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辺境の銀狼伯

辺境の銀狼伯の話は、噂で聞いたことがある。

バルドリ王国の表向きの代表は女王アンヌであるが、裏の代表もいる。

それが辺境の銀狼伯ヴォクレール家。


どうして銀狼なのかと聞かれると、主が見事な銀髪だからとか番犬のようだからとか、狼のように独り身だからだとか色んな噂がある。だが、皆が必ず言う。


- 彼は初代バルドリ王によって、死ねない呪いをかけられた。


有り得ないと思った。幾ら魔法が発達していたとしても、死ねない呪いなんて存在しない。

恐らくは、一族の顔が似通っているのだろうと思っていた。


だが、私は見た。

彼は血を吐いて死にかけたのに、見事に復活して見せた。

あの脈と吐血量からして、死んでいてもおかしくないのにだ。


「イアン・ヴォクレール」


名前を呟く。辺境の銀狼伯の名前だ。

メイドや医者から聞き得た情報なので間違いはないはず。

そんな男が、どうして私を助けたのだろうか?


「私が、不正の証拠だからか」


すり替えがあったのならば、その証拠が必要となる。

ルイーザと私に過去に何があって、こんな結果になったのか。

私は、生きた証拠品という扱いなのだ。

綺麗な部屋も、真新しい服も、質の良い食事も、私を長く生かす為だ。

落ち着ける空間にしてくれてるのは有難い。


「でも、落ち着けるワケないじゃん!」


そもそも貴族の暮らしなど全く体験したことない人が、貴族と同じ扱いをされたところで困る。一人で起き上がれるようになったので、監獄に戻されるのかなと思ったのだがその気配も無い。それどころか部屋を出なければ何をしてても良いと言われる始末。

しかし、やる事なんて何もない。

仕事が趣味のようなものだったので、体を動かしたいが、この家のメイドたちは優秀で掃除も食事も対応も全て完璧だ。


「なんか自信無くなっちゃうな……」


私もメイドとして働いていた。

周りからいろいろ評価され、自分は優秀だと思っていたが、ここまで完璧じゃなかった。

しかも今は国民から恨まれている王女であり、殺されることを願われている状態。

もう部屋の隅で丸まっているしかない。誇りを無くした埃として生きます。


「何をしている?」


声が聞こえて顔を上げると、イアンが立っていた。


「証拠品として使い終わった後は、すみっこのゴミとして生きます」

「何をワケも分からんことを言っている。ともかく来い」

「嫌だ――!!!」


イアンは力があるのか、軽々と肩に担がれて連れていかれてかれた。

何処に連れて行くのかと思えば、立派な執務室である。

大量の書類が積まれた机、美しくもインクで汚れている万年筆、天井まである本棚には様々な種類の本が並んでいる。彼の仕事はどんなものか分からないが、仕事ができる人間なのだろうと思った。


夕焼けの差す窓を背に彼は上質な革の椅子に座る。そして、銀色の髪を掻き上げた。

その時、私の目に映った光景に息をのんだ。


鬱蒼とした銀髪の下に隠れていたのは、まるで宝石のように輝かしいものだった。

星が流れたかのような美しい曲線を描く目鼻立ち、純度の高い氷を削ったかのようなアイスブルーの瞳、そして感情が無いのに嫌味一つ感じない不思議な魅力。

私が18年ほど生きてきて、最も顔立ちが整った男と出会った。


こんな顔の良い男だったとはと呆然としていると、イアンは何事も無く話を進める。


「トポリスの孤児院から、ルイーザという少女がお前と入れ替わり、お前が本物の王女であると書面で来た。だが現状では確たる証拠となりえぬ」

「それでは、私はどうなるのですか?」

「王族の別荘地に幽閉する予定だったのだが、難しいと判断された」


監獄とはいえ病院の水に毒を入れた人物がいる。

ジャンヌに恨みを持つ人物か、それともルイーザの手のものが口封じを狙う人物か。

どちらにせよ暗殺を狙う人物が既に潜り込んでいる。


「もはや王女という称号も枷となっている。四面楚歌だな」

「じゃあ、首と胴体を切り放せと?」

「そうなりたいなら、そうするが。お前は、そうじゃないだろ?」


当たり前だ。

生きたいに決まっている。

たとえ誇りを失った埃ゴミでも、生きていたいのだ。

普通の貴族ならば、誇りを優先するだろう。

しかし、私はそうじゃない。


「私はジャンヌ・バルトリ! かつて名を奪われ、人生の半分以上をすり替えられた名で生きてきた! だが、今度こそ真実の名で人生を飾る為に私は生きる!!いや、生きてみせる!!」


貴族や庶民や王族など関係ない。

汚名を着せられ、殺されるかもしれない人生になるかもしれない。

だが今度こそ、私の名で私の人生を歩む為に生きるのだ。

イアンは静かに私を見つめる。


「茨の人生だぞ?」

「構いません。血反吐を吐いても、泥まみれになっても、私は生きたい」


ただ一人の少女、ジャンヌ・バルトリとして生きるために生きるのだ。

すると、イアンが鼻で笑った。


「威勢だけは良いな。だが、それぐらいがいいかもしれない」

「へ?」


イアンは、私に一枚の書類を提示した。婚姻届だった。

夫の欄にはイアンの名前が書かれている。

彼が独身なのは知っていたが、では妻の欄に書かれているのは誰だ?

私はまじまじと見ると、その文字のつづりに見覚えがあった。


ジャンヌ・バルトリ


一瞬だけ分からなかったが、そこには取り戻したばかりの自分の名前が書かれていた。

顔を上げると、イアンは今にも首を切り割きそうな殺意を込めた目で私を見つめる


「ジャンヌ・バルトリ。この婚姻で、己が罪人ではない証明をしてみろ」

不定期ではありますが、投稿を再開しました。評価のほど、よろしくお願いします

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