~「僕はついに見つけられた・・・」「私はついに見つけた・・・」~
第一話:「助けたい、から始まって」
都咲高校2年D組に﨑野亘は急いでいた。「あれ」が見つかるとまずい! 「あれ」が読まれたらもっとまずい! 亘はようやく2年生の教室がある3階にまで階段を上ってきた。
都咲高校の学生棟1階は、職員室と用務員室と保健室と購買部室、職員用トイレがあり、主に生徒は用事がない限りそれぞれの階にある、教室A~D組、男女それぞれの生徒用トイレを使用する。校舎の裏には、体育館やプール、テニスコートがあり、その隣に男子女子それぞれの更衣室、シャワー室がある。専門棟と呼ばれる各実習室や放送室、音楽室、美術室、図工室、図書室と、それら準備室はそれぞれの教室の隣にある。校庭には400mトラック、サッカーグラウンド、ラグビーグラウンドが隣接する大きなグラウンドがある。屋上は誰でも出入り自由。そして、2階が1年生フロア、3階が2年生フロア、4階が3年生フロアならびに生徒会室がある。
つまり、人一人を探すとなると大変な労力が要り、逆に目的の場所には着きやすい、という広大な敷地と校舎だ。
それに、都咲高校生徒の文系理系の割合は半々位で、またこの高校は生徒一人一人の個性や能力を重んじているため、生徒の部活動も熱心で盛んだ。だから、高校入試時に「同じ道に進む友人ができる高校」だとよく言われるが為、入試試験は並の上のレベルでありながら受験倍率が他校よりも高くなる。
そんな活気溢れる学び舎に似合わない焦りの息切れをする亘はようやく自分の教室である、2年D組の扉の前に辿り着いた。
荒い呼吸のまま、こそこそと扉を少しずつ開きながら中の様子を伺う。
・・・大丈夫だ。はぁ、よかった。あのノートは僕の机の中に確かにある。見つかっていない。誰かに読まれたとしたら、大変な・・・。あれ?
亘はそこで黒板にちらつく小さな光に気が付いた。本当に小さなちらちらとした白い光。
「(まさか・・・いや、違うということだけでも確かめておくか・・・)」
もし違わなかったら、僕のノートどころではない。慎重に、慎重に・・・。
亘は足音を極力たてないで教壇の方へと進む。進むごとに聞こえてくる、震えるか細い息に、亘は確信する。まずい。今は僕一人でこの状況を食い止めなければ。十一年前の自分がしてしまった「行い」の一部始終が一瞬で、よぎる。
相手の光る物を、相手の死角に進んで確認。女子生徒らしき腕時計が見えた。あの腕時計の持ち主に亘は心当たりがあった。人気者の高山鐘(たかやま りん=あだ名は、ベル)。そこで、相手の油断の合図かのようなため息、今だ!
亘は自分の靴を教壇の反対側に投げた! 靴は反対側の壁にぶつかり、派手な音を立てる。
「だ、誰なの!!!」
不意を突かれた女子生徒は靴の音の方へ、その光るカッターナイフを向けて立ち上がる!
亘はその背中側からできる限り素早くカッターナイフを持つ右手を掴み、思いっ切りその手がつぶれるように力を込める!
「痛い!痛い!誰よ!!!何なのよお!」
「ダメだ!離せ!ベル!」
「なんで!カンケーないでしょ!あんた誰よ!卑怯者―――!」
「同じ事したんだ!それでも無視すんのか!絶対後悔するぞ!いいから放せ!」
「うるさい!うるさい!後悔なんかしない!してやるもんか!!!その手こそ離さなかったら切り殺してやる!後悔させてやるぅぅぅ!!!」
「その通りだ!あの時同じ事思ったんだよ!」
泣きじゃくり叫ぶベルのカッターナイフを黒板にお互いの両手ごと思い切り叩きつけ、亘はその手を力づくで下に向け、蹴飛ばし、カッターナイフを教室の反対側まで吹っ飛ばした。亘はダッシュで開けっ放しの教室の扉の外へカッターナイフをさらに蹴飛ばし、乾いた音をたたせてを廊下はるか奥に転がったのを見て扉を閉めた・・・。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」
「フゥ―――ッ!フゥ―――ッ!フゥ―――ッ、カハッ!ケホッ!カホッ!ヒュー――ッ、カホッ! 苦しっ!助けッ、ゴホ!」ベルは膝から体勢を崩して、倒れた。
「(極度の緊張からの爆発的な興奮の感情の剥き出し。加えて突然の諦めと落胆。過呼吸も無理ない)」
すぐに亘は辺りを見渡し、誰かが机の上に放置した学食のパンを入れる袋を掴んで、ベルに駆け寄り口に当てる。
「ゆっくり吸って」
「スゥ―――・・・」
「ゆっくりはいて」
「ハァ―――・・・」
「落ち着くまで繰り返して」
「スゥ――、ハァ――、スゥ――、ハァ――・・・・・」
段々ベルの顔色に落ち着きが戻ってきた、もう大丈夫だ。
「ベル?もうしてはいけないよ。自分の身だって、殺そうとなんかは、絶対にね」
「グスッ、ウッ、ウウウッ、ウワァァァァアアアアアアン!死にたくない!死にたくない!!ホントは怖かったんだよぉぉぉ!!!ワタシ、ワタシ、どうすればっ!!!ウワァァァァアアアアアアンンン!!!」
