双子の不思議な変身術
イアン・ヴォクレールの妻となったものの、結婚前と生活は変わらない。
別々の部屋で寝起きして、イアンは仕事へ、私は呼ばれるまで部屋で待機するだけだ。
それに部屋の外に出ない様に言われているので、やることもない。
貴族の生活というよりも罪人の生活である。
拉致される前なら自分の長い髪を結んで時間を潰せたが、どうやら拉致された時にバッサリと切られてしまったようなので時間を潰そうにも潰せない。
本を読みたいと思っても、部屋から出られないのだから探しようもない。
刺繍や編み物は道具がないし、絵を描こうにも画材は無いし、音楽を奏でたくても楽器が無い。ただ窓の外を見ているしかない。
結果、3日目で限界が来た。
「あの、すみません」
「なんでしょうか、奥様」
眼鏡をかけたメイドのリジーが、静かに振り向く。
「その良ければ、何処かに出てみたいのですが……」
「すみません、奥様。旦那様から部屋から出さない様に言われてますので」
「ですよね」
イアンから部屋から出るなと言われてしまった。
暗殺される可能性があるとしても、せめて家の中ぐらいはいいかと思った。
「それでは、話し相手になってもらえますか?」
「すみません。奥様とは出来るだけ会話しないように言われております」
成程。徹底的に私を籠の鳥にしたいのだろう。
出ては行けなくて、喋ってもいけない。罪人だから良い部屋を与えられるだけマシだと思わなくてはいけない。そう思ったが、言われも無い罪で殺されかけて掴まっているので我儘を言っても良いと思っている。
この屋敷で出来ることは何だろうと考えた時、初めてこの屋敷に来た時に感じたことを思い出した。
「じゃあ、皆さんがこの部屋で仕事しているのを見せて貰えませんか?」
「仕事を?」
「えぇ。私もかつてメイドをしていたので、気になっていたのです。ここまで完璧な仕事はどうやったら出来るのかと思っていたのです」
3日間、私は彼らの仕事の様子を見た事が無い。
この部屋を掃除する時は私をイアンの書斎に連れてかれ、イアンの質問に答え終わる頃には掃除は終わっている。料理は出来た状態で運ばれるし、庭木も気が付けば綺麗に手入れされている。ここまで完璧な状態を保てるなんて、元メイドとして見習いたいところである。
「すみません。我々の仕事は人に見せることはできません」
そんな気がしてた。
やはり徹底的に秘密なのだろう。
ため息をつくと、「でも……」と彼女は声を出す。
「手順を書面に書いておきましょう」
「ありがとうございます!」
イアンとの結婚は期間限定で、私はまた元の生活に戻るかもしれない。
そうじゃなくても働く手段は覚えておいた方がいい。
ここまで完璧な仕事を自分がマネできるか分からないが、覚えていて損はしないだろう。
「これで時間を潰せるわ」
絢爛豪華な部屋と調度品だが、見つめるだけでは飽きて来る。
本当は彼らの仕事ぶりを見て覚えたかったが書面でも十分である。
わくわくしていると、リジーが少し考えた。
「奥様は、お暇だったと言う事ですか?」
「えぇ。この部屋にいるだけじゃ、退屈ですからね」
「分かりました。では、あの子たちに頼みましょう」
「へ?」
「アイラとノイラ。仕事よ!」
リジーが手を叩く。
「はい、リジー様! いくよ、ノイラ!」
「は~い、リジ―様。そうだね、アイラ」
愛らしい声と共に、天井から薄灰色の毛玉が2つ落ちてきた。
毛玉たちはポンと破裂すると、メイド服を着た双子の少女たちになっていた。
「初めまして、奥様。私はアイラ!速さでは誰にも負けないわ!」
「初めまして、奥様。私はノイラ。辛抱強さなら、たぶん一位~」
「「二人合わせて、アイラノイラ!! よろしくネ!!」」
薄灰色のフワフワした髪の毛を揺らしながら、決め顔とポーズをとる。
なんだか可愛らしい子供たちであると、パチパチと手を叩く。
ごほんとリジーが咳をする。
「では、2人共。いつものアレを奥様にお願いします」
「分かりました、リジー様!」
「分かりました。リジー様~」
「何が始まるの?」
