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夕食と昔話

イアンと会うのは、1日2回。昼の問答と夕食の時である。

アイラとノイラの変身術を終えた頃、丁度夕食だったので、リジーと共に食堂へ向かった。

食堂に入ると、いつも通りイアンが赤ワインを開けて待っていた。

銀髪の彼はコチラに目もくれずに優雅にワインを飲んでいるハズなのだが、今日は違った。


「っ!?」


イアンは、慌てて立ち上がった。そして私の前に立つ。


「随分と……見違えたな……」

「アイラさんとノイラさんの変身術のお陰ですよ」

「そうだとしても、ここまで変わるのか」


それはどういう意味だろうか?

似合ってないと言う事か?


「気に入らないのならば、元に戻しま「そのままでいい」


食い気味に断られた。

断ったと言う事は悪くないのだろう。

席に着こうとすると、イアンの手が私の肩に触れる。

やがて大きな手は鎖骨の上を滑りながら、首筋に触れる。硬くて冷たい手だった。

彼からすれば、私の首など簡単に折れるだろう。

このまま絞め殺されるのではないかと、どくんどくんと脈を速く打つ。


「…………」

「…………」


イアンの目と合う。

凍り付きそうなアイスブルーの瞳は変わらずに私を見つめる。


「……食事にしよう」


目線を外したイアンは席に座った。

私も案内された席に座り、食事を始める。


ここの夕食はコース料理が基本である。

前菜、スープ、魚料理、口直しのソルベ、肉料理、スイーツ、食後の一杯……。

私は小食ではないハズなのだが、ここの食事を全て食べ終わるのには苦労する。

だがイアンはぺろりと平らげ、肉料理はおかわりするぐらいの大食漢である。

一週間前はパンとシチューに干し肉があれば上々な食生活だったのに、今は贅を尽くした料理となるなんて誰が信じられようか。


「…………」

「…………」


互いの食器の音以外、何も聞こえないし喋らない。

別に喋りたいわけじゃないが、人がいる状態で何も喋らないのは居心地が悪い。

せめて町の酒場のように音楽があればと思うがそうもいかない。

食事は淡々と進んでいく。

白身のポワレを食べていると、「そういえば」と声が聞こえた。


「テーブルマナーは、何処で習った?」


食事の時は黙っていたイアンが喋りかけてきた。

虚をつかれた私は驚いてフォークを落としそうになったが、上手くキャッチする。


「き、基本的なマナーは孤児院で、細かいものは職場で教わりました」

「孤児院でテーブルマナーを?」

「えぇ。何かあった時の為にと、ミゲル院長が皆に教えてました」

「成程な」


イワンは大きく切ったポワレを一口で食べる。

立派な犬歯も見える程の大口。何と豪快なのだろう。

必死に一口大に切っているのが馬鹿馬鹿くなってくると思いながらも、丁寧に切っていく。


「ジャンヌ」

「なんですか?」

「メイドから仕事を教わりたいと言っていたな。何故だ?」


私はグラスの水を飲む。


「かつて私はメイドをしておりました。皆さまの仕事ぶりを見て、今後の参考にしたいと思っただけです」

「それだけじゃないだろ」


イアンは静かな目で私を見つめる。嘘ではないが、本当でもない。小さく息を吐いて、正直に話す。


「暇つぶしですよ。あの部屋にいるだけでは何も出来ませんし、私は風景とお茶だけで満足できる人ではありません。でも、彼らの仕事に関心があるのは本心です」


魚を食べ終わると、肉の焼ける香ばしい匂いがしてきた。

膨れたお腹にズンとくる。お腹をさすり、食べきれるかと不安になった。


「それに、私との婚姻は期間限定です。終わった後は、何処かで働かないといけませんからね」

「王族に戻る気はないと?」

「詳しい事情までは分かりませんが、私は人々から嫌われております。それならいっそ、死んだことにでもして元の生活に戻ろうと思います」


ステーキが私の所に運ばれそうになった時、イアンが「待った」と執事に声を掛けた。

執事にこちらにくるようにと合図し、何か耳元で指示を出す。執事と話し終えると、イアンは私を見た。


「慣れない場所で、胃が食事が受け付けないのだろう」

「えぇ……まぁ……」