「・・・よしよし。悲しくて、やりきれなくて、怖くて、そう思う自分に耐えられなくて、潰されそうで、心が痛くて、それが全部嫌になって、苦しかったよね? でももう大丈夫。僕が一緒に考えるから」
「ウ・・ウウウッ・・・グスッ・・ゴメン、ありがと・・・・・アンタが・・、ううん、﨑野君がはじめて・・そこまで、言ってくれたの」
「それは・・つらいよね」
「・・うん」
ベルはその後も暫く大声で泣き続けた。
亘はその間ずっとそのまま動かなかった。そのうち、ゆっくりとだが、ベルが泣き声を小さくなっていくまで、亘は待ち続けた。その甲斐あってか、ベルは段々落ち着いてきた。
「いつでも、相談していいよ。つらいとか、どうすればいいのかとか、RINEにする?」
「え!・・でも・・」
「じゃあ、今、全部の苦しみ、悩み、悲しみ、解決して、さっきの状態みたいにもうならないって言える?」
「う・・全部は・・・こんがらがって・・」
「でしょ。ハイハイ、さっさと、とっとと! はい、出来た!」
「・・・」
「ん? 早速どした?」
「どうして、いいの?」
「さっきも言ったけど、ベルと同じ事、以前しそうになったから」
「﨑野君も?」
「うん。僕は僕自身で制止したけど」
「・・すごいね。私なんっ!」
「絶対に自分に対して『なんか』はダメだ! いい?」
ベルは亘に口をつままれながら、コクコクと頷いた。
「はい。よし! んじゃ、帰ろ!」
「あ・・あの﨑野君!」
「何?」
「ごめん、ちょっとだけ、その、あれ読んじゃったの。なんていうか、大人だなって・・・思った、こんな時にアレだけど・・・」
「・・・見られたか・・。いいよ。読んでも。今日はそのノートを魔除けのお守りだと思って読んでていいよ。けど開けば僕のただの本音集だよ。あ。途中でもなんか感想があったら、連絡くれるかな?」
「いいの?」
「いいよ。だって今日、今ここであんな事あっただろ? ならさ、きっと誰かの本音が、まぁ僕のだけど、気になる時間があると思うよ」、
「そうかも。・・ありがと・・・ちゃんと読む」
「いや、気楽でいいよ。僕の考えだって正解じゃないだろうから」
「うん。だけど、大事にするから」
「そりゃそうしてもらえると嬉しいよ。でも、今日はもうゆっくり休んでね。はい、涙拭いて」
「うん、ホント・・ありがと」
「行こうか」
「うん」
亘は何事もなかったかのように、ベルはまだ落ち込み、泣きながら、教室を出て階段を下りて行った。
そんなベルは、少し先だが自分と同じペースで階段を進む、﨑野の後ろ姿を見ていた。
﨑野のワイシャツが腕まで汗でびっしょりと濡れていたのだ。教室まで走って来たのは音でわかっていた。だから隠れたのだから。このノートを取りに来たのだろうが、幾ら何でもあの汗の量はそれだけでは運動不足の高校男子でも掻きはしない、と思った。
「(そう、﨑野君が偶然来て、私の自殺を必死に、全力で止めてくれたからだ。もし、﨑野君が来なかったら・・・? このノートを持ち帰っていたら・・・? いや、そもそも﨑野君が私が教壇に隠れていることに気づかなかっら・・・? そうだ、﨑野君が何でかノートの事を考えていながら、私に気づいてくれていなかったら・・・? それに今考えれば何で﨑野君は気が付いた後、確実なまでに私を止める方法をとれたの・・・?)」
そこまで考えたベルは、ピタリと足と止めた。亘は、ベルが止まったと同時に振り返った。
「ん。どした?」
「(やっぱり鋭い・・・けど、今はそれはいい)」
「まだ何か不安だったり、怖い? なら送るけど?」
「(何処も取り繕ったりしてないし、それに、本当に、信じられない程、視線や言葉や表情まで、全部。・・・何もかもが、温かい・・・!)」
「って! どうしたの!?」
「・・え?」
ベルは自分がそこでまた一段とボロボロ涙を驚くぐらい流しているのに気が付いた。
「あ、いや、これは・・」
戸惑うベルを見て、亘は、
「よかった・・・」
「え、何? 何が?」
「んーと。必要ない『氷』が溶けたんだよ」
ベルは今日一日で一番大きい事に気づいた。きっと、﨑野君には今まで普段全く見せなかった、普通とは言えない程の経験をしたのだろう。うん、そう考えれば・・・、いや、けど、だとしたら、それは﨑野君自身? 違うなら﨑野君にとっての誰だったんだろう? ううん、まだまだ問題山積みだけど、私一人じゃあまりに心細かったけど、でももう違う。そうだ、そういってくれた人がここにいる。なら、ちゃんと、きちんと言わなきゃ!
「﨑野君」
「ん」
「本当にありがとうございました」
ベルはまだまだ涙声で、けどできる限り、丁寧に頭を下げながらお礼を言った。そして、続けた。
「お願いします。本当に、これからお願いします・・ううう・・」
「・・・はい。承りました。ほら、もう上げて。涙拭いて。帰ろ?」
ベルはまだ溢れる涙をそのままに、ゆっくり頭を上げて、屈託など全くない笑顔の少年を、今初めて見つけた。
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