首をかしげると、二人は再び決めポーズになる。
「「我々、アイラノイラの超絶変身術デス!」」
彼女らの背中でパーンと破裂音と共に紙吹雪が舞う。
魔法で出来ているのか、紙吹雪は地面に着く前に消えた。
何だかわからないが私は拍手を送る。
「で、変身術って何?」
「そうですね。まずは、お風呂に入りましょう!」
アイラがパチンと指を弾くと、ぼわんと煙と共に湯船が出てきた。
魔法で物を呼び出すことは私でも出来るが、大きくなればなるほど難易度が上がる。
ましてや湯船のような大きなものは中々できるもんじゃない。
この年でここまで魔法を使えるなんてと感心していると、いつの間にか私は裸にされて湯船に浸かっていた。
「たっぷりのお湯にゆっくり浸かってでデトックス!」
「ミルクたっぷりの石鹸で滑らかに洗いましょう~」
何も言えぬまま全身をアワアワにされた。
くすぐったいと心地よい強さの境目で綺麗に洗われていく。
「お風呂上りは全身をオイルマッサージ!」
「薔薇の心地良い香りで、身も心もほぐしていくの~」
お風呂から出た後、たっぷりと香油を使ってもみもみと体を揉み込まれていく。
全身のコリが落ちて体が蕩けそうになった所で、甘酸っぱい蜂蜜レモンティーでシャッキリと目を覚ます。バスローブを着せられ、柔らかなソファーに座らされる。
「海石榴油で、つやつや髪に!」
「糸瓜の水で、もちもち肌に~」
「「そして、化粧は勿論バッチリと!!」」
よく分からないものを髪や顔に塗られていく。
気持ちよかったし、もうどうにでもなれと半ば投げやりになりながら彼女らの好きなようにさせていく。
すると、今度はノイラが指を弾くと、大きなクローゼットが現れた。
「赤み混じりの金髪に大空のように青い瞳!アンヌ女王と同じだわ!」
「体を動かすことが好きみたいだからぁ、服装はシンプルめにしようか~」
色んな服をあてがわれ、あれやこれやと試行錯誤していく。
「どれがいいですか?」「好みはある~?」とか聞かれるが、分からない。
私の中の私が色々と考えた結果。
「おまかせします」
この魔法の言葉により、双子は嬉しそうな顔をして色々と試着させられた。
そして……
「「完成!」」
2人の声とともに終わりを告げる。
3時間ほどの双子の超絶変身術が完了したのだ。
呆けて立ち尽くしていると、2人はどこからか姿見を持って来た。
そして、そこに映っていたのを見て言葉を失う。
赤み混じりの金糸のような艶やかな髪は綺麗に切りそろえられ、血色の良い柔肌に薔薇色の唇、まるで磁器人形のように愛らしく美しい。そして、パステルブルー色のワンピースがシンプルなデザインながらも顔を引き立ててくれている。どこかの御令嬢がそこにいた。
目の前の姿見に手を伸ばすと、姿見に映った人も手を伸ばす。
「これ、私なの?」
貴族のお嬢様のような姿が、まさか自分だとは思えなかった。
振り向くと双子は嬉しそうにニコニコとしている。
「そうですよ!」
「そうですよ~」
「「ね~」」
双子は他の服も紹介してくれた。
普段着や寝巻きや外出用の服なども用意してくれた。
「ありがとうございます。綺麗にしていただいて、洋服も用意してもらってしまって……」
「いえいえ、久々の仕事に腕が鳴りましたよ!」
「そうだよね〜もう20年近く仕事なかったもんねぇ~」
「20年?」
どうみてもアイラとノイラは10代前半の子供である。
いくら若く見られると言っても限度がある。
超絶変身術とやらのお陰なのだろうか?
「ちょっとノイラ!」
「あぁ、そうだった。2年近くだった~」
「そうそう、2年近くです!」
アイラは慌てており、ノイラは魔法で出したクローゼットを仕舞う。
「じゃ、じゃあ、私たちはこれで帰りますね!!」
「またねぇ~」
不思議な双子は天井に飛びあがって消えてしまった。
天井に穴が開いている様子はない。
「あの子たち、何者なんだろう?」
東洋の島国の隠密者には様々な術を使う『忍者』という存在が居るらしい。
もしかして、彼女らもその忍者なのかもしれない。
今度会ったら聞いてみよう。
評価のほど、よろしくお願いします