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証明婚姻

どうしてそうなるのか。

婚姻届けを握ったまま、私は言葉を失っていた。

イアンに婚姻届けを奪われる。


「女王の庇護が受けられないのならば、同じぐらい力のある者の庇護を受けるしかない」


王と同じ力を持つ人間からの庇護を受ける方法。

それは辺境の銀狼伯イアン・ヴォクレールの妻となることということらしい。


「違う方法は無いのですか?」

「これが一番いい方法だ。バルトリ王国では結婚することによって執行猶予が付く」

「他には?」

「婚姻した者同士、強力な魔法を使える」


イアンから結婚することにより得られることの説明を受けた。

たとえば、魔法の効果を共有して高度な結界や術を使用できるし、探知魔法に寄って常に居場所を知ることもできる。しかし、そういった魔法の共有や探知などは相手が親族や婚姻関係以外に使う事はバルトリ王国では禁止とされている。


「法やぶりな我々にはそういった魔法の制限はないが、あえて表向きにアピールした方が他の者が手を出し難いだろう」


と言われ、保護と監視の意味も込めての結婚らしい。

貴方は戸籍が汚れて良いのかと聞いたが、向こうは気にしていないようである。


「私は嫌なんですけど……」

「では代案はあるか?」


手を合わせて、祈る様に唇の前に重ねて考える。

しかし言い返す案が見つからずに首を横に振る。


「この婚姻は、あくまで期間限定だ。証明が終われば、解消する」

「私に罪があったら?」

「恐らくは断頭台の露と消えるだろうな。ここから逃げ出したとしても、事情を知らぬ民はお前を殺そうとするだろう。まぁ、逃げられればの話だがな」


命と天秤にかけたらどっちがいいかは明白だ。

イアンから万年筆を借りて同意のサインし、彼に渡した。

すると目の前で書類が青色に燃えた。


「婚姻は受理された。次に婚姻の印として家紋を焼きつける。左手を出せ」

「焼き……」


焼き印をつけると聞いて、昔聞いた話を思い出した。

とある戦争帰りの人が言っていたが『焼きごてを当てられた時に歯を食いしばりすぎて歯が砕けた』と聞いた。持っていたハンカチを口で噛み、左手を差し出す。


「ほうぞ(どうぞ)」

「何をしている」


イアンに咥えていたハンカチを取られた。


「焼かれる痛みで食いしばって歯が砕けないようにしてます」

「焼くと言っても魔法で印字するだけだ。痛みは無い」

「そうはいっても、こういったのは初めてなので怖いですよ!!」

「この程度で一々怯えるな。お前は、苦労する道を選んだんだ。我慢しろ」


イアンの言う通り、私はこれから多くの人々から命を狙われる。

たとえ魔法で守られているとはいえ、安全など無いのだ。

震えながら左手を出すと、イアンはそっと手を取る。


「始めるぞ」


頷いて答える。イアンが術を詠唱すると、光の粒子が浮かび、くるくると周りを飛び始める。やがて粒子たちは、私の左手に集まり、何か書き込んでいく。

怖くなって目をつぶると、まるで誰かにいたずら書きされているような感覚だった。


「目を開けろ」


イアンの言葉で目を開ける。

左手を見るが、何も変わった様子はない。


「何もない?」

「見たいならば思えば出てくる」


言われたとおりに思ってみる。

すると、左手に狼の紋章が露わになる。

万年筆と同じ家紋。ヴォクレール家の紋章だろう。

トポリス国では左手の薬指に銀の指輪だったが、バルトリ王国はこういう方法が主流なのだろう。


「今日から俺の妻となった。家族となった以上、俺はお前を命を賭けて守る」


なんとも甘いセリフである。

命を賭けて守ってもらうなんて、恋愛小説でよく聞くセリフだ。

でも、私はその言葉にトキメキを感じない。


「自分の命を大事にしてください」

「何?」

「確かに私は重要な証拠ですし、私だって生きていたい。でも、貴方が死んででも守ってもらうほど大切な存在じゃない」


乳母ヨイネが死んだ時、私は赤子だったのでよく覚えてない。

だが、ミゲル院長が隠れてヨイネの墓の前で泣いていたことを思い出す。

大切な人が亡くなるということは、誰かの心に大きく穴を開ける。


イアンは裏の番人で多くの人々に嫌われてるかもしれないが、同じぐらい人から頼りにされている人であろう。そんな人物が死ぬとなれば、多くの人が悲しむに決まっている。


「何事にも貴方自身の命を大事にして、貴方の信念に従ってください」


命には限りがある。

私自身、イアンがどんな人物かどうかは分からない。

死なない体が本当かどうか分からないし、私を殺そうとしているのかどうかも定かではない。でも、私は彼に死んでほしいとは思わない。


「……善処しよう」


イアンはそれだけ言って、私を部屋から追い出した。

こうして私はヴォクレール家の一員となったのである。

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