豪華な食事すぎて胃がびっくりしているとは言えなかった。


「トポリスでは、何を食べていた?」

「基本はパンと野菜のシチュー。たまに干し肉や野菜の酢漬けですね」


イアンの顔に疑問が浮かぶ。


「メイドの仕事をしていたにしては、ずいぶんと貧相だな」

「あまり給料が良い所とは言えませんでしたし、仕事が忙しすぎて食べない日とかありましたね」

「それは酷い職場だな」

「確かにそれだけ聞けば良い環境とは思えませんが、私には良い場所でした」

「というと?」


イアンが興味ありげな顔をしているので、何処から話そうかと考える。一から話すと話すと長くなるなと考えていると、執事が耳元で囁いた。


「長くなっても良いですよ。本日の旦那様の予定はありませんし、代わりの料理は煮込み料理ですから時間がかかります」


そういうことならと、私はゴホンと咳払いをする。


「イアン様は、トポリス国の孤児に関する法律はご存じですか?」

「あまり詳しくはないが、大まかには知っている」

「では、孤児院を出る年齢は?」


イアンは少し考えた。


「バルトリ王国に出稼ぎに出てきたトポリス国の少年を職質したことがある。たしか彼は13歳と言っていたな」

「正解です。トポリス国では、13歳の誕生日の翌日に孤児院を出る決まりがあります。仕事は本来ならば、国や院長からの推薦などで職場を案内されますが、私の場合は違いました」

「違うとは?」

「ルイーザの過去の犯歴が原因で、誰も雇おうとはしなかったのです。あぁ、私じゃなくて彼女のですよ!」


ミゲル神父から聞いたことを思い出しながら、イアンに話す。


「ミゲル神父の話では、ルイーザは5歳の頃に貴族へ詐欺をして掴まり、孤児院に来ました」

「掴まったのに、孤児院が預かるのか?」

「えぇ。トポリス国では7歳未満の子供の罪は原則裁かれません。ルイーザも例に漏れずに無罪となり、親が居ないから孤児院で預かりました」


しかし、ルイーザの詐欺は巧妙だった。

娘のいる貴族の庭から盗んだ薔薇と手紙を使い、目星を付けていた貴族コリン・ホスキンスに声をかけ、「お嬢様からのお手紙と花です」と渡す。そして「お嬢様は手紙で貴方とやり取りしたいと言っている。証拠に薔薇を摘んできた」と薔薇を見せる。自尊心が低いコリンは本人に会って直接確認するような人物ではないと分かっていたので、その説得は通った。


コリンは手紙でのやり取りを始め、徐々に心を掴まれていった。心身ともに夢中になった所で金品をねだり、ルイーザに渡す。ルイーザは、金品を自分の為に使い、お礼の手紙を書いて返事をする。5歳の少女が思いつく詐欺ではないが、ルイーザは見事にコリンの資産の三分の一ほどを食いつぶした。


だが、舞い上がったコリンが娘に直接会いに行ってしまい、詐欺が発覚。

首謀者のルイーザは捕まったのだ。


「ルイーザは5歳だったので無罪となりましたが、幼子ながらも巧妙な彼女の詐欺は大きく取り上げられて、話題となって、舞台化までされました」

「もしかして『コリンの悲劇』か?」

「ご存じでしたか」

「舞台で一度だけ見た事がある」


この話は国内外に広がり、有名な作家がそれを元に演劇を発表した。

詐欺にあったコリンの名から『コリンの悲劇』として話題を呼び、誰もが知るようになったのである。


「そんなことがあったので、誰もルイーザを雇おうとはしませんでした。でも、孤児院を出る前日に、意外な人物から声が掛かったのです」

「誰なんだ?」


私は、にやりと笑う。


「コリン・ホスキンス。コリンの悲劇のご本人です」

「何だと!?」


イアンが驚くのも無理はない。私だって驚いた。

コリン家は、トポリス南方の広大な土地の農産物で財を成した家だった。

しかし、近年は他国から安く輸入されて、経営は落ち始めていた。更に当主となったばかりのコリンがルイーザの詐欺で資金を使い込んでしまい、没落は秒読みだった。


ところが、コリンはこの出来事を本にして出版した。

没落するならばとヤケを起こした結果だそうだ。しかしコリンは文才があったのか、それなりに売れた。しかも、その本を読んだ劇作家がコリンの悲劇として舞台を発表したのである。これが予想外に大ヒットし、定期的に著作権料を得られるようになったのだ。


