいからね? 﨑野君。そのまま・・待ってるからね、
ここにいるから・・大丈夫、ね? 私はここにいるでしょ?・・・、戻ってきてね・・・・。
ベルはとにかく祈りながら、そのまま待った・・・。ただただ、「﨑野君」が『﨑野君』に帰ってくるのを・・・。「本当の」ではなく、「普段の」﨑野君に。
もう少し・・あとちょっとだよ・・・『﨑野亘君』・・・。あと・・・ほんの少し・・・。
頑張って・・お願いだから・・・・、その調子・・・・。
長くて、静かで、必死な時間が過ぎていく。
そしてとうとう彼は戻った。昨日と同じ様に、汗まみれで、息は荒かったのだが・・涙目だった・・・。よっぽど苦しかったのだろう。
ベルも泣いていた。嬉しかった。私が﨑野君を助けられた・・・! 応えてくれた! 私にも出来た!
「(同じ事をしたんだ!)」
昨日の﨑野君の言葉を、「私が」言えてる!
ベルは嬉し涙をそのままに彼の手を包んで、笑って・・・。そのまま彼の目を見つめた。
「本当の、私の笑顔だよ? 﨑野君? ありがとう。また私、嬉しいよ?」
私は、本当に大切な事を、本当に大切な人に言っていた。
どうして、私はこの人が前にいると、こんなに心が嬉しいんだろう。
何で、この人を助けたはずなのに、私が助けられているんだろう。
本当に、「嬉しい」だけになっちゃうんだろう。
本当に・・・全然わからないから・・・嬉しいよ。
私は、私が「不思議」だよ・・・。
これが・・・『本気で助ける』気持ちなんだね? 﨑野君。私にしてくれたことなんだね?
ベルはただ心で告げて、涙が出てきて、心から笑えた。
「ベル・・・ありがとう」
﨑野君は微笑み、それだけ言った。
それなら、﨑野君はわかってる。
そして、今こそ言おうと思った。今なら私が私を許せると思えた。そう、自分を信じる事がやっと出来た。
「これは私の・・・『自白』というべきことなんだけど・・・」
今は、私がこう言えてることが嬉しくて、心が。私自身が。「不思議」になった。
――――――――――――――第三話「あふれるもの」―――




