私は罪人なのか?
目が覚めて最初に見た光景は、大勢の人が広場のような場所に集まっていた。
怒号、叫び、嘆き、色んな声が聞こえ、全てが私に向けられていた。
「殺! 殺せ! 魔女 せ!」
「悪女、俺たち 敵だ!」
「死 世界の為!!」
怒号が聞こえるが、断片的にしか判断できない。
睡眠魔法の影響なのか頭が全く働かない。
ふらふらとしていると、誰かが私の手を取った。
「 」
何かしゃべっているが、周りが五月蠅くて聞こえない。
顔を見ようとするが視界がぼやけている。
大きな背丈、顔を覆うほどの銀色の毛、隙間から覗くアイスブルーの色の瞳。
「オ、オオ……カミ?」
狼。人の形をした雄の狼。
彼は私の腕を掴んで立たせるが、私の足はおぼつかない。
ふらふら、ゆらゆらとしていると、体が急に軽くなる。
どうやら抱き上げられたらしく、揺れる視界の中で彼は何かしゃべっている。
「 ?」
「きこえない」
「 !?」
「わ、わから……な……い」
ろれつも回らなくなってきた。
どうしてこんなフラフラなのだろう。
誰か教えて欲しいと言おうとしたが、力が入らない。
やがて視界が暗くなっていき、意識を完全に失った。
*
次に目が覚めたのは、見知らぬ天井である。
古びた屋根でも雨漏りが酷い天井でもなく、綺麗な装飾が描かれた天井。
こんな豪華な天井は初めてだなと、描かれた天使と目が合いながらぼんやりと考える。
「私、死んだの?」
「生きてるぞ」
男の声が聞こえ、顔を向ける。
大きな背丈に顔を覆うほどの銀色の毛、隙間から見えるアイスブルーの色の瞳。
「貴方は……」
あの時の人だ。
体を起こそうとしたが、全身が痺れて上手く動けない。
ベッドに横たわるだけの私を男は、冷ややかに見つめる。
「覚えてないのか?」
「なにを?」
男はため息をつき、胸ポケットからメモ帳を取り出す。
黒色の万年筆のキャップを外し、何か書いていく。
「お前の最後の記憶は?」
最後の記憶。
謎の観衆、揺れる視界、アイスブルーの瞳。
しかし男が知りたいのは、私がハッキリと思い出せる記憶の方だろう。
「トポリスの孤児院で見知らぬ男たちに襲われた」
「誰にどうやって襲われた?」
「子供たちを人質にして、どこか連れてった。私の名前も知ってた」
「そうか」
メモに色々書いて、また胸ポケットにしまう。
「安心しろ。この部屋にいる限り、お前は一人の患者で罪人ではない」
「罪人? 患者?」
「本当に何も知らないんだな」
鼻で笑われたが、本当に何も知らないのだ。
教えてくれと目線で聞くと、男は軽く咳払いをした。
「女王陛下が倒れた後、ジャンヌ王女が代理となって数々の行いをしてきた。しかし、どれも民の賛同を得られず、不平不満を募らせていた。しかし、募らせていただけで問題は起きてはいなかったが、アンヌ女王を呪っていたことが発覚し、多くの民の怒りを買い、クーデターが起きて、ジャンヌ王女は掴まった」
アンヌ女王は、バルトリ王国の国の宝とされている。
早世した夫の代わりに、若いながらも国政を担ってきた。
幾たびの危機にも冷静に対処し、貴族と庶民を隔てなく民として扱い、手助けしてきた。
まさに国の母であり象徴である。そんな人物を呪おうなんて、ルイーザの野心は凄すぎる。
「それで、どうなったの?」
「ジャンヌ王女は裁判で死刑が決まり、投獄され、斬首台で執行する寸前だった」
「だった?」
「彼女は看守を買収し、替え玉とすり替えられた。それが、お前だ」
「ふーん……え?」
あの大勢の人たちが居たのは断頭台だったということ?
じゃあ、誰かが私とルイーザがすりかえられたことに気が付いていなければ?
かつて突き落とされた時に感じた死の感触を思い出し、震える。
「死刑を執行する直前、斬首台まで歩けない人間は多い。しかし、あれは恐怖で歩けないんじゃない。まるで誰かに操られたかのようだった。そこで覆面を取って確認したところ」
「私だったと?」
「そういうことだ。魔法だけでは無く強い薬も使われていたようだな。暫くは不便だと思うが、運が悪かったと思え」
なるほど。
つまり、ルイーザと私の名前は元に戻ったのだ。
ようやく取り戻した名前であるが、タイミングが悪い。
この後の事を考えただけで、ため息が漏れる。
「ともかく、死にたくなければ部屋から出るな」
「死にたくなければ?」
「たとえ替え玉でもお前を殺したい人間は多いだろう。殺されたいなら止めないがな」
確かにそうだ。
ルイーザの罪であるが、私の名前を使って行ったのだ。
すり替えられていたと公表するにしたとしても、今の段階で言うべきではない。
そんなトンチンカンなことを言い出したら、国民は黙っていないだろう。
今後どうなるかは分からないが、苦労は多いことには間違いないだろう。
この状況を飲み込みたいが、色々と大きすぎて飲み込めない。
とりあえず水でも飲もうと、水差しに手を伸ばす。
しかし、上手く動かない体では体を起こすことも難しい。
「水が欲しいのか」
察した男は、水差しからコップに注ぐ。
コップを私に差し出そうとしたが、一瞬止まった。
そして渡す前に飲んで、唾を地面に吐き出した。
この男も、ルイーザの被害者なのかもしれない。
仕方ないと受け入れると、男はベルを鳴らした。すぐに若い執事が入ってきた。
「ヨラック、急いで馬車を用意しろ。ジャンヌを俺の家に連れていく」
「いいのですか?」
執事の言う通り、私は濡れ衣を着せられたと言えど罪人。
そう簡単に移動させられる状態じゃないが、男は私を抱き上げて、部屋を出ていく。
外で待機していた兵士たちが止めたが、男は止まらない。
「水に毒が入ってた。ここも安全じゃない」
男の口から赤い液体が零れ、ぽつぽつと私の服に赤いシミを作った。
血の匂いがして、私は男の顔を見る。毛の隙間から見える顔は、みるみる青ざめていく。
吐血の量も増えているのに、彼は止まることなく進んでいく。
「止まって」
「ダメだ」
「毒を飲んだのならば、急いで治療しないと……!」
「大丈夫だ」
そうこうしている内に馬車に乗り込み、死人のような顔色になった男は深いため息をつく。
私は手を伸ばし、男の頬に触れる。脈がとても弱々しく、私を持ち上げていたのが不思議なぐらいだ。
「すぐに解毒魔法を」
「必要ない」
男に手を払われてしまった。
すると銀色の毛の隙間から見えるアイスブルーの瞳が一瞬だけ光った。
見る見るうちに顔色が戻っていった。驚いていると、鼻で笑い返される。
「俺は死ねないからな」
男は自傷気味に笑い、目をつぶる。
こうして私は強引ながらも監獄病院から抜け出し、未来の夫の家に向かったのだ。