このままいけば、ルイーザに取られた以上の資金を得られると分かり、コリンはルイーザを受け入れたのだ。途中コリンに、私がルイーザではないことがバレてしまうが、それは別の話。


驚いているイアンに、私は話を続けた。


「資金を得られるようになってから、ホスキンス家は舞台や演劇など娯楽に力を入れるようになり、少しずつ財を取り戻していきました」

「では、給料も良かったのではないのか?」

「いいえ。コリン様は多額の資金援助をしているので手元に残るお金は微々たるものでした」


ルイーザに詐欺にあった後のコリンは、領民に励まされ助けられた。

そして一人の女性を愛するよりも、多くの人の笑顔を愛した。他人を思いやるせいで、他の貴族よりも資産が少なくて給料は良くなかったが、仕事環境は良く、働いていた人々も人柄が良かった。そんな領主だと理解していた領民も心優しい人が多かった。


「ホスキンス家の仕事は忙しいけど楽しくて、給料は少ないけれども休みが自由に取れて過ごせます。まぁ、あの環境は合わないと思う人も多く居ましたが、私にとっては過ごしやすい場所でした」


お金がある事には苦労しないが、自分の人生においては重要じゃない。普段はくたくたになるまで働き、気分じゃない時には休みを入れて街に出かけて、年末とヨイネの命日は孤児院に帰り、プレゼントを渡した子供たちの笑顔を見る。私には、それだけで十分だ。


「まぁ、今となっては昔のことになってしまいますけどね」


あの頃に戻れたらと思ってしまう。

色々と苦労したけれども、悲しいと思う事はなかった。

悲しいと思う余裕などない程、楽しくて笑っていた日々。

しかし、もう戻れないことを理解していて、ため息が出てしまう。


聞き終えたイアンは、赤ワインをゆっくりと飲み込む。

そして、同じようにため息をついた。


「事情は理解した。だが、お前は軽すぎる」

「へ?」

「断頭台でお前が倒れそうになった時、あまりにも体重が軽いから医者に診せた。異常はないらしいが、その食生活は如何なものかと思うぞ」


あまり自分の体を気にしたことないが、そんなこと言われたのは初めてだった。


「そうですかね」

「そうだ。もう少し重くなってくれないと、誰でもお前を攫ってしまうぞ」


それもそうかもしれない。

だが私を攫う前に殺しに来るんじゃないかと思った。

でも確かにもう少しだけ筋肉を付けた方が良いかもしれないなと思った。


ふと厨房の方から懐かしくも美味しそうな匂いがしてきた。

シェフが足早に歩き、クローシュを被せた皿を私の前に置く。


「トポリス南方風のチキンスープにしてみました」


クローシュを取った瞬間、コンソメと優しい野菜の香りが広がった。

色鮮やかに煮込まれた野菜と一口大の鳥肉は柔らかく煮こまれている。

シェフに「どうぞ」と勧められ、一口食べる。


「美味しい……」


美味しくて懐かしい味に、どこかホッとする。

全て食べ終わると、食後のデザートにもトポリスでよく食べられているカスタードパイが出てきた。しかもたっぷりの生クリームと木苺のジャムが上に乗っているのを見て、ある事を思い出した。


「まさか、狼と林檎の果実の山麓パイ?」


『狼と林檎の果実』というトポリスの有名な娯楽小説に出てくる食べ物だった。

この山麓パイは、主人公が元気になるお菓子とされている。

その主人公の名前は、ジャンヌ。私と同じ名前だ。

色々と気を使ってくれたのだろう。


「気を使って頂き、ありがとうございます」


イアンに頭を下げると、彼は視線を逸らす。


「俺じゃなくてシェフに礼を言え」


紅茶を飲み終えたイアンは、いつものように早々に席を立って去っていく。

ところが、出ていく前に立ち止まり、一瞬だけ私を見る。


「本当に、よく似ている」


ぽつりと言い残し、イアンは去っていった。

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